第32話→創造神と女神シン

白い光の中、俺は自分の体を見下ろした。

 ――黒髪の女性になっている。


 隣には見習い神ラニアが、緊張した表情でメモ帳を握りしめている。

 「えっと、今日は……転生の練習、というか……その、シン様の体験を、です!」

 「……ふむ、なるほど。お前のための“実地訓練”か」


 ラニアは、神としての力や転生の流れを理解するために、実際の転生者としての生活を疑似体験したいと言う。

 俺は少しだけ肩をすくめ、女性の体で付き合うことにした。


「じゃあ、まずは異世界に降りて、街を歩いてみるか」

 光に包まれると、街の雑踏、ギルドの扉、酒場の賑わいが一瞬で目の前に広がった。

 ラニアは目を輝かせて、後ろからついてくる。

 「本当に……転生すると、こういう世界が見えるんですね!」


 俺は静かに歩きながら、ギルドのカウンターへ向かう。

 新人冒険者たちが俺に目を奪われ、声を上げる。

 魔法の使い方、剣の構え、応急手当……どれも完璧にこなす。

 ラニアは目をまん丸にしてメモを取り、時折うなずく。


 ――そして、俺はすぐに飽きる。

 能力がすべて完璧すぎて、驚きの声も、依頼の解決も、体験としては刺激が足りないのだ。


「……ラニア、お前も疲れただろう。ちょっと休もうか」

 ラニアは慌てて首を振る。

 「い、いえ! シン様の能力や行動、すべて記録しないと!」


 その熱心さに、俺は苦笑した。

 「まあ、今日はこのくらいにしておけ。十分勉強になっただろ」

 ラニアは渋々うなずき、俺たちは街を離れる。



 村に戻ると、草の匂い、木漏れ日、子どもたちの笑い声。

 何より、平凡な日常の空気が心地よかった。

 ラニアは転生者としての観察ノートを開き、熱心に記録する。


「シン様……こうして、転生者の気持ちを体験すると……勉強になります」

 「そうだろう。俺も、たまにはこうして異世界の普通を感じるのも悪くない」


 夜、窓から月を見上げ、俺は思った。

 ――転生者としての生活は、神としての俺にとっては学習でもある。

 ラニアにとっても、現実を肌で感じることが何よりの教材なのだろう。


 小さくため息をつき、俺は再び目を閉じた。

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