第10話 白雲の先の灯火

『ごくっごくっぷへぁ!』


日記を読んでこれほどまでに緊張して喉が渇くものだろうか、クラフティが隠し冷蔵庫から持って来たオレンジジュースを2人で一気に飲み干した。


『よし、クラフティ、読もう』『うん』


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【シャルロットの日記】


『伝説の冒険家ロリポップ・スフレ様がお店を立ち寄って下さった時に、美味しいスープのお礼にといただいたのがこのランプなんです』


『本当に…あの世って言うか…裏世界だっけ?に行ったのかい?伝説の名を出せば私が納得するとかそういう考えでは?』


『いえ、私は経緯を正しくご説明しているだけです…イタタタ』


右膝をスリスリと撫でながら、下半身を少しよじってレトロなロッキングチェアーに腰かける店主のやっちゃん。


『膝が痛いの?』


『裏世界に行った時にね』


本当なのか?嘘に嘘を重ねて作り話をしているようには思えない。


『続きがあるなら聞かせて欲しい』


時間もある事だし、とことん付き合ってみることにした。


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『ふわぁ~!!伝説の冒険家が持って来たランプだったのか!』


『うん、お兄ちゃん凄いね!繋がって来たね』


冒険記を読むようにワクワクが止まらないオランジェットとクラフティ。


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【シャルロットの日記】


ジパングにあるツガル海峡の海の底で見つけたと言うそのランプは、何十年何百年沈んでいたのかはわからないが、錆びひとつなかったと言う。


「呪術師が儀式で使っていたらしい」との事だが、ロリポップもその詳細まではわからないと言っていたそうだ。


やっちゃんが興味を持ってその伝承を紐解き、裏世界に行けるランプではないか?と言うところまではわかったと言う。


『私には双子の娘が居たのですが、考古学者だった私は面倒をろくに見ることもなく研究に没頭してしまいまして、遠い地での調査中に事故で2人を亡くしてしまいまして…』


『そうだったのね…心中お察しするわ』


『旦那さんが早くに他界して、母親にこの店と一緒に子供たちを見てもらっていたのですが、ほんのちょっと目を離した隙に…火事で煙を吸って…』


『火事…そんな…それでもしかして…』


『はい、全てを失ったので、母と娘の記憶の本が欲しくて、不確かではありましたがすがる思いでランプに火を灯しました』


『で…本当に行けたって事なんだね、本はもらえたの?』


『もらえたけれど、置いてきました…持ち帰ってもそれを開く度に思い出してしまうから…思い出すのが悪いって意味じゃなくって』


『そうね、辛くなるわよね、全てが書いているのなら尚更』


その後、やっちゃんから裏世界の話をずっと聞きながらメモを取り、とても有意義な時間を過ごした、この世はどこでも行ける、存在するのならば。

ただ、本当にあるのかないのか定かではない裏世界、冒険家としては血が騒がないはずがないのだった。


『ご興味あるのでしたら差し上げますよ、冒険家が持ってきて、冒険家の方が手にするなんて素敵な話だと思います、ただ気を付けてください、ソウルランプはその名の通り、たましいを燃やすランプですから』


『話を聞いた限りだと、行きはよいよい帰りはこわいって事よね』


『はい、行きは一瞬です、帰りは困難を伴いますが命がけです』


『おもしろい、でも良いのですか?』


『はい、裏世界から帰る時に1つ持ち帰ってますから』


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『タマシイを燃やすって、お兄ちゃん、どーゆーこと?』


『うーん、自分の血をオイルにするとか?』


『やっちゃんは血が無くなるまでに帰って来たってこと?』


『わかんないけど…やっちゃんはちゃんと帰って来たもんね、あ、なんか書いてるよ…えーっと…』


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【シャルロットの日記】


『これだけは忘れないで下さい、裏世界は人間は入れません、お面をかぶればバレません、比喩的な表現ですけど、お面は正体や本心を隠すものですから、不思議なことに裏世界では人間だとバレる事はありませんでしたよ。』


『それを知っててお面持参で?』


『いえ、如月書店の店主から、絶対つけなさいと渡されたんです。』


『バレるとどうなるのかしら?』


『わかりません、多分ですけど殺されるんじゃないですかね、ふふふ』


『いや、ふふふって』


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『お面か…お兄ちゃんお面探して、これだけ世界中の物があるんだからお面くらいあるよきっと』


『やっちゃんは本屋にもらったって書いてるよ』


『貰えなかったらどうするのっ!』


『まってまって、クラフティ、行くつもりか?裏世界に』


『え?行かないの?』


『いや、だって、タマシイ燃やすんだよ?その意味わからないのに?』


『だったら私一人で行くから、お兄ちゃん残りなよ』


『そう言われたら勇気のないダメ兄貴みたいじゃないか』


『ダメダメ兄貴じゃん、お母さんの記憶の本欲しくないの?何もないんだよ?燃やされたんだよ?ねぇお兄ちゃん!』


『わかったよ、行くよ、行くからお面探すぞ!』


数十分、母の歴史がつまった部屋で、キツネのお面を2つクラフティが見つけた。丸太から削り出したような、一ヶ所もつなぎ目がない美しいものだった。べったりと貼り付いた様な白い塗装、血の様な深紅、黒を超えた漆黒、全てにおいて子供の2人が見ても触る事を躊躇する程神々しさすら感じる。


『お兄ちゃん、お面被って行くのかな?』


『どこに飛ぶかわからないもんな』


『じゃ…じゃぁ…』


『まってクラフティ』


『ん?』


『お、おしっこ!』


『もうっ!早くしてきて!』


トイレから戻り、隠し部屋のハシゴをあげて扉を閉めるオランジェット。


『ごめんごめん、お待たせ、このお面すごく軽いね』


『うん、じゃぁ私がつけるね』


『それじゃまるで僕がつけさせたみたいじゃないか!』


『つけたいの!』


『あ、そっか、うん、わかった、お母さんの日記持った?』


『持ったよ、じゃぁつけるね』


クラフティがソウルランプのガラス部分を斜めに押し上げると、マッチの炎を芯に近づけた。『ポッ』と音がして黒い煙がドーナツの形で舞い上がった。

ランプをセットすると、摘まみを回して炎の大きさを調節する。


正座してランプの炎を見つめる2人。


『ねぇお兄ちゃん、何も起きないよ?』


『あ、お母さんを強く想うんだったね…でもクラフティ、お父さんは?』


『お父さんが作ったものが街にもここにもたくさんあって、寂しくないから』


『それを言うならここにお母さんの歴史が詰まってるけど?』


『うん、これは歴史で、お母さんを感じないもん』


『そっか、うん、じゃぁ想うよ、いい?』『うん』


目を閉じて二人で母親を強く想った。

あの日の母親、この日の母親、怒られた事、笑った事、たくさん想った。



『う!さむっ!』



ひんやりと冷たい空気で眠っていたことに気が付いた。

『あ、寝ちゃってた、クラフティ、起きなよ風邪ひくよ』


『あ、お兄ちゃん、ここはどこ?』


深い深い真っ白な霧に包まれ、何も見えなかった。

道に手を置くと、冷たい滑らかな石なのを感じた。

ソウルランプを手に持って周囲を照らすようにぐるりと自分中心に回ると、

オレンジ色の光が見えた。

ランプを下げると消える、かざすと灯る、まるで共鳴しているようなオレンジ色に揺れる灯火ともしび


『多分こっちだ』


『うん、私もそう思う』


霧で見えない中で灯台の様に光る灯火はとても心強いもので、2人の足を前に前に引っ張ってくれる。

霧で湿った石が滑るので、念のため履いてきた靴が役に立った。


『靴履いてきて良かったねお兄ちゃん』


『そうだね…』


『あ!』『あ!』


足元を残して霧が2人を避けるように晴れた、いやこの店の周りだけに霧が無いと言うべきだろうか、真っ白な霧を一ヶ所だけ切り取って店を置いた様な空間。


『なんだろう…何屋さんだろうね、お兄ちゃん』


『クラフティ!』


オランジェットが指を刺した先の看板には


『如月書店』と書かれていた。


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