第9話→転生者達のその後
「……レンジ様、魔王軍の本隊が動き出したとの情報が入りました!」
「ようやく来たか……」
巨大な作戦地図を前に、レンジは重々しく頷いた。すぐ背後では、あやねが腕を組み、目を細める。
「思ったよりも早かったわね。でも、こっちの準備も整ってる。迎え撃つにはちょうどいい」
「レンジくん、大丈夫? ちゃんと寝てる?」
心配そうに声をかけたのは、ゆかだった。彼女は癒し系の笑みを浮かべつつ、そっとレンジの肩を揉んでいる。
「まあまあ、ゆか。それより、みんなが無事に戻れるように戦うって決めたんでしょ?」
静香は落ち着いた声でそう言うと、テーブルの上に戦略書を並べた。
この4人――レンジ、あやね、ゆか、しずかは、異世界に勇者として転生し、それぞれの才能を開花させ、ここまで来た。数々の冒険と試練を乗り越え、いまや人類最後の砦となる国を守る中心となっていた。
「……でも、ここまで来られたのは、みんながいたからだよな」
レンジはぽつりと呟いた。
「なによ、いきなり改まって」
あやねが照れ隠しのように口をとがらせる。
「いや、ほんとに。俺がただ一人だったら、とっくに潰れてた」
「……そんなこと、あるわけないでしょ」
静香が言う。
「あなたはリーダーだった。ちゃんと、私たちの手を引いてくれた。……だから、ここまで来られたのよ」
「そ、そうだよ。レンジくんがいたから、わたし……笑って冒険できたんだもん」
ゆかも小さく笑いながら言葉を重ねる。
レンジは彼女たちの言葉を聞いて、力強く頷いた。
「……ありがとう。でも、最後の敵だ。魔王を倒して、全部終わらせる」
「その後は?」
ぽつりとあやねが聞いた。
「その後……?」
「魔王倒して、世界救って、万歳万歳って。それだけじゃないでしょ? わたし、まだアンタに言いたいことがあるのよ」
「え、何かした……?」
「したに決まってるじゃない! 気づいてないの? ずーっと一緒にいて、色んなとこ旅して……あたし、レンジのこと、好きよ。ずっと前から」
「えっ」
レンジの目がまん丸になる。隣で、結花がもじもじと手を握りしめていた。
「……わたしも、だよ。あのとき、洞窟で魔物に囲まれたとき、レンジくんが庇ってくれたでしょ。あのとき、好きになったの」
「……俺、モテてる……?」
しずかが静かに笑った。
「馬鹿みたいな顔して。私だって、気づいてた。……誰よりも先に、レンジの本気に惹かれてた」
「いやいや、待ってくれ、お、俺……」
「逃げたら殺すからね?」
あやねが目を細めて言う。
レンジは額から汗を垂らしながら、ゆっくりと両手を上げた。
「わ、わかった、わかったって! ちゃんと返事するから! でもまずは……魔王、倒そう。話はそれから」
「ふふ、それでいいのよ。うちら、全員一緒に生きて帰ってくるんだから」
⸻
そして――
魔王との決戦は、壮絶だった。
だが、彼らは勝った。
魔王城の崩れゆく玉座の前で、4人は肩を寄せ合って座り込んでいた。
「……終わった、な」
レンジがぽつりと呟く。
「ああ、ついに……」
しずかが目を閉じて、長く息を吐いた。ゆかは涙を浮かべながら笑う。
「よかった……誰も死ななくて……」
「当然よ。誰一人失うつもりなんてなかったんだから」
あやねがそう言って、レンジの隣にそっと腰を下ろす。
「なあ、俺……この先も、ずっとみんなと一緒にいたい」
「言ったでしょ。逃げないでよね」
「うん、俺も言いたかった。俺、お前たちのこと、大事にしたい。恋人として、パートナーとして……家族としても」
「……全部、ね」
しずかが微笑む。
「うん。選べないとか、そういう話じゃなくて、俺には……お前たちが全員、必要なんだ」
ゆかが涙をこぼしながら笑った。
「うん、知ってたよ、ずっと」
「じゃあ、決まりね。ハーレムルートってことで」
あやねの軽口に、4人はくすくすと笑い合った。
⸻
それから数年――
王都では今日も祝賀の鐘が鳴り響いている。魔王を倒した4人の英雄は、そのまま王に請われて王国の柱となり、国を豊かに導いていた。
レンジは統治に関わりながら、3人の伴侶――あやね、ゆか、しずかと共に穏やかな日々を過ごしていた。
「……ふふ、やっぱり騒がしい人ね、レンジは」
「うるさいって意味か?」
「違うわよ、賑やかって意味よ」
庭園のベンチであやねが笑いながら寄り添ってくる。
すぐそばでは、ゆかが小さな子どもをあやしながら手を振っていた。
「見て、レンジくん。ちゃんとお昼寝してくれたよ」
「お、さすが母ちゃん」
「えへへ、ありがと」
しずかは遠くからこちらを見守りながら書類に目を通している。彼女は今や王国一の参謀となり、政治の中枢を担っていた。
「……みんな、すげえな。俺なんかじゃもったいないくらいだ」
「そう思うなら、もっと誇りを持ちなさいよ。……うちらの“旦那様”なんだから」
あやねがさらりと言って、レンジの頬が真っ赤になる。
「……はぁ、幸せだな」
ぽつりと零したその言葉に、あやねが寄り添って囁いた。
「でしょ? これが、あたしたちの“エンディング”なんだから」
⸻
遠く、神々の領域では、観測窓を見つめる一人の神が静かに笑っていた。
「……見ろ、ラニア。ハーレムエンドだぞ」
「わあ……ほんとに、本当に全員が幸せそうですね……!」
ラニアは目を輝かせて窓を覗き込む。
「愛されて、愛して、王国を立て直して……こんな理想的な転生、なかなかありませんよね」
「まれにな。……だが、たまにはこういうのも悪くない」
シンはそう言って、わずかに口元を緩めた。
「羨ましいですか?」
「いいや。俺は見ているだけで十分だ」
「強がりですね、シン様」
「……うるさい」
微笑むラニアの横顔をちらりと見ながら、シンは再び視線を観測窓に戻す。
そこには、手を取り合って未来へ歩いていく4人の姿があった。
幸せで、穏やかで、騒がしくて、愛に満ちた、彼らだけの物語が。
――これは、神すら羨む幸福なハーレムの結末。
そして、始まりでもあった。
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