第9話 琥珀色の軌跡
なんたる絶景か、2人の目に映る景色はこの世の絶景と言われる光景を遥かに凌駕するものだった。
母、シャルロットが観て来たもの全てがジパングで言うところの畳40枚分のスペース、平方メートルにすると64.80㎡もあろうかと言う一室にみっちりと、それはそれは
母親の歴史、それこそが世界の歴史でもあった。
人類が到達できなかった場所へ立った偉業、未開の地で手に入れた固定された揺るぎないと思われた過去を覆す程の歴史の断片、資料館や美術館では感じられない凄まじい威圧感、全てが母親が残した足跡。
『お兄ちゃん、なんでかわかんないけど涙が出るよ』
『うん、お母さんの全てがここにあったんだね』
『アルバムとか、全部燃やされちゃったけど…』
『写真あるかもしれないから探してみようよ』『うん』
2人は物を壊さないように丁寧に歴史的価値のあるものを扱い、時には触らずに覗き込むだけにして母親の写真や書物が無いか探した。
その中でクラフティは漢字四文字で何かが書かれた書物を見つける。
『お兄ちゃん、ジパングの文字書いてる本がある、読めない』
『うん?どれどれ…たぶん日記だねコレ…』
振動で物が倒れないように静かにクラフティに近寄るとその本を受け取り、2人で床にぺたりと座る。家族であっても人の日記を見るのはタブーであるが故、2人はとても罪悪感のような感情を抱きながらも、母親の存在の証が欲しい気持ちが後押しして、ドキドキしながら、時折目を合わせながら、スローモーションのように、ゆっくりとページを開いた。
「ジパング ホッカイドウ ハコダテ
ザッカヤ フィナンシェ やっちゃん」
と、なぐり書きから始まっている。
『暗号みたいだけど、ジパングってお父さんから聞いたことあるから、きっとこれは場所なんだね…』
『じゃぁ日記なんだね!お母さんの日記なんだね!』
『うん、続いてるから読んでみようよ』
『しんく?のランプに…』
2人はシャルロットの日記を読み出した。
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【シャルロットの日記】
深紅のランプに目を奪われ、シャルロットがジッと見つめていると店主らしき女性が、一本の木から彫って作ったような荒削りなカウンターを出て、ゆっくりと近寄り、笑顔で話しかけて来た。
『こんにちは、聞かれてないけど私はやっちゃん、うふふ』
パッションピンクの毛先が可愛い、ウェービーなロングヘアーを両方の耳下あたりで2つに縛ったおさげ頭、身長は160㎝程だが少し猫背気味なので小さく見える。印象的なスラリと伸びた細くて長い脚でコツコツと歩き、シャルロットの側に立った。
『やっちゃんさん…どうも、お邪魔します』
『さんは不要です、こんなボロ屋によくぞおいでくださいました』
『ボロいと言うより私はこのたたずまいに
『まぁ、嬉しい!ラーメン頼んだら間違えてチャーシュー麺が来て、お詫びに食べてくださいと言われるほど嬉しい。ありがとうございます、旅の方ですか?』
『ええ、冒険家として世界を回っています、今回はこのハコダテに残る伝説をいくつか調査に来ました、てゆーか素敵な街ですよね、ここ』
『もしかしてシャルロット様でいらっしゃいますか?』
『え?ご存じなんですか?』
『はい、アンブロシア国唯一の冒険家じゃないですか』
『いえ、もう一人、私が目指す伝説の冒険家がいるんです』
『ロリポップ・スフレ様ですね、お会いした事ありますよ』
『え!えぇっ!?本当ですか!?』
『はい、あなたと同じ事をおっしゃってこのお店に』
『うわぁ~なんか嬉しいです』
『私も嬉しかったですよ、卵を割ったら黄身が2つ出てきたときぐらい嬉しかったですもの』
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『凄い!お母さん伝説の冒険家と同じ店に入ったんだね!お兄ちゃん!』
『うんうん!僕らも嬉しいねクラフティ』
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【シャルロットの日記】
店主のやっちゃんがスープを入れたので、店内にある足の長い木製の丸い椅子に腰かけて、使い込まれて雑味のある木製の丸いテーブルに置かれたスープに口を付けた。
『トマト…ですか』
『ええ、トマトをベースにコンソメで仕上げました、最近はトマトが高くて買えなくて、トマトジュースだと凄く安く買える事に気が付いたんですよ』
『トマトジュースがベースでこんなにいい味が出るんですね、トマト大好きなんですよ』
『私もです、奇遇ですねシャルロットさん、10年くらい音信不通のクラスメイトにバッタリ会うくらい奇遇ですね』
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オランジェットとクラフティは顔を見合わせた。
『お母さんトマト好きだったもんね』
『うん、今度作ってみたいな』
『そうだね』
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【シャルロットの日記】
『あのランプが気になっていたようですけど』
『ええ、赤色が好きなもので惹かれました』
『このランプは特別なんです、好きな人がホワイトデーで私だけに違うものをプレゼントしてくれるほど特別なんです。』
『どういうことです?ランプの方の特別を聞きたいです』
『あれはソウルランプと言いまして、火を灯して亡くなった方を強く想うと別世界に行けるんです』
『冗談ですよね』
『みんなそうおっしゃいます、私は裏世界と呼んでいるのですが、詳しく話すと亡くなった方の記憶を売っている本屋に行けるんですよ。』
『え?情報が多すぎるので整理しますね、例えば私の死んだ母親の事を強く想いながらランプに火を灯すと、裏世界に行けて、そこの本屋で母さんの記憶を買えるって事?』
『そうですね、売ってると言いましたが行くだけで店主に手渡されますよ、記憶の本を』
『記憶の本…グレイトね』
『故人の人生での記憶が全てが書かれた一冊です、信じましたか?』
『こういう話は世界を回ってたくさん聞いてきたので、馬鹿にする気持ちは一切ありませんけど、帰ってきた人が居ないと単なる都市伝説になるんですよね、見たら死ぬと言う幽霊の都市伝説なんてそうじゃないですか、見たら死ぬのにどうして伝説として残ってるの?って思うんですよ。』
『私が帰って来たからです』
『え?』
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無言で母親の日記を読むオランジェットとクラフティの背筋に冷たいものが走り、全身に鳥肌が立った。
母親が立ち寄った店で気になったランプは、言わばあの世へ行くための物。そしてその生還者が店主なのだ、色々と渋滞しているが最後のオチでゾッとした。
よく耳にする都市伝説を実際の生還者が語る事は知る限りでは無い、何故なら『見たら死ぬ』『出会ったら死ぬ』からだ。しかし母親の目の前にいる店主が生還者だと言うのだから、そこら辺に転がっているサスペンスやスリラー小説よりもよっぽど怖い。
更に母親が日記として書き残しているのだから、この先もっと驚きの展開が待っているのではないか?という、読みたいけど読めない気持ちがページをめくるオランジェットの手を止める。
『お兄ちゃん…読もう』
『よ、読んでも良いけど、クラフティがめくってよ』
『お兄ちゃんいつも肝心なところでビビるんだからぁ!いいよ、めくるからね!』
『いやそう言われると…妹にめくらせる嫌な兄貴みたいじゃないか』
『そうだよ』
『そうだよ?そうなのか?よし、お兄ちゃんがめくるぞ!いいな!いくぞ!もう少しでめくるからな!うん、うん、うん!うーん!』
『はやくしてよ!』
『はい…いや、やっぱりちょっと待って、休憩しよう』
『まったく…でもそうだね、喉乾いたね』
2人はその本をパタリと閉じて、床に大の字に寝っ転がって深い深呼吸をした。
『クラフティ、お母さんスゲーな』
『うん、さすがだね、私ジュース持ってくるね』
『僕らの部屋の隠し冷蔵庫から持ってくるんだよ』
『うん、わかってる』
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