第2話 赤墨色の竜巻
『竜巻情報です、現地時間の7日土曜日の午前8時に東シナ海海上で竜巻が発生しました。 竜巻は今後更に勢力を爆発的に増す見通しで、予想進路はアンブロシア国を横断、強い勢力を維持したまま、拡大しながら北西に進む予想となり、 非常に強い風と雨を引き連れているのが特徴です、繰り返します、非常に強い…』
ガタタタタタ…
『パパ、風が強くなってきたよ』
『そうだなオランジェット、竜巻はアンブロシアを横断する、ドゥルセは直撃みたいだからね…』
『おうだん?ちょくげき?』
『オランジェット様、竜巻がこの街を通り過ぎるということですよ』
『え?じゃぁママは帰ってこれないんじゃない?』
『そうか!もう船は出たんじゃないか?竜巻はさすがに予想していないはずだ、マズいぞ!』
『旦那様、奥様に電話を!』
竜巻の予期せぬ発生は今の科学力でも予測が困難、
妻シャルロットが帰って来る日だ、普通に船を出しているのではないかと焦るクグロフ。
風が強い日が多いこの国は竜巻を寄せ付けず、その風ではじき返すことが多かったが、今回の竜巻は、島の風を吸い込むように急激に接近してきたのだった。
『くそっ電話が通じないっ!』
『旦那様!』『パパ!』『ママはー?ママはー?』
『パパ!!』『旦那様!奥様は?』『ママまだー!?』
『うるせーな!黙ってろ!!』
『だ、旦那様…そんな汚い言葉…私って道化恐怖症じゃないですか』
『プリンさん!私の鼻に赤い玉がついてますかねっ!』
『パパ!』『パパこわーい!うわああああああああん』
『すまん、言い過ぎた、プリンさん子供たちを頼む』
『旦那様!外へ出ては危険です!私、雷恐怖症じゃないですか』
『珍しく適切な恐怖症が出ましたね、大丈夫だ、雷も竜巻もまだ来ていない!俺の船を出す!』
『旦那様!危険です!おやめください』『パパ危ないよ!』『うわああああん!』
クグロフは強まる風の中、自分の船がある港へ、車庫で飾るように大事にしていた普段乗らない愛車のマスタングを走らせた。
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『船長!どうなってるの?この嵐はなに?』
『捕まってろシャルロット!こりゃあ竜巻だ!竜巻が来るぞ!』
『海面が盛り上がっている!竜巻なんて直ぐ消えるものしか見たことないけど!』
『でっけぇ嵐を引き連れて竜巻が来る!この島の周りに吹く風が竜巻に持続力と力を与えてるんだ!こりゃぁ島まで間に合わねぇかもしれねぇぞ!』
『ごちゃごちゃうるさいわね!泣き言いう暇があったら操縦しなさい!』
眉間に深い皺を作って舵を握るのは船長のタルト・タタン。
上半身は筋肉質だが、大好きなビールのせいでお腹はぶよぶよ。
シャルロットと組んで冒険する度にその場所を記した海図のタトゥーは上半身を埋め尽くす。スキンヘッドに海賊の様な金色の口髭と顎髭が自慢。
誰が見ても避けて歩く
海が盛り上がり、船が上下する高低差が凄まじい。
強風が吹き荒れ、雨が混じって来た。
叩きつける雨は目を開けている事すら困難。
ひっくり返りそうなほど船が左右に揺れ、時には大きな波に真っすぐ突っ込み、水中に潜る時間がだんだんと多くなってきた。
『ビスケット!クッキー!クラッカー!甲板はイイから中に入って!早く!』
シャルロットがマイクで叫ぶが風と波の音で良く聞こえないらしく、動きが無い、スピーカーボリュームを最大にしてもう一度叫んだ。
『三人とも中へ入れ!!!!はやく!!!!』
そこに横から巨大な波が船にゆっくりと覆いかぶさる、それは巨大なタコの足の様だった。その波は船を鷲掴みにして大きく右に傾けた。
ダン!『いたぁい!』
転がされて壁に叩きつけられるシャルロット!なんとか船の体制を立て直そうと舵にしがみ付く!船体が起き上がる勢いのまま左に大きく傾く、シャルロットはとっさに固定された椅子にしがみつくと、足が浮いてぶら下がる格好になった。船長も舵に捕まったまま身体が浮いている。丸太の様に太い腕が真っ赤に紅潮していた。
『シャルロット!船体が戻ったら俺の腰のベルトを椅子に固定してくれ、舵から手を離せないんだ!頼む!』
『わかった!』
傾いた船体が元に戻り、シャルロットが船長の腰ベルトに付いたカラビナを、固定された椅子のフックと繋ぐ。大きく揺れる船の中ではこの作業すらままならない。
『よし、フック完了!』
『シャルロット!甲板の三人はどこだ』
『え?』
『今の高波で吹っ飛んだか!』
『そんな!ビスケット!クッキー!クラッカー!』
『悪いが悲しむのは後だ!海上保安官から通信が来た!スイッチを入れてスピーカーに!』
『これね!』
スイッチを入れると、鬼気迫る声で通信が直ぐにスピーカーを通して聞こえて来た。相手の顔は見えないが、間違いなく緊急事態だと理解できる。
『こちら海上保安官!危機対策チーム隊長タケウチ・ココア!、SOSをキャッチした、状況を聞きたい!オーバー!』
『シャルロット!頼む!』
『こちらジェリービーンズ号!突然の嵐に見舞われ、船員3名が作業中に海に投げ出されました、船の位置はGPSで追って下さい、私はクルーで冒険家のシャルロット・ジェノワーズ、船長はタルト・タタン!お願い急いで!オーバー!』
『こちらタケウチ、ジェリービーンズ号の位置が確認できた、だがすまない、大型の竜巻が接近中で船もヘリも出せない、状況見て必ず向かう!必ず向かう!耐えられるか?オーバー!』
『タケウチ!逆にこの状況で私たちは耐えられると思うか!』
『すまない、幸運を祈るとしか』
『わかった、あんたの無事もついでに祈るよ、通信を終わる』
『シャルロット!すまん、俺の判断ミスだ』
『あんた船長だろ!諦めんな!生きて帰るよ!成功から学ぶことなんかないよ、失敗するから面白いんだよ!』
『そうだな!行くぞ!ヨーソロー!!!!!』
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『クグロフさんダメですって!危険過ぎます!』
『シャルロットが!妻がこっちへ向かっているはずなんだ!』
『だからってクグロフさんが船を出しても救助はおろか、船すら見つけられないですよ!今までの竜巻とは規模が違う!もはやハリケーンだ!クグロフさん!』
『どけ!どいてくれ!たのむ!』
クグロフは立ちはだかるように止める漁師数名を押しのけ、掻き分け、這いつくばって転がり、走り抜けて自分の船に乗り込んだ。
『クグロフさんダメです!死にますよ!』
『死なせるよりましだ、マスタングを頼む』
エンジンを点火し、フルスロットルで迫りくる竜巻に向かう【ジェノワーズ号】ジェットエンジン搭載で、その爆発的加速はうねる波の上を飛ぶように船を走らせた。
叩きつける雨、跳ねては着地を繰り返すその衝撃は通常なら吐き気をもよおすだろうが、「心配と不安」で支配されたクグロフにとって船酔いなど起こす余裕は脳内にはない、神経を研ぎ澄ませたクグロフの集中力は鋭利な刀の切先となっていた。
『そうだ、受信機…』
受信機のスイッチをONにすると、レーダーに反応があった。
その反応が妻の乗ったジェリービーンズ号かどうかはわからない、それより妻が船で出たのかすらわからないクグロフにとってはこの反応は希望でしかなかった。暴れる船内で反応したポイントに何とかチャンネルを合わせると、言葉を発した。
『こちらジェノワーズ号!応答せよ!SOSをキャッチした!応答せよ!…』
『返事してくれ!こちらジェノワーズ号!SOSをキャッチした!応答せよ!…』
『ザザー・・・か…ザッ…のっ…』
『聞こえてるんだな!電波が悪い!ジェリービーンズ号か!?』
『こ・・・・ガガッ…― 』
『おい!おい!応えろ!頼む応えてくれ!』
周りの音が一瞬消えて静寂がクグロフを包んだ、耳が壊れたかと思う程音が無くなった、何も聞こえなくなった…その時スピーカーのノイズの音で現実に戻されるかのような感覚を得る、誰かに手を引かれたかのように。
そして聞こえて来た声。
『クグロフ助けて!-…ガガッ…』
ハッキリ聞こえたシャルロットの声。
掻き消すように怒涛の如く激しい
ゴロゴロなんて生易しいものではない、空間が引き去られる痛みによる空の悲鳴だ。漆黒の空が瞬く度に
滑空するように雹と豪雨を切り裂いて海面を跳ぶジェノワーズ号、深緋色が輝いて尾を引くその姿は火の玉か流星と見紛う程に美しかった。
静と動、醜と美、恐怖と微笑、正反対がこの空間に混在し、全部まとめると地獄と言う表現しか出てこない。
その地獄を一筋の希望の光が真っすぐに、何の疑いもなく走る。
『待ってろシャルロット!!!!』
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『待ってろシャルロット!!!!』
『クグロフが向かってる!船長!助けが向かってる!』
『この嵐の中向かって来る勇気は認めるがよ!どうやって助けてくれんだよ!向こうも船だろ?』
『近くに来たら海に飛び込みなさいよ!』
『飛び込んだ時点で波にのまれて死んじまうぞ!それに…この船は捨てられねぇ』
『生きて帰れたら新しい船買ってあげるから、クグロフが来る前に少し痩せな!』
『ばーか、覚えておけ!俺の身体はビールでできている!』
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