言葉を削る音
書くたびに、頭の奥で微かな音がするようになった。
鉛筆の先で紙を削る音ではない。
もっと冷たく、もっと乾いた音――
それは、ぼくの中から言葉が削り取られていく音だった。
以前のぼくは、言葉を探すのではなく、言葉が向こうから歩いてきてくれるのを待っていた。
不意に降りてくる比喩や、ふと浮かぶ情景をそのまま書き留めるだけでよかった。
だが今は違う。
書く前から、頭の中で読者の反応を想像してしまう。
「これはウケるか」「これは反感を買うか」「これは見向きもされないかもしれない」
そんな選別の網をくぐり抜けられる言葉しか、生き残れなくなった。
結果、残るのは安全で無難な言葉ばかりだ。
棘を持った語は、網にかかって落とされる。
癖や匂いを帯びた言葉も、批判の影を恐れて、あらかじめ切り捨てる。
書き終えた文章は、形こそ整っているのに、どこか人工的な味しかしなかった。
怖いのは、その作業に慣れてしまった自分だ。
最初のうちは胸を痛めていたはずなのに、今では、削ることが当たり前になっている。
まるで、欠けていく自分を見ても何も感じない、そんな無感覚が心の底に沈殿していた。
そして削ったあとの沈黙が、やけに耳に残る。
それは無音ではなく、鈍い音を持った沈黙だった。
その沈黙こそが、ぼくに「もう書くな」と囁いている気がしてならなかった。
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