裏世界・如月書店編
第11話 濡羽色の店主
----------如月書店----------
亡き人の全ての記憶が詰め込まれた本を売る。
記憶の本、つまり本人の心情が書かれているらしく、あの時何を思いどう感じたかが記されている。
言わば故人の感情の本である。
当然知りたくなかった胸の内も明らかになるわけで、心して読まなければならないと言われている。
ただ都市伝説的な話なので実物が発見されたわけでもなく、生きている者が故人に思いを馳せ、願望から生まれたまことしやかな話かもしれない。
だが、ここに居る2人は間違いなく如月書店の前に居た。
『お兄ちゃんあの文字って、これと同じ』
クラフティが母親であるシャルロットの日記の表紙をオランジェットに見せた。
『ここなんだ、ここなんだよクラフティ、ここが記憶の本屋、なんとか書店なんだよ』
『あったんだね、お兄ちゃん、来れたんだね、裏世界なんだね!』
『これが裏世界…都市電鉄じゃなかったんだ』
『電車ちゃうで』
ドアの無い解放された入り口には本がビッチリと積まれ、見える棚全てが本で埋め尽くされていた。柱には装飾が施されており、ランプのオレンジ色の灯火の色が反射して温かさを増し、高級感と重量感を感じる。外壁には配線が剥き出しになり、ねずみ色のコンクリートが経月劣化でくすみ、マダラ模様に汚れて見えた。看板の上には無数の刀が挿し込まれているが、その意図はわからない。
古臭さもあるが、何処か懐かしく、それでいて怖さも感じる不思議な建物だ。
『この建物…お父さんの本で見た昔のジパングみたいだ』
『そうなの?』
『うん、ジパングにはショウワと言う時代があってね、その頃の建築物は今はショウワレトロなんて言うんだよ』
『お兄ちゃん凄いね!』
『へへ〜ん、まぁね』
『小僧…娘…こっちへ来なさい』
『え?』『え?』
女の声が店の奥から聞こえた。
お店のランプの灯りが視界をぼやかしてしまい、2人で目を凝らすが良く見えない、見えないと言う怖さが一歩前に出る気持ちを遮ってしまい
光りの中から浮き上がったかのように女が現れて2人はギョッとする。
それもそのはず、目の前に現れた女は身長2m40㎝程もあり、いきなりランプの灯りを遮って壁の様に立っていたのだから。
黒くて長い濡羽色の髪の毛は顔を隠し、その表情はわからないが、エプロンには如月書店と書かれているので、恐らくは店主なのだろうと推測したオランジェット。
『小僧、娘、こっちへ来なさいと言ったはずだが、なぜ来なかった』
太い声にビブラートがかかり、恐怖を感じる声に聞こえて言葉に詰まる。
『返事をしなさい小僧!』
『は!はいっ!怖かったからです!』
『うぬ、良い答えだ、正直だな、で?母親の記憶本を貰いに来たのだな?』
『はい!』
『だまれ小僧!お前に聞いてない、娘に聞いている』
『はい!お母さんの本をくださいっ!』
『娘、素直で良い答えだ、本は渡せる、私が店主が故っ!』
そう言うと同時に店主は演劇のラストシーンの様に両手を広げて天を仰いだ。
しばしの沈黙の空気が店全体を包み込む、2人と店主の間にまるで地割れがあるかのように距離すらも縮まらない。
その空気を切り裂いたのは一匹の紳士的な猫だった。
パチパチパチ
『さすがキサラギ様、素晴らしい演出でした』
拍手をしながら2人に猫はパチリと目配せをした。
任せておきなさい、そう言った様に2人は感じた。
『私はキサラギ書店の会計士、ガレット・ブルトンヌと申します、すみませんニェ、わざわざおいで下さったのに、お待ちくださいニェ、如月さん!如月さん!』
ガレット・ブルトンヌは黒猫の顧問会計士。
タイトでスラリとしたスタイリッシュな服装で、左目に眼帯。紳士的なその猫はペラペラと2人がわかる言葉を話す。
ここで看板に書いている文字はキサラギ書店だと知る2人。
『小僧、どうだった、私のポーズは』
『あ、はい、カッコよかったです』
『そうか、良い答えだ、ではお前らの本を渡すのだが、その前に話を聞いてもらう、いいか、その本はお前達の母親の記憶の本だ、わかるか』
『はい』『はい』
『母親の記録ではない、記憶だ。だから生まれて死ぬまでを書き記したものではない、わかるか』
『は、はい』『は…い』
『お前らの母親が、その時何を思ったのかが書かれている、それは口に出さなかった事かもしれない。お前らが生まれてお母さんは嬉しいと言っただろう、だが本心は違うかもしれない、お前らが居なければと言う思いがあったかもしれない、父親を愛していたかもしれないが、憎んだ事も書かれているかもしれない、お前らが見ていた母親の、言わば裏側を知ることになるんだ、その覚悟があるのか』
『わかるかニャ?記録じゃなくて記憶だニャン』
『あります』『あります』
『否っ!お前らのそれは決意だ!覚悟とは迷いを去り、真実の道理を悟ること!今はわからないだろうが、時代は流れ、進化し続ける世界で自分達が必死に生きて行く中、ある瞬間瞬間に母親の記憶の意味が答えとして
2人は如月の迫力と、言葉の重さに言葉を失い立ち尽くす。
頬を熱い涙がつたう。
『良い答えだ、それが答えで良いな?』
『はい』『はい』
『いい返事だ、受け取りなさい、お前たちにはその資格がある』
如月は百科事典ほどの厚い本をクラフティに渡した。
『ありがとう、おっきいお姉さん』
『ふむ、おばさんと言っていたらお前は死んでいたぞ、身体中の骨を砕いてぐちゃぐちゃにしていたよ。もう一度言っておく、この本に記されている事はお前らの全てを否定するかもしれない、生きる事の邪魔になるやもしれぬ、だが覚悟を持って全てを受け入れる事で強い
『はい』『はい』
『では急ぐか、時間を無駄には出来ない!行きはよいよい帰りは怖い、帰りは…待て、もう一冊の本を持ってるな、それはなんだ娘っ!』
右手で指差ししたまま直立不動のポーズを取る如月。
『お母さんが、ここにきて帰って来た人に聞いた話を書いた日記です』
『見せてみろ』
シャルロットの日記を差し出すが、右手を差し出して両足を開いた中腰のポーズを取ったまま動かなくなった如月。
『如月様、本を』
『おおそうか』
如月はクラフティが持っていたシャルロットの日記を、何処が目なのかはわからないが、フムフムと納得を重ねるように
『ここから帰ったのは1人しかおらぬ、伝えたのはあの女だな…見事な書物だ、小僧、娘、この母親の日記に記されているのが帰り方だ、順番を間違えるでないぞ、母親の記憶の本にしっかり日記を挟んで落とすでないぞ、さぁ迷っている時間はない!ガレット!』
ガン!『痛っ!』
右手で指差しポーズをカッコよく取るが、本棚に指をぶつけて静かに痛がる如月。
クラフティは如月が言う通り、母親の記憶の本に、母親の日記を挟んで閉じた。
『はい、2人にこのお面をお渡ししますニェ、これから向かう場所はメレンゲ族しか通る事が出来ニャい森ニャので、このお面でニェコに化けてください、バレたら彼らの爪で身体を引き裂かれて内臓を引っ張り出されますニャ』
『こわ』
『私怖くないもん、だってメレンゲ族って全部猫ちゃんって事でしょ?』
『そんな事言ったら僕が猫が怖いみたいじゃないか!』
『ちがうの?』
『怖くないぞ!』
『仲がよろしいのですね、さ、お面を被ったら森を抜ける為の
『森??』『森??』
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