第3話 紫黒の海
『タケウチ隊長!本当に出動されるのですか!』
『助けを求められて、私は待てと言ったのだ、彼女たちは待っている』
『でもこの風ではヘリ飛はばせませんよ、自殺行為です』
『この竜巻は足が速い、通信から経過時間を考えると、到着時間には救助可能な風だと読んでいる』
『そうですか、では私が操縦しますのでタケウチ隊長は救出を』
『操縦士としての腕はお前の方が上だ、悔しいが最善の選択だな、うへへ』
『隊長はカッコイイ台詞言うのに笑い方が残念ですよね』
『ほっとけ』
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暴風雨で視界の悪い中、微かな灯りを発見するクグロフ。
舵を切るが風で思い通りに接近ができない、縦横無尽に暴れまわる波が風で煽られた船を容赦なく漆黒の闇へと連れ去ろうとする。
方向感覚を失い、気付けばさっきの灯りが後ろに。
『くそっ船が回され過ぎて方向感覚が!わかっていたが灯りに近づくことすら難しいぞ・・・』
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『シャルロット!前方に灯りが見える!こっちのライトで照らせないか!?』
『難しいけど操作してみる』
『照らしたらパッシングしてくれ!こっちの意思を何としても伝えるんだ!』
『承知した船長!』
右往左往するジェリービーンズ号、シャルロットは前方をクルクル回る船になんとかライトを当てて気付けとばかりにパッシングする、船の高さを遥かに上回る高波、そして数メートル級の高低差が邪魔をして互いの船を見失う。そこで大きくジェリービーンズ号は上に持ち上げられた。
『やばいやばいやばい!この高さから落下したら船がバラバラになっちまう!』
『諦めるなって言っただろう!エンジン全開!取り舵いっぱいで滑り降りて!』
『ヨーソロー!!!!!』
ジェリービーンズ号がまるで波の上でドリフトするように、下って行く波に合わせて滑り降りる、そこへ波に持ち上げられた船が正面に来た。
互いに舵を切るが、フックが外れて回転したジェリービーンズ号のクレーン型のウインチが大きく回転し、カウボーイの投げ縄のように向こうの船に絡まり二艘が接触する。
ガツン!
『この船の色!クグロフよ!』
『再会を喜びたいが、この状況はちっとも良くなってないぜ!』
『向こうはジェットエンジン搭載してる、この船よりは速い!』
『だからぁ?速けりゃいいってもんじゃないぜこの嵐じゃよぉ!』
『あなたが操縦したら抜けられる!そうでしょ?』
『あぁまちがいねぇ』
『クグロフ!クグロフ!聞こえる?そっちに移動するわ!』
『おい移動って!』
『シャルロットか!この状況で移動できるか?』
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無風になった。
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神が舞い降りるかのように月灯りがシャルロットを照らした。
音のない世界。
巨大な回転する赤墨色の雲の渦の中で見上げる月。
なんと美しい事か。
それは天使と悪魔の共演。
『私の冒険の1ページが更新されたわ』
『これが竜巻の中心か!すげぇ!なんて世界だ!』
感動は直ぐに消し飛ばされた、次の強風の始まりである。
船は持ち上げられては叩きつけられ、二艘がぶつかり合って船体が崩れ始める。バカン!ゴン!バキバキっ!船が軋み、割れていく音に混じって龍の咆哮の様な轟音が空で鳴り響く。
『さっきの光景が嘘みてぇだな!』
『クグロフ!絡まったフック外せそーーーー?』
『やってみるーーーーー!!』
『私たちもーそっちに移ってー手伝うわー!!!!!』
『揺れが酷い!無茶だー!シャルロットー!海に投げ出されるぞ!』
水面の海水が巨大な掃除機に吸い上げられるように、水の柱が渦を巻いて立ち上がる、その様はまるで伝説の怪物リヴァイアサンだった。
『まるで水龍…じゃねぇかよ』
『行こう船長!乗り移ってワイヤーを外すよ!』
『お、おう!わかったぁ!やるかぁ!』
クグロフが操縦席から外に出ると、引っかかったワイヤーの位置を確認する、しかし操縦しない船は今まで以上に波に
捕まっているのがやっとのクグロフが甲板にたどり着いた時、船長とシャルロットの姿を見る。
寄ってはぶつかり、一定の間隔迄離れたらまた寄るを繰り返す二艘。
『お互いの船が寄った瞬間に飛び移る!いい?船長!』
『わかった!どうにでもなれだ!』
しかし嵐の終演があっけなく訪れた。
『まって…風が弱まった…』
『まじか、竜巻を抜けたのか?神よ…』
波の高さはそう簡単に収まるものではないが、明らかに暴れっぷりに恐怖を感じないレベルに落ち着いた。お陰で難なく2人はジェノワーズ号に乗り移ると、クグロフとシャルロットは抱き合って互いを称賛し、船長を含めて
『よし、フックを外そう』
『そうだな、これならワイヤーカッターで切った方が早いだろうな、クグロフさんこの船には積んでるかい?』
『そこのハッチを開けると工具入れよ、そこにあるわ』
その
全員がよろめき、床に這いつくばりながらピンと張られたワイヤーの先を見ると、船体に穴が開いたジェリービーンズ号が海底へとその姿を消そうとし始めていた。
『まずい!この船も引きずり込まれるぞ!』
『急いで船長!早くワイヤーカッターで切って!』
殆ど沈んだジェリービーンズ号はジェノワーズ号から手を離すどころか、一緒に行こうとばかりに引きずり込もうとしていた。
ギシギシと音を立ててジェノワーズ号がゆっくりと傾き始める、足元が固定できずワイヤーカッターをうまく扱う事が出来ない。
その時だった、黒い雲から飛び出して来たその機体はバタバタと音を立てて猛烈なライトでジェノワーズ号を照らす。。
『約束を守りに来ました!タケウチです!今下りますので1人づつ救助します!』
海上保安官・危機対策チーム隊長のタケウチ・ココアが救出に駆けつけてくれたのだった、ヘリから一本のロープで寸分の狂いなくジェノワーズ号の甲板に下りると、3人に敬礼をし『私の無事を祈ってくれたおかげでたどり着けました!ありがとうございます!一人づつ私が救助しますのでこちらへ』と手を差し伸べて言った。
『あなたがココアね、ありがとう』
『その名前は嫌いなので言わないで下さい、さ、急ぎましょう』
『あら、可愛い名前なのに嫌いなのね、えっと…船長から行きなさい』
『ダメだダメだ!バカ!何を言ってるんだ』
『タルトさん、妻の言う通り、あなたからです』
『旦那さんまでなにを!待ってくれ!若いお前らが行くべきだ!』
『あなたには6人の子供と7人目を
『もちろんよ』
『時間がないので急ぎましょう、私の体力的に船長さんが最初だと助かります』
『デブだって言いたいのか?わかったよ、上で待ってるぞ』
タルトがタケウチにしがみつき、安全装具で繋がれるとウインチでヘリへとゆっくり上がって行った、不謹慎だがなんとも滑稽な船長の姿を見てクグロフとシャルロットは微笑んだ。
バキバキバキ!と船の甲板が裂ける!
一気に水が船底に流れ込み、ジェノワーズ号の沈む速度が上がったのを感じた。
2人の膝まで海水に使った時、上からタケウチが降りて来るのが見えた。
ゴボッ!!!!と大きな空気が海面で破裂すると更に沈む速度が上がる。
下も見ずに下りる速度を上げ、一気に海面ぎりぎりまで降りきって振り向くタケウチ。
『2人一気に行きます!さぁ!』
2人の姿はなく、
砕け散りそうな程奥歯を噛みしめながらヘリに戻るタケウチに、船長タルト・タタンが目をまん丸にして言葉をぶつける。
『おいココア、あの2人はどうしたんだ』
『・・・・』
『あの2人はどうしたんだって聞いてるんだ小僧!おい!』
声を荒げてタケウチに詰め寄る、その両手は強く握りしめられていた。
『私を殴っても何も解決しない』
『てめぇ助けられなかったのか!何しに来たんだ!俺なんかを先に助けやがって!』
怒りと悲しみが全て拳に込められ、タルトの腕がブルブルと震えているのがわかった。爪が食い込んでいるのだろう、やがてゆっくりと血がしたたり落ちて来た。
目の前にいるタルトを突き飛ばすと、尻もちをついて転がった。
『俺なんかを助けやがってだと?』
『あぁそうだよ、そうに決まってるだろこんなおっさんをよぉ!』
『てめぇはあの2人に生かされたんだ!どんな思いで2人が沈んで行ったと思ってるんだ!お前に命を繋いだんだぞ!グダグダ言ってねぇで2人に感謝しろ!このクソヒゲブタトンビ野郎!』
『タケウチ隊長!トンビは要らないと思います』
操縦席の部下に注意を受けて我に返るタケウチ。
静かに両手を開き、血にまみれた手の平で顔を覆い隠すと、タルトは人目をはばかることなく声を上げて泣いた。涙と血が混じり合って頬を通り、顎を伝ってポタポタと流れ落ちる、まるで血の涙を流しているかのように。
『船長、…生きるんだ』
『わかった、オランジェットとクラフティに出来る事をやって行くよ』
『そうしてやってくれ、私も気にして置く』
『早く帰って無事な顔を皆に見せるんだって…沈むのわかってたんじゃねぇかな』
『そうかもな』
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