第34話→そして選ばれた男

異世界に降り立った青年――リオは、初めて見る街並みに少し緊張しながらも胸を高鳴らせていた。天界の観測窓から、シンとラニアが静かにその姿を見守る。


「ふむ……今回は慎ましやかだが、どう成長するか楽しみだな」

 シンは呟く。隣のラニアはメモ帳に手を走らせながらも、心配そうに眉を寄せていた。


「シン様、やはりこの方、最初は人間関係に慣れていないようです……」

 「まあ、当然だろう。普通は戸惑うものだ」


 リオは最初の数日、町の人々との交流に苦戦していた。声をかけられると照れて言葉を詰まらせ、依頼を受けてもぎこちない動きで失敗ばかり。しかし、彼の誠実さは徐々に周囲に伝わっていく。


 ギルドでは、先輩冒険者たちが訓練の相手になってくれた。シンとラニアは天界からそれを観察する。


「……うん、確かにこの世界での経験値は十分だな」

 ラニアは書き込みを止め、遠くのリオを見つめる。

 「シン様、この方、少しずつ自信を持ちはじめました!」

 「うむ。しかし、本当の試練はまだだ」


 リオはある日、町外れの森で小さな魔物に遭遇した。初めての実戦。体は硬直し、心臓は跳ね上がる。だが、自然に剣が動き、魔法の詠唱が口をついて出る。手応えを感じた瞬間、彼の顔に微笑みが浮かんだ。


「……できた」

 傍らの天界では、シンが小さく頷く。

 「なるほど、やはり少しずつ成長しているな」

 ラニアも嬉しそうに微笑む。

 「シン様、転生者の学習効果がすぐに出ています!」


 日々の訓練と依頼の中で、リオは町の人々から信頼を得ていく。最初は一緒に行動するのもぎこちなかった町娘や仲間たちも、徐々に自然な笑顔で彼を迎えるようになる。


 ある日、ギルドで重要な依頼が告知された。王国からの公式な依頼で、勇者候補の適正を試すための実地試験だ。

 リオは少し緊張したが、胸の奥で確かな決意を感じていた。


 天界では、シンが静かに観察していた。

 「さあ、ここで本物の能力と心の在り方が問われる。準備は整ったか?」

 ラニアも頷き、天界の光の中で声を潜める。

 「この方なら……きっと大丈夫です」


 試験の当日、リオは自らの力を信じ、仲間と協力して困難な試練を次々とクリアしていった。

 最後の場面、試験官である高位の魔導士がリオを見下ろす。

 「よくやったな……君を勇者候補として認めよう」


 リオは一瞬息をのんだ後、目を大きく見開き、声を上げた。

 「え……本当に僕を選ぶんですか?」

 試験官は静かに頷く。

 「選ばれた者には責任が伴う。しかし君には、その素質がある」


 天界では、シンが薄く笑った。

 「ふむ……やはり正しい選択だな」

 ラニアも書き込みを止め、満足そうに顔を上げる。

 「シン様、これで転生者としての一歩が踏み出せましたね」


 リオはギルドの広間で、仲間たちと肩を並べながら微笑んだ。初めて、誰かの幸福や期待に応えられた実感。

 ――そして、天界の観測窓越しに、リオの目ははっきりと輝いていた。


 夜、天界に戻ったシンは椅子に腰かけ、窓の外を見つめる。

 「ま、こんなところか……」

 小さくため息をつき、ラニアの方を向く。

 「こいつは30歳まで選ばれなかった人生だったが……どうやら報われたようだな」

 ラニアは慌てて手帳を閉じる。

 「え、ええ……、リオさんは選ばれたんです! ちゃんと幸せになれるんです!」

 シンは微かに笑い、天界の静けさの中で頷いた。

 「うむ、彼はもう選ばれた。あとは自分の道を進むだけだ」


 天界の月光に照らされながら、シンは静かに目を閉じた。

 ――異世界での彼の歩みを見守るのも、神としての仕事の一部だ。

 ラニアもそっと隣に座り、筆を置いた。

 「これで、十分に学べましたね……転生者としての幸せの感じ方も」

 シンは小さく肩をすくめる。

 「まあ……たまにはこういうのも悪くない」


 天界は穏やかに静まり、異世界での冒険者の一歩を祝福していた。

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