第8話→創造神と転生者達

「今回は、4人まとめてですか?」


書類の束を抱えながらラニアが駆け込んできた。慌てたせいでまた足を滑らせ、カウンターに勢いよく衝突する。


「いたたた……でも、間に合いました!」


「落ち着け、ラニア。神の動作にしてはドジが過ぎる」


シンは、観測窓の前で腕を組んだまま言った。机の上には、4枚の転生許可証が並べられている。いずれも、同じ事故で命を落とした高校生たちのものだ。


「事故……修学旅行中のバス転落ですね」


「そうだ。死んだ理由は不運だが、魂の質は悪くない。せっかく一緒に来たんだ。4人まとめて、同じ世界に送ってやるのも悪くない」


「異世界パーティ転生……たまにありますよね。珍しくはないですけど、楽しい人生を送れるかどうかは別問題、ですね」


「それを決めるのは、あくまで彼らだ。……さあ、呼ぶぞ」


 



 


「え、ここどこ?」


「……え、死んだ? ウソでしょ?」


真っ白な空間。4人の高校生がぽつんと立っている。制服姿のまま、混乱しながらも周囲を見渡す。


「ひとまず落ち着け。死んだことは事実だが、それは終わりではない」


淡々としたシンの声に、4人の意識が集中する。


「俺は創造神。名はシン。この空間でお前たちに”次の道”を与える役目を担っている」


「そ、創造神……?」


「……ということは、転生?」


ラニアが補足するように前へ出て、小さく頭を下げた。


「皆様、お気の毒ではありますが、次の人生を選ぶチャンスですわ――いえ、です! 異世界転生というやつです!」


「異世界!? マジで!?」


最初に声を上げたのは、派手な髪の男子高校生――風間レンジ。見るからにノリの良いタイプだ。


「じゃあさ、俺たち、パーティ組めばいいんじゃね? ゲームみたいにさ! 俺がリーダーで!」


「えー、リーダー? 何でアンタが」


口を尖らせたのは女子の一人、彩音(あやね)。気が強そうな印象だが、頭の回転は速いようで、すぐに状況を受け入れていた。


「まぁでも、死んじゃったのは事実だし……選べるなら、ちゃんとした人生がいいよね」


「わたしも、ちょっと楽しみかも」


控えめに笑ったのは、ふわりとした印象の女子――結花(ゆか)。おっとりしているが、周囲の空気をよく読んでいる。


残る一人の女子、静香(しずか)は口を閉ざしたままじっと考えていたが、やがて目を上げて言った。


「次の人生……幸せに生きたい。それだけ、かな」


「その意思があれば十分だ。こちらで準備する世界では、お前たちは“勇者としての素質”を持って生まれる」


「やった! ステータスあり? 魔法も!?」


レンジが食い気味に聞くと、ラニアが小さく頷いた。


「はい。それぞれ、バランスの取れた才能を。性別もそのまま。記憶は調整して少しずつ戻るようにします」


「異世界ハーレム……来たな、俺の時代……!」


「くだらん妄想は程々にしておけ」


シンの冷たいツッコミに、レンジは「あ、はい……」と肩をすくめる。


「とはいえ」


シンは言葉を続けた。


「お前たちがどんな人生を歩むかは、お前たち次第だ。与えられるのは始まりだけ。終わりは自分で決めることだ」


「――はい!」


4人の顔に、恐怖と希望が交差する。そのどちらも真剣だ。シンはうっすらと笑う。


「よし、では行くぞ。新たな世界で、新たな命を」


 



 


「……送り出しましたね」


観測窓に4人の新しい人生が映る。転生先では、それぞれが貴族の子や騎士団の跡取りなどとして生を受けていた。


「案外、うまくいきそうだな。仲が良かったこともあって、信頼関係がそのまま活きている。特に、リーダー格の風間レンジ。あいつ、下手すりゃ王様になるだろうな」


「レンジ様、けっこう強運ですしね。でも結花様の回復魔法もすごいですし、静香様の戦略も、彩音様の指揮力も……」


「総合力が高い。ハーレム展開もあるかもしれんが、誰も嫌な顔をしていない。それはそれで、いい関係ってことだろう」


シンは肩をすくめた。


「時々、あるんだよ。何の不幸もなく、何の苦悩もなく、それでも仲間と共に成長して、魔王を倒して、幸せになっていく。……何も問題ない人生が」


「いいですよね。こういうの。観察する私たちも癒されるといいますか」


「だが、こういう話のあとに必ずお前は言うだろう?」


「え? 何を、ですか……?」


「“羨ましいですか?”と」


ラニアは、少し拗ねたような声で言った。


「だって、羨ましくないですか? 冒険して、仲間がいて、魔王倒して、恋して、ハッピーエンドで」


「羨ましくないな」


シンは、あっさりと否定した。


「俺の人生に、そんなものは必要ない。見ているだけで充分だ。――それが、創造神の生き方さ」


「うう……冷たいです」


「まあ、お前はもう少し修行しろ。まだ見習いだろう。まずは、報告書の整理からだ」


「えーっ!」


 


そんな何気ないやりとりの後ろで、観測窓の中の英雄たちは、静かに栄光の道を歩んでいく。


魔王を倒し、王に迎えられ、誰もが祝福される人生。


創造神シンは、それを黙って見つめていた。


 


――たまには、こういう物語も悪くない。

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