私の血液は、美味しいかい

Gggo

第1話

仕事をクビになり、1ヶ月たった。やることがなく、オンボロアパートでひたすらゴロゴロするだけの毎日。ゲームや漫画なんて娯楽品を買える金はもちろんなく、暇を持て余していた。季節は、夏。エアコンはなく、あるのは扇風機だけ。決して涼しくなく、生暖かい風が充満するだけだった。そんな状況で、私はひたすら天井を見つめ寝転がるだけ。体から噴き出る汗で畳を湿らせる。完全にサウナであった。私は、諦めている。何に?人生にだ。今まで全力で生きて来た。しかし、社会は認めてくれなかった。それなら何もせずボーと生きている方がよっぽど賢い生き方じゃないか。確か中国にタンピン族という何もせずぼーっとするだけの人が増えているらしい。素晴らしいことだと思った。寝返りを打つ。すると窓から覗き込む、青春を体現したかのような入道雲が視界に入った。。綺麗だな。自分に青春なんてあっただろうか。そう思っていると耳に気持ちの悪い音が鳴った。ツー〜ん。蚊が一匹迷い込んできた。サウナに。

 その蚊は、私の腕に停まった。前脚をすりすりしている。私は、小さなその蚊を凝視した。今すぐ叩いて殺すこともできたが、それより血を吸っているところを見てみたい。ちょうどいい暇つぶしになる。蚊は、針を差し込み、血を吸い始めた。しかし、すぐ辞めてしまった。そして、どこかへ飛んでいってしまった。なんでだ?飛んでいく蚊を目で追った。どこへ行くというのだ。血を吸うじゃないのか。敵意など示していないのに。もしかして私の血がまずいというのか?しかし、蚊如きに味などわかるはずがない。奇妙な感覚だ。今この瞬間、失われた感情が戻った気がする。この感情は、イラつきと悔しさ。血液が、まずいということそれ即ち、蚊ににすら目をつけられない存在だということ。許せない。いてもたってもいられなくなった私は、立ち上がった。ずっと寝転がっていたせいか強烈な眩暈がした。それを振り切り、コンビニに向かう。虫が好きなものといえば甘いもの。甘いものを食べれば血液は甘くなり、蚊も寄ってくるだろう。玄関を出て、自転車に乗る。馬鹿げている。そう思った。蚊如きにほんとになるなんて。でもこんなしょうもないことでも私の中で燃える感情があるという事実が嬉しかった。

 大量のお菓子を買って、部屋へ着く。それらを口いっぱいに送り込む。不健康だが、関係ない。急激に血糖値が上がるのが感じられる。眠くなった。重い瞼に耐えきれず、私は意識の奥底に沈み込んでいった。

 目が覚めると深夜であった。起きあがろうとする時、右腕に痒みが走る。見てみると腫れていた。蚊が、私の血を吸ったのだ。嬉しくなった。部屋を見渡すと蚊が五匹宙を舞っていた。きっと宴をしているに違いない。

 私の存在価値が、認められた気がした。こうなったらとことん蚊に血を吸ってほしい。骨の髄まで。お仲間を連れてきてくれ。

 こうして私は、新たな趣味を見つけた。それからは、今までが嘘のように、活発になって動いた。甘いものだけじゃない、揚げ物のお菓子などを大量に購入しては、それらを食べる毎日が続いた。体重も増えた気がする。腹の肉が分厚くなった。それに比例するように蚊も多くなる。5匹が、7匹。一週間立つと20匹になった。彼らは、体のあちこちから血を吸っている。素晴らしい気分だ。美味しいそうに吸っている。

 

 私の血液は、美味しいかい?


一カ月が立つ。蚊は数え切れない。無数の黒い物体が宙を舞っている。私の体は、蚊に支配されていた。他の人が見たら、絶句するだろう。何せ真っ黒なのだから。嗚呼。なんて心地よいのか。私を求める存在がこんなにもいるなんて。想像もしていなかった。夏は、終わりを迎えてようとしている。心地良いそよ風と今は慣れた蚊の音。また眠くなって来た。

 私は、眠りについた。永遠に

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私の血液は、美味しいかい Gggo @Gotman

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