第19話 逃避行の飴細工

逃避行の飴細工

 夢でまた流麗月晶と出会う。前会った時よりも顔色が悪くなっていて、所々がドロドロに溶けてゾンビみたいだ。


「お前が、」


「ああ、俺が殺した」


 俺は夢の中で流麗月晶に言うと、流麗月晶は俺が返したことに驚いたような顔をする。


「俺が、アンタを殺したんだ。飴を助けるために、明確な殺意を持って」


 正当防衛とは、自分の身を守るためにする行為の事であり相手を傷つける意思でするものは正当防衛ではない。俺は飴を守りたかった。それだけなら正当防衛となりうるだろう。しかし、俺は明確な敵意を、殺意を持って、殺したのだ。


「どんなに血塗れでも、飴は俺の手を取ってくれる」


「行き着く先は地獄だぞ」


「今更」


 俺はヘラリと笑うと、それを合図にどんどん血濡れになって血の雨を被ったみたいに全身がドロドロになる。あの時みたいに。


「さようなら、流麗月晶」


 俺がそう言うと、流麗月晶は思いっきり顔を顰めて納得できないという顔をしながらサラサラと屑になって消えていく。


 そこでパッと目が覚める。


 時刻を見ると夕方の6時。

 隣を見ると飴はいなくて、体の体温が一気に下がる。俺は急に痛く鼓動する心臓を手で押さえて階段を転がり落ちるように降りると、飴がキッチンで料理を作っていた。


「飴!!」


「きゃあ!伊聡!火ぃ使ってるんだから驚かさないで!」


 俺は大股で飴に近づいてそのまま思い切り抱きしめる。飴は急なことに驚いたのか、全く動かない。


「伊聡?」


「勝手に俺から離れるな…」


「束縛彼氏ー」


「そうだな…」


 飴はカラカラと笑い、そのまま料理に戻る。何やらカレーを作っているらしく、玉ねぎが目に染みて痛い痛いと泣いていた。飴が作ったカレーは美味しくて、多く食べない飴の代わりに俺がほぼ全てを食べた。


「ねぇ、いつまでここで暮らそうか?」


 お風呂も入り終わってベッドに腰掛けた時、飴が問いかける。


「私のお父さん、遅刻はあるしバックレも多いけど、それなりに仕事は貰ってるからさ。行かない日が続くと流石に不審がられると思うんだよね」


「そうだな………」


 俺も今日はここに泊まるつもりだが、そうすると丸2日家に帰っていない計算になり、流石に父も俺を探し始めるだろう。いや、息子じゃないし探さないか?でも俺が飴のところに行こうとした時はかなり引き留められたし多分探すだろうな。俺の身の安全の心配ではなく、自分の地位の安全と安心のために。


「ここ、バレちゃうかな」


「タクシーも使ってるし、父さんが学校側に連絡入れたら絶対飴のこと話すと思うしな」


「何処行こうか?リビングの血なんとかする?」


「…………どうせバレるんだ。そのままでいい」


「そっか」


 飴は薄く笑うと俺に馬乗りになる。不規則に長い髪が乱れ、飴を人ならざるものの美しさと仕立て上げる。


「ねぇ、もうここもバレちゃうんでしょ?だったら、いまシないと勿体無いよ」


 飴は自分から俺にキスをする。俺もそれに応じると、飴は昨日よりもグイグイとくる。


「っはあ、はぁ…。ねぇ伊聡、今日は私が上だよ」


「いいよ。ほら、頑張って」


 俺らはまた交わる。昨日よりも深く濃密に。

 結局、飴は上にはいたものの全然動けなくてすぐに白旗を上げた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 7月24日


「伊聡のばかぁ」

 

 朝、飴の文句から覚める。


「ばかぁ、ばかぁ!なんであんなに動けるの!?」

 

「だって飴体育休んでるから俺より体力全然無いじゃん」


 そうなのだ。そもそもの話、飴は全然体力が無い。俺も体力は無い方なのだが、それ以上に全然無い。それに加えて少し触るだけでキャンキャン鳴くもんだから体力が持つはずないのだ。


「ふぅううう!」


 飴は威嚇をしてくるが、喉が枯れているせいですぐにゴホゴホと咳き込む。俺はその光景を目の端に話をする。


「なぁ飴、荷造りしよう」


「どっか出かけるの?」

 

「いつかの日に備えてだ」


「分かった。伊聡、今お金何円ある?」


「全然無い。家に帰ればあるけど」


「いいよ、私が全部出すもん」


 飴は服も着ないままベッドから飛び降りて、パタパタと一階に降りる。俺は服を着てから飴の後をついていく。飴は奥の方に行くと、裸のまま何かをガチャガチャと弄って俺の方に振り向く。


「ほら、お金」


「うわっ、」


 そこにはフィクションでしか見ないような大量の紙幣が積まれていた。一体いくらあるんだ。


「これ全部持ってって、それで銀行に預けてるのもあるからそこから必要な時はおろそう」


 飴はいくつかの札束を乱暴に持って2階に上がる。その時に札束をボトボト落とすものだから俺は顔を顰め、それを拾いながら後をついて行った。


 飴はもう大きめの荷物に札束を詰め込んでいた。あの札束だけでこのバッグは埋まってしまいそうだ。

 俺も荷造りをしようと一階に降り、また流麗月晶の私物を拝借する。いや、返す気はないから貰うか。適当にバッグを借りてその中に俺の私物を乱暴に詰め込んでいく。服とか靴とか、家の中にあった便利そうなの全部。


 俺が終わったと同時に家の電話が鳴る。飴は途中だし俺が確認すると、そこには俺の家の電話番号が表示されていた。


「っ、」


 俺は無意識に数歩下がって飴の方にバタバタと向かう。


「飴!!これから電話は一切出るな!」


「え、元々出ないけど…何で?」


「………ここが、バレてる。さっきの電話、俺の家から」


「ここ、誰にも言ってないよ、言ったのは君だけ。君がここをお父さんに言うわけないし、どこからバレたんだろう。毎回そう、何かしらで突き止めてくるんだよね」


「とりあえずもう警察とかがここにくると思う。今日準備できたらすぐ出発だ」


「分かった。じゃあ伊聡、このバッグに金庫のお金全部詰めてきて」


「任せろ」


 俺はバッグを受け取って札束を詰めていく。本当に札束だけでバッグが埋まってしまい、俺はそれを持ちながら玄関で待つ。数分後、飴がパタパタと降りてきて俺たちは一緒に外に出る。


「何処行くの?」


「何処が良い?」


「東京行く?私前あそこに住んでたもん」


「じゃあそこで」


 少しありきたりすぎてすぐに場所を割られてしまうだろうか。しかし、俺たちには金がある。行こうと思えば何処にだって行けるのだ。


「さあ、出発だ」



 ここから、俺と飴の短い逃避行が始まった。



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