異世界部、恋愛因子暴走中！

第36話

──現代日本、都立桜ヶ丘高校・異世界部室。

「うっ……ぅああっ！ やめて……！ やめてよぉ！ もう、何も……何も……感じたくない……！だから！やめて！」

ユナの悲鳴が、黒い靄に侵食された部室に響き渡る。彼女の共鳴因子（エモーション・リンク）は、異世界からの魔力と学園中の感情の波、そしてヒナタの介入によって、完全に制御不能に陥っていた。

ヒナタの暗殺因子（シャドウ・ブレイク）がユウトの保護因子（ノクス・ガーディアン）をすり抜け、ユナの額に触れようとする。

「主の因子は、今こそ異世界へと帰還するべきだ！」

その時、部室の顕現装置が、耳をつんざくような高音を発した。クリスタルが激しく脈動し、部室の壁に走る亀裂が、まるで生き物のように広がる。

「素晴らしい！ 異世界からの『召喚』と、この世界の『因子の共鳴』が、私の『プロトコル』に完璧に合致した！」

職員室の美作先生は、狂気じみた笑みを浮かべ、最終トリガーを起動した。

──遠く離れた異世界・魔王城地下。

高齢の魔族たちの狂信的な祈りが、巨大な魔法陣を禍々しい光で満たしていた。時空間の歪みは臨界点に達し、魔法陣の中心が、まるでブラックホールのように全てを吸い込み始める。

「魔王様！ 今こそ、この世界へ……！」

──そして、二つの世界の「歪み」が、同時に臨界点に達した。

ズガアアアァァァン！！

部室の空間が、ガラスが砕け散るように崩壊した。壁は消え去り、床はひび割れ、窓の外には、都立桜ヶ丘高校の校舎と、荒廃した魔王城の尖塔が、まるで一枚の絵のように混じり合って見える。空には、現代日本の青空と、異世界の赤い月が同時に浮かび、黒い森が校庭を侵食し始めていた。

「これが……美作先生の『理想郷』……！」

カイの新因子（ブレイブ・チャーム）が、ミレイの魅了因子（フレグランス・シフト）と共鳴しながら、その光景を目の当たりにする。彼らの足元から、異世界の魔力が噴き出し、現代日本の風景と混じり合っていく。

その混沌の中心で――ユナの共鳴因子が、異世界からの「魔王再臨の儀式」と、美作先生の「世界の融合」によって、激しく活性化する。ユナの身体から、黒い靄が噴き出し、その瞳は、かつての魔王のそれのように、深紅に輝き始めた。

「……我は、帰還した」

ユナの声が、二つの世界が混じり合う空間に響き渡る。それは、ユナの声でありながら、どこか遠く、絶対的な存在の響きを帯びていた。彼女の背後には、黒い翼のような因子の光が広がり、その姿は、かつての魔王そのものだった。

「ユナ……！」

ユウトの保護因子（ノクス・ガーディアン）が、その魔王と化したユナに、本能的な恐怖と、それでも守りたいという矛盾した感情を抱く。彼の赤い光は、ユナの魔王の因子に吸い寄せられるように、微かに揺らぐ。

ヒナタは、魔王と化したユナの姿を目の当たりにし、その冷徹な瞳に、狂信的な喜びを宿した。

「主よ……！ ついに、この世界に再臨された！」

彼は、ユナにひざまずき、その存在を崇拝する。彼の暗殺因子（シャドウ・ブレイク）は、魔王の再臨によって、より強力に活性化していた。

カナは、タブレットに表示されるログに、絶望的な記録が刻まれていくのを見ていた。

> 【Narrative Core：最終章突入】

> * 状態：世界の融合完了／魔王再臨確定

> * 備考：因子の最終収束開始／物語の構造崩壊の兆候

>

「美作先生……！ あなたは、世界を……！」

カナの叫びは、美作先生には届かない。職員室の美作先生は、端末に表示される「世界の融合完了」「魔王再臨確定」のログに、恍惚とした表情を浮かべていた。

「素晴らしい！ これこそが、私の『理想郷』だ！ 異世界とこの世界が融合し、新たな進化を遂げる……！ そして、その中心には、最強の因子を持つ存在が君臨する！」

彼の脳裏には、魔王と化したユナが、融合した世界を統べる「神」のような存在として君臨するビジョンが鮮明に浮かび上がっていた。

校舎の屋上から、ランドセルの少女は、その全てを静かに見下ろしていた。彼女のノートには、最後の記述が加えられる。

「記録完了。二つの『歪み』は、一つの『収束』へと至った。魔王は再臨し、世界は融合した。これは、物語の『最終戦争』の始まり……そして、彼らの『選択』は、もはや『世界』の運命を分かつ」

彼女の瞳の奥には、避けられない運命への深い憂いが宿っていた。