第6話:狩り友

 昇級試験の最後の素材をNPCに差し出すと、昇級完了のエフェクトが走った。

 アバターの周りに光のエフェクトが広がり、頭上に月のアイコンが浮かんだ。


「おめでとう、ハルカくん!」


 ゾンデビの豪快な万歳エモートが、視界の右端で繰り返された。


「ありがとう! なんか、めっちゃ嬉しい……!」


「《フレンド登録》してもいいですか?」


 あまりに嬉しくて、勢い余って聞いてしまった。


「もちろん! これからも一緒にやろうぜ」



 土曜日の朝も、ゾンデビと二人で狩りに出かけた。

 森の深部へ進むにつれ、画面の色が濃くなり、足元には湿り気を帯びた暗いテクスチャが広がった。


 戦闘が始まると、短いチャットが次々に流れた。


「こっちは任せろ」


「初心者のうちはドロップ品のことなんて気にすんな!拾え拾え!」


「ピンチのときは、この兄貴に任せとけって」



 洞窟で方向を誤ったときも、希少モンスターに押し返されたときも、彼は冗談めかしたスタンプを添えてくれた。


「まあ、こういう日もあるさ」



 戦闘の外でも、気配りは途切れなかった。

 見失っていた素材が、ログも流れないままトレード欄に置かれていた。

 複雑なクエストでは、必要な順序を丁寧に教えてくれた。



 こんなふうに誰かと過ごすのは、どれくらいぶりだろう。


 画面の向こうなら、無理に自分を作らなくていい。



 この世界でなら、本当の自分でいられる気がした。



 思わず、声が漏れた。


「楽しいな」



 夜のフィールドに移ると、焚き火の熱と魔法の光が、交互にあたりを照らした。


「お前、ピアノやってんだろ。演奏エモート出してみ?」


 指示に従うと、画面に現れた鍵盤の前でアバターが椅子に腰をかけ、短い旋律を弾いた。

 隣でゾンデビが課金専用のダンスエモートで踊っていた。

 こんなくだらないものにお金を使うなんて、と思いながらも笑いが込み上げた。



「この場所、夜になると月がきれいに映るんだぜ」


 視点を回すと、湖に白い月が映っていた。

 水面はポリゴンの揺れに合わせて規則的に歪み、簡素な光の反射がちらついた。


 ゾンデビという名前は、背景の群れから切り離され、ログの行をたどるたびに自然と目に留まる存在になっていった。



 週末の終わり、クエストを終えて、静かな湖畔に並んだ。


「ここ、落ち着くよな」


「……うん。こんな夜は、初めてかも」


 チャット欄は空白だった。

 隣に立つアバターと自分を、同じ月明かりが照らしていた。

 言葉を探す必要がない、穏やかな時間だった。



 ログアウトの時刻が近づいた。


 光が消えると、モニターはただの黒い鏡になった。


 熱を失ったガラスに、自分の間抜けな顔が映っていた。

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