第8話 向日葵色のアイシテル
3年が過ぎた。
オランジェット・ジェノワーズは10歳に、クラフティ・ジェノワーズは8歳に。
ビスコッティ、ブロンディ、ハーシーは相変わらず2人に嫌がらせを続けていた。
食べ物をろくに与えていないと言うのにどういう訳か限界を迎える事無く、瘦せこけることもない2人に疑問を抱きながらもその答えは見つからず時が過ぎていた。
『なんか喰ってるにちがいねぇんだが、部屋中探しても見つからねぇ!どうなってやがる!』
それもそのはず、2人の部屋にはクグロフの仕掛けで一杯だ、隠すところなど多岐に渡り存在するが、それを見つけだすのは容易ではないからだ。
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『ガキども!俺たちは数日家を空ける、悪さすんじゃねぇぞ!』
『私たちは楽しい旅行に行って来るの、あなた達は寂しくお留守番、ざまぁないわね、きゃはは』
『私達の部屋に入らないでよね、服が汚れちゃうから』
内心は「やった!もう帰って来るな!」だったけれど、一生懸命疲れた顔を作りながら『いってらっしゃい』とオランジェットはクラフティと共に頭を下げた。こんな人間に頭を下げる必要はないのだが、父の教え「
『クソガキが、頭なんぞ下げやがって
当然、父親の弟一家には
「
「
人が礼儀や礼節を作るのではない、礼儀や礼節が人を育てるのだ。
1を言えば道理の通らない事を上から目線で10言い返し、平気で相手を傷付ける言葉を投げつけるのだ、そんな人間にマナーも無ければ節度などあるはずもない、わかって居ながら2人はきちんと頭を下げたのだった、自分たちの筋を通すために。
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ビスコッティ一家が出かけ、数日帰ってこないとの事なので2人の心はとても晴れやかで解放された気持ちでいっぱいになった。
居間に出てテレビを見ようとすると、部屋がめちゃくちゃになっていた。飲み捨てたビールの空き缶が床に散乱し、灰皿はタバコの吸い殻がまるでペットセメタリーのように突き刺さり、嫌な臭いを発していた。シャルロットお気に入りのカーペットは染みだらけでタバコの焦げ跡、クグロフお気に入りのジパングの「タタミ」のスペースは脱ぎ捨てられた服が山積みだ。
『お父さんの作業場なのに』
オランジェットの心が怒りと悲しみで満ちていく。その気持ちを切り替えてくれたのはクラフティだった。
『お兄ちゃんかくれんぼしよう』
『え?2人で?』
『うん、お兄ちゃんがオニね』
『しょうがないな、じゃあ100数えるからね、あ、外は禁止だぞ!』
『うん!』
久しぶりに走った家の中、以前は毎日パルクールを楽しんでいた、父親であるクグロフによってデザイン性を損なわずに取り付けられた手すりや手の掛かる空間を利用して跳び回るように移動が可能だ、身体が大きく成長しても、移動の仕方で変わる仕組みだから8歳になってもトレーニング出来るし、大人になってもそれは変わらない。
『ヒーハー!』
跳び回りながら奇声を発するクラフティの声が聞こえる。
『あいつ、かくれんぼって言ったよな…』
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『お兄ちゃんこれなぁに?』
「もういいよ〜」ではなく「ちょっときて」でクラフティに呼ばれたオランジェット。かくれんぼのオニが隠れる側の人間に呼び出されるなんて聞いた事が無い。
「どうした?」と駆け寄るとクラフティは廊下のランプを指さした。
『これはランプだよ、知らないのかい?』
『知ってるよ!あれだよあれ!』
よくよく目を凝らしてみると、ランプのソケット部分にRと記載されているのが見えた『ランプの電球を交換するときに右に回して…ん?』他のランプのソケットを確認するとRの文字は無い事に気が付く。
『これにだけ書いてるの』
『凄いなクラフィティ、よく気づいたな』
『跳び回る時にいつも見てたから』
『いつも見てたのに今なのか?』
『今気になったんだもん』
オランジェットが椅子を持ってきて、近くでよく見るとソケットにギアがついてることに気が付いた。そのギアを親指で右に回してみた。チキチキチキと小気味のいい音がしたかと思うと、壁の中からキリキリキリとギアの音がしてランプのソケットから細いチェーンが降りて来た。
『引く?』『うん』
オランジェットがそのチェーンを恐る恐る引いてみると、また壁の中からギアの音がして向かい側のランプからチェーンが降りて来た。
そのチェーンを引っ張るが、チン!チン!と、明らかなハズレ音が鳴るだけで、ギアの音すらすることは無かった。
『お父さんの仕掛けだとしたら…』
『2本一緒!』
『だよねクラフティ、同じ事思ったよ』
『せーの!』
2人でチェーンを引っ張るとギアの音が壁の中からまたカリカリカリと聞こえてくる、まるで家が変形するカラクリロボットかのようだ。
天井の一部が開いてゆっくりと口を開ける。
その裏側には階段が付いているのが見て取れた。
もしもビスコッティが帰って来てもバレないように、椅子を元の位置に戻してから、舞い降りて来た階段を下ろして床にその足を付けた。
子供の手でも軽々とトランスフォームするのにしっかりとした強度がある作りは流石クグロフと言ったところだろう。
『クラフティから行く?』
『いいよ、私は冒険家の娘だから!』
『そう言われるとお兄ちゃんとしては、行かなくちゃって思っちゃうじゃないか』
『じゃぁ行っていいよ』
『いやそう言われると』
『もう!私が行く!』
とは言いながらもクラフティは、慎重に一歩踏み上がっては「ふぅ」と息を吐き、その緊張感はオランジェットにもヒリヒリと伝わっており、支えなくてもいい階段を力いっぱい握りしめて下唇を噛みしめた。
上り切った先にあるもう一枚の扉の取っ手の横にはロックナンバーの入力プレートがあった。
『お兄ちゃん、番号入れるやつがあるよ』
『うーん、簡単な誕生日とかじゃないよねぇ~』
『あ、わかっちゃった私』
『え?』
『アイシテル で 1406 だと思う』
『あー!お母さんよく言うもんね!』
『うん、ママ…いや、お母さんいつも言うもん』
2人は大人になろうと約束して、まずはパパとママと言う呼び方を止めることにしたのだった、別に止める必要はないのだけれど、2人なりに大人としてどうすべきかと考えた結果、出した答えがまずは両親の呼び方を変える事だった。
『いち…よん…ゼロ…ろく…お兄ちゃん押したら何押すの?』
『エンターってやつだよ、矢印がこうぐねっと』
『お兄ちゃん顔曲がってるよ、エンターはこれか』
クラフティがエンターを押すと、チキッ!とロックが外れる音がしてドアノブが動いた。
『うわぁ~』
その声は驚きと感動に満ちた、なんとも説明しがたい声だった。
『クラフティ?何があったの?ねぇ』
余程驚くべきものがあったのか、クラフティから返事が来ることは無かったので、恐る恐る階段を上がっていくオランジェット。
眼前に広がる光景に『うわぁ~』とクラフティと同じ声をあげた。
目の前で立ちすくむクラフティ、その後ろで頭だけ出して身動きが取れなくなったオランジェット。
そこには母親シャルロットの冒険の全てがあったのだった。
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