注がれる淫らな妖気 *


 巫女を抱えた鬼が屋敷に戻ると、バタンとひとりでに戸が閉まる。


 光のない暗闇を進み目的の部屋に到着すると、またひとりでに四方のロウソクに火が灯った。


「はぁっ‥‥」


 鬼は床に巫女を横たえさせ、覆い被さる。


 苦しそうに呼吸する彼女を嘲笑いながら巫女服の衿を掴んだ。


 当然慌てた彼女だったが、身体が妙に重たく、動きが鈍くなっていた。熱に浮かされたときのような倦怠感だ。


(うまく、動けない、どうして……!?)


「……俺の妖気を注いだからな」


「‥‥??」


「普通であれば死ぬ。だがお前のような霊力の強い人間は…より強い妖気を注がれた時、酒に酔ったように身体が熱を帯びるらしい」


「そん、な」


 そこへ鬼は口を寄せる。おぞましい感覚に彼女は小さく悲鳴をあげた。


 その悲鳴に混ざるどこか甘い響きを感じとり、鬼は鼻で笑う。


 ゾワゾワと込み上げる異変に彼女が怯えていると、反応を確かめるように鬼は舌を動かした。


「…なッ‥なにをしているのですか…!?‥‥やめて、そんな…!」


「……ん?なんだその反応は……お前……生娘か」


「‥当然‥です…!わたしは、神に遣える…身…‥」


「……ふん、なるほどな」


 意外そうに顔をあげた鬼は、巫女に顔を近付けた。


「ひ‥ッ」


 また口付けされると警戒した彼女が唇を引き結び横を向くと、その所作にさえ笑みを零す。


「お前ほどの美しい女が……その様なくだらぬ理由で貞操を守っているなどとは、嘆かわしいな」


「‥っ//…?」


 大きな瞳を困惑させて、巫女は男を仰ぎみた。


 美しい──


 その言葉はこれまで、彼女の清廉さを称えて人々が口にしてきた言葉だ。こんなふうに男女の劣情をふくませて言われたことなどない。


「ど……どういうつもりですか……!?」


「ふっ、何を戸惑う?」


 さも可笑しそうに語りかける鬼の瞳が、熱を帯びる。


「安心しろ……今宵から、お前の支配者は神でなく俺だ。この美しく可憐な姿も、強大な霊力も、すべて俺だけのものになる」


「‥‥!」


 彼女の目から涙が溢れる。


 さっき…口付けの時 " 妖気を注いだ " と鬼は言った。そして今も注がれているのだろう。耳から…頭の奥の…脳に直接、送り込まれている。


「ふぅ‥っ‥んん‥‥ぅぅん‥‥!」


「……クク」


 呼吸が乱れ、嫌な感覚に追い立てられる。怖い…恐ろしい。意志を強くもとうと引き結んだ唇には、血が滲んでいた。


「‥んんん‥‥ッ‥//」


「………?」


(この女……気が狂うほどの妖気を与えているというのに、まだ堕ちず、正気を保つとは)


 長い時が過ぎ、鬼が舌をおさめると、やっと終わった責め苦に耐えた巫女は、くたりと脱力して身体を震わせていた。


「……」


 上気した肌は桃色に色付き、しっとりと汗ばんだ手触りが、組み伏せる男を煽る。


 喰らいつきたい。そう思う人間に会ったのは初めてだった。鬼は長い爪で彼女の肌をなぞり、緋袴を引き裂く。



「………ハァ」



 そして溜め息をついたのは鬼のほうだった。


 甘い香りを焚きあげ…男を惹きつける身体を、鬼は再び貪った。



 羞恥と快楽で、真っ白になる頭で必死に抵抗し、悶える乙女。彼女を追い詰めようと鬼は女の悦楽を教え込む。性に未熟な彼女には拷問に近い快楽だった。


「もぅ‥‥どう か‥‥‥許し、て‥‥!」


 うわ言のように口ずさむ。


 未知の快楽に怯え…すすり泣くその姿は、まるで幼子のようである。


 気力も体力も尽きかけ…いっそ殺して…という言葉も口から漏れる。


 少しでも情のある人間であるならば、こんな彼女の惨めな姿に、痛める心もあるだろう。


「──…」


 ……しかし、この男に " 情 " はない。いやそれどころか、人間ですらないのだから。


「──…元来、鬼は人を喰わない。そもそも俺たちは生きる為に食事を必要としていない」


 慈悲の欠片も無い鬼は、内なる昂りが示すまま…自らの下衣を弛めていく。


「だが……そんな俺たちにも馳走(チソウ)がある。

 女──お前のように強い霊力を宿す人間だ」


「‥‥ッ‥」


「お前と深く繋がる事で……俺はさらなる力を得る……!」


 小さな悲鳴をあげて逃げようとする巫女を、男の手が阻む。


「俺と繋がれ。お前が俺の糧(カテ)となるならば……気をやるほどの喜悦を与え、永遠(トワ)に可愛がってやろうぞ」


 耳を疑うような言葉を甘やかな低音で囁き、そして彼女を抱き潰した。






 ───



 その後、彼女の中に欲を吐き出した鬼が、ぐったりと後ろに倒れた彼女の身体を引き戻す。


 震えが止まらないそれを強く抱き、鬼は唸るように息を吐いた。



(俺の妖気を直に注いだ……。これで……この女も……正気を失うな)



 自身の性急さを自嘲して、苦く笑う口許。


 彼女に突き入れている灼熱も…萎えることを知らぬらしい。


 熱い息を吐き出す鬼は、改めて女に口付けようと…彼女の顔を覗いた。



「──…!」



 そして瞠目(ドウモク)する。



 妖気をたっぷりと注がれて自らの手に堕ちたハズの女は、泣き腫らし欲情した瞳で──それでも此方を睨んでいたのだ。




「わ‥‥わたし、は‥‥」



「………っ」



「‥‥‥決して、負けま せん‥‥‥!

 ‥‥必ずっ//‥‥あな たを‥‥//‥‥祓い、ます」



「……ク、ククク」



 途端、鬼の胸にさらなる歓喜が渦巻き

 黄金の瞳が爛々と光を放った。



「お前とはまだまだ愉しめそうだ……!」



 鬼は巫女を床の上へ組み敷き、いじらしく震える白肌へ興奮して喰らい付いた。








 ──




 「人の世」と「鬼の世」が交錯する此の地では


 無限に流るる時間の中──人は老いる事も、死ぬ事もできない。


 そんな場所で鬼に執着された憐れな乙女は、羞恥と快楽で織られた甘美な檻で、永遠に囚われる運命(サダメ)となった。










 ──…









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