第33話→創造神と選ばなかった男

天界の空はいつも通り深く青く、光の粒が無数に瞬いていた。創造神シンは重厚な机の前に座り、分厚い書類の山を前に淡々と作業を進めている。隣には、見習い神ラニアが、メモ帳を握りしめて小刻みに息を整えていた。


「シン様……次の転生者ですが、少し……特異なケースです」

ラニアの声は緊張に震えていた。「いわゆる、社会的に“恋愛面で不遇”な方、非モテ体質の青年です」


シンは眉をひそめ、水晶の中に浮かぶ転生者の魂を観察する。20代半ば、肩を落とし、目を伏せた青年が映っている。周囲の天界の光景の中で、彼の孤独と焦燥が淡く揺れているのがわかる。


「ふむ……なるほど」

シンは静かにため息をつき、書類の隙間に手を置く。「で、希望はどうだ?」


ラニアは少し言葉に詰まり、慌てて答える。「希望……は、特に……普通で……いいそうです……」


シンは眉間に皺を寄せ、淡々と水晶を操作する。転生者の魂はまるで自分の居場所を求めるように揺れ、天界の光を通してわずかに色を変えている。


「……お前の世界では、30歳まで純潔なら魔法使いになれるという話があるらしいな」

シンの言葉は淡く、しかしその響きは確実に青年に届いた。青年は慌てて目を伏せる。体が熱くなり、顔の赤みがじわりと広がる。だが、言葉は出ない。声を出すことすら、ためらっている。


「……俺は、選ばなかっただけだ!」

小さな声だったが、天界の静寂に響き、まるで自分自身に言い聞かせるようだった。その独白は、過去の失敗や孤独の積み重ね、そして自分が何を欲していたのかを確認する行為でもあった。


ラニアは息を飲み、メモをとる手が止まらない。「……これが、転生者の心理……こんなにも、自分自身を守る言葉に頼るのか……」


シンは静かに水晶を見つめ、青年の揺れる魂を観察した。非モテであろうとも、恋愛や社会的な評価に不安を抱く彼の心の構造は、転生者を送り出す上で非常に貴重なデータである。


「よし、準備は整った」

シンは言い、ゆっくりと手を水晶に置いた。白い光が青年の魂を包み込み、天界の音が遠ざかる。ラニアも光の中でじっと観察を続ける。青年の心拍や呼吸、微妙な表情の変化までが、手に取るように分かる。


光がさらに濃くなると、青年は天界の光景から解き放たれ、異世界への感覚に意識が移る。足元に風の感触、肌を撫でる光の温もり、かすかに感じる草や土の匂い。全てが新鮮で、しかしどこか懐かしい感覚だった。


「……やっぱり、選ばれなかっただけだ……」

彼の心の中で、再び独白が浮かぶ。失敗も、孤独も、誰かの羨望の影として背負ってきた数々の出来事。だが今は、これから自分の人生を歩むための一歩として受け入れられる。


ラニアはメモを必死でとりながらも、彼の心理の変化に目を見張る。「シン様……こうして天界で観察し、準備を整えた上で転生させると、転生者の心がこんなにも素直に反応するんですね……」


シンは淡々と頷く。「観察しているだけではわからない。転生者としての自覚と、選ばれなかったという事実の受容。これを経て初めて、異世界での成長が可能になる」


光がゆっくりと薄れ、青年の魂は異世界への流れに乗り始めた。天界の空は再び静寂を取り戻し、ラニアの緊張も徐々に緩む。


「……今回も、無事に流れを作れたか」

シンは机の書類に目を戻し、肩の力を抜く。ラニアも小さくうなずき、ノートに最後の記録を書き込む。


天界の空に再び光の粒が瞬き、二人の神は黙って観察を続けた。青年はまだ選ばれなかっただけ。だが、これから異世界でどう生きるかは、全て彼自身に委ねられている。


「……さて、次は異世界編だな」

シンは独り言のように呟く。ラニアも、次の転生者の観察に備えて息を整える。天界はいつも通り静かで、しかしその奥底には、無限の可能性が広がっていた。

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