最期の言葉
本気で求めたのに
手に入れたいと執着したのに
離れがたいと自答したのに
何故だ?こぼれ落ちる……!
どれだけ強くなろうと無意味だったのか
鬼界の頂点に立ち、揺るがぬ力を手に入れようと
たったひとりの女さえ、助けることはできないのか?
「死ぬのか……!」
「‥‥‥ぇぇ、もう‥わたしは」
名を捨てた過去──八百年前の別れが、巫女の消えゆく命と重なる。
彼女を繋ぎ止める手立てがない。
ふたりの先には、避けられぬ別れが迫っていた。
別れとは、これほど辛く怖いものなのかと…鬼は思い知る。同時に、かつての巫女の言葉が脳裏をよぎった。
『 人の世は、鬼界と異なり、常に移り変わり…そして巡っています。朝と夜、春と冬、生と死…… 』
『 だからこそ人は、それら一瞬を切り取り、慈しみ、心を動かすことができるのです 』
……人間は、巡るのか
この苦しみを
怒りを、恐怖を、後悔を……置き去りにして
俺を置き去りにして……お前は巡るというのか
....許さぬ
「お前の、名を…──っ」
「……?」
「名を、教えろ」
訪れた沈黙の最中、鬼が耳元で囁く
声は低く、切実だ
「いつか、必ずお前の魂を見付け、捕らえてやる。
必ずだ。その為には名が必要だ……!」
ぼんやりと霞む頭で…彼の言葉を聞きとった巫女は
彼にしか聞こえない小さな声で、聞き返した
「逃がして は‥‥もらえないのです か?」
「逃がすものか……決して、許さぬ」
「……そ ぅ」
そして鬼からは見えぬところで、巫女は最期に微笑む
(わたしの、名前…………)
....
「わたし の、‥‥‥なまぇ‥‥は‥‥‥───」
「………」
「───‥‥‥」
声が途切れる。
脱力した頭が首をそらし、巫女の身体が動かなくなる。
鬼の腕からこぼれた彼女の手が地面に落ち、ぺたんと弱々しい音を立てる。
「‥‥‥‥‥」
鬼は彼女を抱きしめたまま、動かなかった。
いくら呼びかけようと返事はない。そうとわかっているから、沈黙が破られることは無い──。
はるか遠くから聞こえる玉藻のすすり泣きだけが……この静寂をわずかに揺らしていた。
──…
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