第12話 紺碧の雷鳴

右腕に彫られた美しい発色の花柄のタトゥーを、さらさらと左手の指先で撫でながら如月が口を開く。


『ソウルランプに火を灯したのはどっちだ』


右足を前に出して右腕をゆっくりと…


『私が灯しました』


『ポーズを決める前に答えるな娘!空気を読まんか!…ふぅ…そうか、娘、夢も希望も燃え尽きるやもしれぬが…』


『なんですか!クラフティがどうにかなるんですか!如月さん!』


腕組をして首を右に傾げたポーズを取る如月のエプロンを鷲掴みにしてオランジェットが食らいつき、ワニの様にブンブンと振り回した。


『こら…私がポーズを決めようとしている最中でしょうが!』


びくともしない如月はオランジェットを摘むようにして引き剥がし、そっと手前に下ろすとしゃがんでオランジェットを見つめ、静かに話し始めた。目は何処にあるか見えないのだが。


『いいか小僧、ソウルは魂を意味する、火を灯した者の命を燃やして照らすんだ、灯した者しかここには来られないはずなのだが、なぜか2人が来た、母親の記憶の本がお前たちを呼んだ…もしくは小僧の想いが強くて引かれたのかもしれんな、確かにお前達が来る前に本達がざわついておったわ。』


『命って?命を燃やすって?クラフティ死んじゃうの?』


『燃え尽きればな、ろうそくが燃え尽きれば無くなる様にな』


『そんな!』


『だからポーズを取ろうとしている私をさえぎるな!現世では恐らくお前らはランプの前に倒れている、そのランプの灯火は誰にも見えぬ、例外はあるが』


『レイガイ?』


『一度ここへ来た者にはランプの灯火ともしびが見える』


『つまり、現世でランプのあかりが見えるのは灯した本人と無事に帰れた者だけですニェ、だからランプが原因で倒れているとは誰も思いません。そんニャに早くは燃え尽きませんが、クラフティさんは小さいので魂の量も少ニャいから心配です』


『じゃあ早く帰らなきゃ!もし何日も僕らが戻らなきゃお母さんの冒険部屋もきっと見つかって倒れてる所を見られるよ!』


『まぁそれは心配ないだろう、ここでの1日は現世で1分ってろころだ』


『い、1日が1分?』


『うぬ、5日かかっても5分しか経過した事になっておらぬ』


『5日…クラフティのタマシイは5日なんですか!?』


『いや、そうは言っておらぬが、まぁそんなところだろうな』


『こうしちゃいられないじゃないですか!クラフティ!急いで帰ろう!』


『待ちなさい』


ゆっくり立ち上がると如月は書店の看板の上に無数に挿し込まれた刀を一本抜いて、肩から掛けられるようにロープを結び、オランジェットに差し出した。

それは漆黒しっこくさやに満月と雲が描かれている美しい刀だった。


『フム…これがよかろう、この刀が必ず必要になる時が来る、その時まで手放すでないぞ』


『はいっ!』


グイグイ…


『如月さん、刀から手を離して下さい』


『おお、すまぬ小僧、今のポーズどうだった?』


『はぁ…カッコよかったです』


『はぁって言ったな小僧!』


『さぁさぁお2人とも、猫のお面を被って下さいニェ、では行きますよ、耳を塞いでくださいニェ』


【にゃぁあああああああああああああああああああああ!】


『うわぁああ』『きゃぁああ』


オランジェットとクラフティが猫のお面を被るのを確認すると、ガレットが遠吠えするように鳴いた。その鳴き声は2人の鼓膜こまくをビリビリと振動させ、つむじに電撃が走ったかのような衝撃を感じ、より強く耳をふさいでうずくまった。


静かになった刹那、音もなく風の塊が2人に叩きつけられてゴロゴロと転がった。

『いててて・・・大丈夫かいクラフティ』


『うん、お兄ちゃんは?』


『大丈夫だ』


『にゃぁああああああああああああお』


『え?』『え?』


大人の熊を大きく上回る巨大な猫は2人を見下ろしながら毛糸を編み込んだような不思議な長い舌で自分の口の周りをベロベロ舐めまわすと、その大きな口を横に広げて笑ったように見えた。ユラユラと揺れる長い尻尾の先は青白い炎でメラメラと燃えている。


この猫が走って来た風圧で2人は飛ばされたのだった。


『ガレット!荷物はどいつだ!あぁああ?』


『声が大きいですよボンボローニ、この子達ですニャ』


『おっと、メレンゲ族のガキか!坊主!お嬢ちゃん!よろしくな』


『は、はい、よろしくお願いします』『お願いします』


『声がデカいぞボンボローニ!』


『すまねぇ如月さんっ!』


大きな猫(メレンゲ族)が引く車、猫車びょうしゃを操る御者ぎょしゃの名はメレンゲ族のボンボローニ。右目に大きな傷を負った為に眼帯をしている。無法者の森を行き来する運び屋だが、時折ガレットに呼ばれて依頼物を運ぶ。


『俺の相棒の名はカヴァルッチ、この世界では最速で、熊をも食い殺す最強のメレンゲよ、抜けるのに2日かかる無法者の森をこいつぁ1日で抜ける、さぁ乗んな』


『声がデカいと言いましたよねボンボローニ!誰のおかげで無法者の森を抜けられると思ってるニャ!』


『あぁ、すまねぇ、全くガレットには頭が上がらねぇぜ、でもよ、流石に空腹でカヴァルッチを丸1日走らせられねぇぜ!!!!!うわははははは!!!!』


『声がデカいニャ…』


『あぁ???』


『声がデカいっつってるニャ!!!!!カヴァルッチの食料と、如月さんから報酬として刀を預かっている、受け取るニャ!!!!』


『こりゃぁいい刀だ、すまねぇ、毎度!ガキども!乗ったか?』


『あ、はい、乗ります』『おじゃまします』


真っ黒な猫車の太陽の様な装飾が施された扉に付いた金色の取っ手を引くと、赤と黒の市松模様のシートに腰かけるオランジェット、そのふかふかさに驚いて、ゆっくりと口角が上がる。


『お兄ちゃん手!』


『あ、ごめん』


オランジェットがクラフティの手を掴んで引き上げると、シートにポフッと腰かける。『ほえ~…』


『ふっかふかだよな!クラフティ!』


『うん!すっごくふっかふか!あはははは』


小窓を覗き込んで如月が笑顔で見送る、顔は全く見えないが。

ガレットも親指を立てて笑顔で見送る。

『よーし!吠えろ!カヴァルッチ!とどろ雷鳴らいめいごとく!』


パシーン!


ボンボローニがカヴァルッチのお尻にむちを入れると、速度ゼロの状態から一気にトップスピードで走り出した。

カヴァルッチの尻尾の先の炎は、高速で走り抜けた車が残すテールランプの残像の様に、紺碧こんぺきの光の尾は遠く長く霧の中まで引かれていった。


『まったく、あいつと話すとこっち迄声がデカくなるから疲れるわ』


『そうですニャぁ如月さん、時にあの2人、無事に帰れますかニャ』


『あの娘の魂の強さ、そして小僧の勇気』


『生きて帰って欲しいものですニャ』


『さ、仕事だ、今月の売り上げはどうなっておる』


『ゼロです』


2人が乗る猫車が切り裂いていった霧がゆっくりと元に戻り、何事も無かったように静寂が如月書店を包んでいった。
















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