第8話→創造神と転生者達
「今回は、4人まとめてですか?」
書類の束を抱えながらラニアが駆け込んできた。慌てたせいでまた足を滑らせ、カウンターに勢いよく衝突する。
「いたたた……でも、間に合いました!」
「落ち着け、ラニア。神の動作にしてはドジが過ぎる」
シンは、観測窓の前で腕を組んだまま言った。机の上には、4枚の転生許可証が並べられている。いずれも、同じ事故で命を落とした高校生たちのものだ。
「事故……修学旅行中のバス転落ですね」
「そうだ。死んだ理由は不運だが、魂の質は悪くない。せっかく一緒に来たんだ。4人まとめて、同じ世界に送ってやるのも悪くない」
「異世界パーティ転生……たまにありますよね。珍しくはないですけど、楽しい人生を送れるかどうかは別問題、ですね」
「それを決めるのは、あくまで彼らだ。……さあ、呼ぶぞ」
◆
「え、ここどこ?」
「……え、死んだ? ウソでしょ?」
真っ白な空間。4人の高校生がぽつんと立っている。制服姿のまま、混乱しながらも周囲を見渡す。
「ひとまず落ち着け。死んだことは事実だが、それは終わりではない」
淡々としたシンの声に、4人の意識が集中する。
「俺は創造神。名はシン。この空間でお前たちに”次の道”を与える役目を担っている」
「そ、創造神……?」
「……ということは、転生?」
ラニアが補足するように前へ出て、小さく頭を下げた。
「皆様、お気の毒ではありますが、次の人生を選ぶチャンスですわ――いえ、です! 異世界転生というやつです!」
「異世界!? マジで!?」
最初に声を上げたのは、派手な髪の男子高校生――風間レンジ。見るからにノリの良いタイプだ。
「じゃあさ、俺たち、パーティ組めばいいんじゃね? ゲームみたいにさ! 俺がリーダーで!」
「えー、リーダー? 何でアンタが」
口を尖らせたのは女子の一人、彩音(あやね)。気が強そうな印象だが、頭の回転は速いようで、すぐに状況を受け入れていた。
「まぁでも、死んじゃったのは事実だし……選べるなら、ちゃんとした人生がいいよね」
「わたしも、ちょっと楽しみかも」
控えめに笑ったのは、ふわりとした印象の女子――結花(ゆか)。おっとりしているが、周囲の空気をよく読んでいる。
残る一人の女子、静香(しずか)は口を閉ざしたままじっと考えていたが、やがて目を上げて言った。
「次の人生……幸せに生きたい。それだけ、かな」
「その意思があれば十分だ。こちらで準備する世界では、お前たちは“勇者としての素質”を持って生まれる」
「やった! ステータスあり? 魔法も!?」
レンジが食い気味に聞くと、ラニアが小さく頷いた。
「はい。それぞれ、バランスの取れた才能を。性別もそのまま。記憶は調整して少しずつ戻るようにします」
「異世界ハーレム……来たな、俺の時代……!」
「くだらん妄想は程々にしておけ」
シンの冷たいツッコミに、レンジは「あ、はい……」と肩をすくめる。
「とはいえ」
シンは言葉を続けた。
「お前たちがどんな人生を歩むかは、お前たち次第だ。与えられるのは始まりだけ。終わりは自分で決めることだ」
「――はい!」
4人の顔に、恐怖と希望が交差する。そのどちらも真剣だ。シンはうっすらと笑う。
「よし、では行くぞ。新たな世界で、新たな命を」
◆
「……送り出しましたね」
観測窓に4人の新しい人生が映る。転生先では、それぞれが貴族の子や騎士団の跡取りなどとして生を受けていた。
「案外、うまくいきそうだな。仲が良かったこともあって、信頼関係がそのまま活きている。特に、リーダー格の風間レンジ。あいつ、下手すりゃ王様になるだろうな」
「レンジ様、けっこう強運ですしね。でも結花様の回復魔法もすごいですし、静香様の戦略も、彩音様の指揮力も……」
「総合力が高い。ハーレム展開もあるかもしれんが、誰も嫌な顔をしていない。それはそれで、いい関係ってことだろう」
シンは肩をすくめた。
「時々、あるんだよ。何の不幸もなく、何の苦悩もなく、それでも仲間と共に成長して、魔王を倒して、幸せになっていく。……何も問題ない人生が」
「いいですよね。こういうの。観察する私たちも癒されるといいますか」
「だが、こういう話のあとに必ずお前は言うだろう?」
「え? 何を、ですか……?」
「“羨ましいですか?”と」
ラニアは、少し拗ねたような声で言った。
「だって、羨ましくないですか? 冒険して、仲間がいて、魔王倒して、恋して、ハッピーエンドで」
「羨ましくないな」
シンは、あっさりと否定した。
「俺の人生に、そんなものは必要ない。見ているだけで充分だ。――それが、創造神の生き方さ」
「うう……冷たいです」
「まあ、お前はもう少し修行しろ。まだ見習いだろう。まずは、報告書の整理からだ」
「えーっ!」
そんな何気ないやりとりの後ろで、観測窓の中の英雄たちは、静かに栄光の道を歩んでいく。
魔王を倒し、王に迎えられ、誰もが祝福される人生。
創造神シンは、それを黙って見つめていた。
――たまには、こういう物語も悪くない。
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