第24話:依存

 遥は彼女に手を引かれるようにして駅前のネットカフェへ向かった。

 途中、何度か階段を踏み外しそうになりながら、入り口を抜けた。


 受付ではスタッフがブランケットを片づけており、遥たちに気づくと会釈をした。

 手続きを済ませ、間接照明に照らされた狭い廊下を進んだ。


 鍵付きの個室に入り、ドアを閉めた。


 遥はみのりの隣に座り、適当に動画を選んだ。

 しかし画面を見ていても、内容がまったく頭に入ってこなかった。


 気づけば、みのりの手をつないでいた。

 その力に応じるように、彼女の指も優しく握り返した。


「みのり……あのさ、ばかみたいな話なんだけど」


 無意識にみのりの手を強く握った。

 いつの間にか、ホテルでみのりにされたことを自分もやってしまっていた。


「昨日、学校で……前に相談したあの子から、告白されて……」


 みのりは黙ったまま、遥の手を握り返した。

 いつもより強く。


「もちろん、断った。だって、みのりがいるから」


 誤解を招かないように言葉を選びながら話したが、話せば話すほど罪悪感が重くなっていった。


「……でも、あんなふうに真正面から想いを伝えられたのは初めてで……。自分で振ったのに……こんなにも……胸が苦しくて……」


 遥はすがるようにみのりを抱き寄せた。


「もし逆に、みのりと別れることになったら……たぶん、生きていけないと思う」


 彼女のやわらかな胸に顔をうずめ、頬にとめどなく涙が伝った。

 篠原を傷つけてしまった罪悪感をみのりが背負うことなんてできないのに、抑えられない感情を押しつけてしまった。


「お願い……僕を捨てないで」


 みのりは言葉で返さず、ただ腕を回して遥を抱きしめた。

 泣き疲れた子どもを包み込むような穏やかさと温もりで、時折優しく遥の背中をトントンとたたく。


「……大丈夫。私は、どこにも行かないよ」


 わずかな笑みを見せ、続けた。



「ねえ、私のこと、絶対に離さないでね」



 彼女の声は甘く優しいのに、なぜか逃れられない呪いのように聞こえた。

 今の遥にとっては呪いのような言葉が、唯一の救済に思えた。


 しばらく彼女を抱きしめていると、徐々につらい記憶が洗い流されていった。

 流された記憶がどこへ向かっていくのかはわからなかった。


 帰りもみのりに手を引かれながら、遥は店を出た。

 電車に乗り、窓に映る自分の顔をぼんやりと眺めた。


 みのりと別れた手のひらに、まだ温もりが残っていた。


 ドアが閉まる音。

 階段を上がる足音。

 鍵を回す音。


 その音の先で、二つの小さな箱が待っていた。


 みのりの黒い箱は完璧に包装され、銀のリボンが美しく結ばれている。

 篠原の水色の箱は、リボンが少し緩んでいた。

『遥くんへ』と書かれた小さなカードが添えられている。


 残りの高校生活、篠原と普通に接する自信がなかった。

 でも、みのりとなら、この重い気持ちも忘れられる気がした。


 迷った末に黒い箱に手が伸び、リボンを引いた。



『これを食べたら、もう戻れないよ』



 みのりの声がよみがえる。


 包装を開くと、カカオの甘い香りが広がった。

 チョコレートをひとつ取って食べた。

 甘さが口に広がると、みのりと過ごしたあの夜のことを思い出した。


 次に、篠原の水色の箱を手に取った。

 リボンをほどくと、少しいびつなチョコレートと手のひらに収まるサイズの手紙が現れた。


 中身を見るのが怖くて、手紙を開けることができなかった。


 包みを元に戻し、机の引き出しのいちばん奥へとしまった。


 鍵はかけなかったが、自分の手でこの引き出しを開けることは、二度とないだろう。




 もう、戻れない。

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