第18話 日常の飴細工

日常の飴細工

 7月23日。

 朝パチリと目が覚める。あんなに雨が降っていた昨日とは違く、今日は日光が嫌なほど地上に降り注いでいる。

 俺はまだ眠たい頭を動かして隣を見ると、そこには裸の飴。昨日、俺たちは本当にヤッたのだと、そう言ってくる。


「んん……」


「飴」


「……ん?ああ、伊聡」


 飴はすっかり呼び捨てに慣れた様子でググッと身体を動かそうとするが、そのままベタンとベッドに埋もれる。


「痛い…筋肉痛だ…」


「俺も痛い、腕が」


「私は全身だよ…うぅ、喉も痛い…」


 少し掠れた声で恨めしそうにこちらを見て話す飴は少し頬を桜色に染めている。


「だってずっと喘いでたらそりゃ喉痛くなるだろ」


「やー!言わないで!」


 飴は俺に枕をぶつけるが、ふかふかのやつだから何にも痛くない。飴は毛布で顔下半分を隠しながら話す。


「………は、初めて、だよね?伊聡」


「ああ、だから慣れないところも沢山あっただろ」


「いや…け、結構、慣れてなかった?」


「そうか?」


「うん。わ、私、伊聡をね、高みの見物をしようかと思ってたのに、なんかずっと気持ちよくて…」


「…………あまり煽るなよ」


「え!?もう無理!優しく!ま、また後で、ね…?」


 飴はオロオロとして指でバッテンマークを作りながらも「また」と言って上目遣いで見つめてくる。

 ああそれ無意識なのか。俺は駆け上がってくる衝動を何とか抑えてベッドから出る。


「服着て!お父さんの部屋は一階にあるから!すぐに分かるから!」


「…ああ」


 そんなすぐに分かるものかと思って下を降りたが、ほんとにすぐに分かった。何と言うか、その部屋だけ明らかに雰囲気?が違うのだ。ザ、流麗月 晶という感じがする部屋だ。俺はそこに入ってクローゼットから適当に服を取ってそれを着る。


「ほら、分かったでしょ?」


 振り向くと白のワンピースを着た飴がいた。飴は動くたびに痛そうな顔をする。


「いったぁ…、伊聡、君のせいだよ」


「そうだな」


 思っていない謝罪を口にして、俺はリビングに戻ると、飴も同じ速度でついてくる。


「お前痛いんじゃないのかよ」


「痛みには慣れてるから」


 ケロッとした顔で言うが、それはあまりにも哀しく痛い過去のことを体現しているものだ。


 俺はそのままリビングに行き、俺は床に残っている血を見下ろす。なるべく拭き取ったはいいが、やはり少しシミが残ってしまったし臭いもある。1日ここに居て鼻がやられてしまったのか、昨日よりも全然キツく感じないがそれなりに防臭剤とか置いたほうがいいだろう。


「防臭剤とか色々買いに行くか」


「やったー!デートだー!」


 飴は体が痛いから留守番すると思っていたが、本人は行く気満々だ。


「待ってて!服もっと可愛いのに着替えてくるから!」


 そう言うと、また2階に戻って行ってしまう。俺の荷物もあるから俺も2階に上がって飴部屋を開けると、飴は下着姿だった。


「えっち!!」


「ん」


 俺は自分の荷物を取ってすぐに外に出て行く。下着姿どころか裸も見た仲なのに、どうにも調子がおかしい。飴の姿を見ると何故か身体がゾクゾクとするのだ。多分、色々あって興奮してるのだろう。そう冷静に判断していかないとやっていけそうに無い。


「伊聡!どう!?」


 ドアを開けて出てきた飴はこんなに暑いのに薄めの長袖を着ている。襟が立っている黒のワンピースで、細いウエストを金色の金具が付いた黒のベルトでより強調している。スカートはフワフワと膨らんでいて、上に薄く透けている素材の布が被さっており、黒の海月のようなシルエットだ。


「伊聡の服が黒だから私も黒にした!お揃い!」


 図らずとも喪服に近い服を選んでしまったようだ。とても縁起が悪いがもうそんな次元の話じゃないから開き直る。そもそも、人を殺して殺されて、その後に張本人たちがデートだ何だで呑気に騒いでいるなんて正気の沙汰ではない。


 俺は勝手に流麗月晶の帽子を拝借し、飴も帽子を被る。俺はテレビに映ったことがあるわけだから目立つし飴は言わずもがな、その不揃いな髪と妖美な美貌で人の目を引くのだ。


「デート、デート」


「近くのデパートってあるか?なるべく大きなところで。色んなもの買いたい」


「あるよ、私の家が行きつけの場所」


 何だか嫌な予感がするが今は飴に任せるしかない。俺は財布片手に外に出た。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 タクシーに運ばれたところは普通の有名デパートだった。飴のことだからとても高級なところに連れて行かれると思っだが、庶民的な場所で安心した。


「ねぇ、何買うの?」


「消臭剤と防臭剤が絶対と、後俺の服と靴。後は飴が好きなの」


 今の俺の靴も流麗月晶の物であり、サイズが合っていない。土足で上がって殺したため靴にも血がついて落とせなかったのだ。結局、靴もあそこに埋めた。とりあえず消臭剤と防臭剤を沢山買って、その後に必要なものを買えばいい。


「分かった!」


 とりあえず日用品売り場に行き、カゴに消臭剤と防臭剤を入れていく。飴はその後に何個か食材を入れた後、色々なお菓子をドンドン入れていた。


「こんなに食えきれないだろ」


「君と一緒に食べるんだよ。ほら、私が好きな海外のお菓子」


「うわ、変な色、」


「人工甘味料の味が凄くて美味しいよ」


「俺が好きなやつだ」


「似た物同士だね、私たち」


 沢山の消臭剤と防臭剤に沢山のお菓子。とてもミスマッチな買い物に痛い視線を浴びながら俺たちは会計をする。このカゴのものは飴が全て払ってくれて、高校生が払う金額ではない大きな金額をスマートに終わらせていた。


「視線が痛いなぁ」


「目立つからな」


 俺たちはその視線を無視して買い物を進める。俺の服と靴は適当に買い、飴に必要な物を聞くがもう何もないと言う。


「…お前、エナジードリンク飲んだことないのに海外のお菓子は食ったことあったんだな」


「お父さんが貰ってきて、お父さんがその辺に捨てた物を食べてたんだ。家ではそういうのが私の食べ物だったからね、無駄に出来ない」


 そこから導き出されるのは、飴はろくな物を食べていないということだ。多分、料理と言える物を食べていないのだろう。学校でも菓子パンだったし。


「コンビニで弁当でも買えば良いのに」


「あんなに食べれないもん」


 かなり少食だ。いや、そもそもの話多く食べたことがないんじゃないか?少しの量でも満足できるように体が慣れた結果、逆に多く食べれなくなったとか、その可能性もある。俺が勝手に思考を回していると、飴が俺の手を取る。


「ねぇ伊聡、荷物私が片方持つよ」


「いや、重いし無理しなくて良い」


「違う!ねぇ、服と靴なら私でも持てるから!」


 飴は俺から袋を奪い取る。何故そんなに持ちたがるのだろうかと思ったが、その疑問はすぐに解答と結びつく。

 飴は空いた俺の手を握って恋人繋ぎをする。


「飴、」


「…………伊聡のバカ」


「………ごめん」


 手を繋ぎたかったのか。それなら素直に言ってくれれば良いのに、変なところで恥ずかしがり屋だ。


「恋人」


 飴が呟く。


「私に出来るなんて思いもしなかった」


「俺も」


 俺は日用品を、飴は服と靴を持って手を繋ぎながらデパートを後にした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 家に帰り、俺が消臭剤と防臭剤を血溜まりの周りに置いていると、飴はキッチンで料理を作ると言い出した。初めて料理というものを作るのにやけに自信満々で炒飯を作ると言うから任せてみたが、それが失敗だった。


「わああ!」


 飴の叫び声が聞こえて振り向くと、プロの料理人がするようなフランベ状態になっている飴がいて、俺は急いでそこに向かい火を止める。が、その場に焦げた匂いが充満し、もう手遅れだと悟る。


「焦げた…」


「そうだな。でもほら、まだ食えるぞ」


 かなり焦げてしまった炒飯を側に置いてあった器によそう。飴はずっと顰めっ面をしていてあまり気に入ってない様子だ。


「ん、んまい」


 俺が一口食べてみるが普通に美味い。焦げている味はするがそれだけで、普通に炒飯だ。飴も一口食べ、想像よりも酷い事態になっていないことが分かったのか、急に元気を取り戻す。


「ふふん、どうですか!?飴特製焦げ炒飯!」


「開き直ったか」


 俺らはリビングにお皿を持っていくことをせずにキッチンで立って食べる。こんな品の無いこと初めてだが、だからこそ誰にも縛られずただ自分が好きに行動できる。それが俺にとっては初めてで凄く楽しかった。





 


「夢みたいだ」


 ご飯を食べ終わり、寝たくなった頭で飴に話しかける。俺と飴はご飯を食べたら眠くなってしまい、今俺は飴の部屋のベッドに寝転んでいる。


「人殺して、感謝されて、普通に買い物行って、普通にご飯食べて、こうして昼寝するなんて」


「私たちが望んだ普通が今ここにあるんだよ」


 飴も隣に寝転び答える。


「ずっと続けば良いなぁ」


「ああ、そうじゃなくても、もう死んで良いな…」


 俺が不意に呟くと、飴はくるりと回って俺の方に顔を向ける。


「伊聡が死ぬなら私も死ぬ。一緒に死ぬんだ。2人で抱き合って死んで、2人ともドロドロに溶けて本当に一つになって、ずうっと一緒。離さないし、離れられないの」


「いいな、それ」


 俺と飴は笑いながらその後の話をする。生まれ変わったら何になるとか、何したいとか。大罪を犯した俺に生まれ変わりなんかできやしないけど、それでも良かった。今飴がいてくれるなら、もうそれで良いのだ。



 そんな普通の日常の中、俺はゆっくり目を閉じて意識を手放した。



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