第3話 不機嫌な飴細工

 「っ、」


俺は家の近くで立ち止まる。ああ、またか。


 また懲りずにここに来るのか。


俺は早足で裏口に回るが、そこにもアイツ等は居た。


「御石議員の息子さんですよね!?今回の選挙は…」


「お父様はどのようにおっしゃっていましたか!?」


「今回の選挙、息子としてはどのようにお考えで!?」


 ああ、五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い。俺は報道陣をひと睨みしてからバンとすぐにドアを閉めるが、それでも諦めずに質問をこちらに投げかけカメラの音がパシャパシャと五月蝿く何回も重なり合う。カメラのフラッシュが目に痛くて俺はすぐに2階に上がろうとするが、前から声をかけられる。


「伊聡」


 ああ、嫌な声だ。この報道陣の元凶。俺が普通に、平穏に過ごせない、元凶だ。


「外、沢山報道陣が居たよ」


「そんなの分かっている」


「出て話せば良いのに」


「そんな事してる暇なんて無い。ああ、こんな忙しい時期なのに人の迷惑を何も考えない馬鹿共が」


その言葉、そっくりそのまま返してやりたい。そんな事しないし、出来ないけど。俺は横を通り過ぎて階段に足をかけたとき、また話しかけられる。


「確か、テストは今月の16だったよな」


「……………」


「良い報告を待っている」


 父は薄く笑うとそのまま自室に戻ってしまった。



 ああ良かった。今回は、殴られなかった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 次の日、体育があった。止まることを知らない地球温暖化のせいで最近は暑くなるのも早く、みんなジャージなんて着なかった。


 ただ、1人を除いては。


 隣のソイツはインナーの上にジャージを着るという完璧な防御に入っていた。

 珍しいな。いや、有名人の娘なのだ、美容にも気を遣っているのだろう。そんな考えをして、俺は後悔する。


 こんな考え、みんなと同じじゃないか。


 俺は、その考えが大嫌いなのに。


     

 

    「誰かの息子/娘だから」




 だから何なのだ。だからって、子が親と同じな訳無いだろ。



 

   子供だって、1人の人間なのに。




 俺は勝手にムシャクシャして早足で外に出る。外は日差しが強くてじっとりと汗をかくような暑さだ。これじゃジャージは暑いだろ。そう思ったが、ソイツはジャージを脱ぐことも、腕も捲ることもしないでただ静かに体育を見学していた。


「流麗月さん、あの流麗月晶の娘なんでしょ!?」


 昼休み、デリカシーのカケラも無い女子が大声で話す。ソイツは少し目を見開いた後、何かを言おうとして口を紡ぎ、また開く。


「………何で」


「え?」


「誰にも言ってないのに、何で知ってるの」


「だって目立つ苗字だもん。それに、スッゴイ美人だからそりゃバレるでしょ」


「……………」


ソイツは何も言わない。それに構わず女子は話しかける。


「ねぇ!昨日テレビ出たじゃんお父さん!それってさ、娘としては誇らしいの?」


「全然」


ソイツは間を置くこと無く言う。あまりにも冷たく言い放ったソイツに女子は少し怖気付く。


「え…」


「アイツの話をしたくないの」


ソイツは静かに、それでいて冷徹にその言葉を言う。アイツと言うのは流麗月晶のことだろう。

 

 分かる。親が有名人だとその話ばっかりされる。親の話なんて子にとっては世界で1番つまらない。特に、自分では無く自分の親に興味があることが丸分かりだと話す気なんて一瞬で失せる。一体俺は何回この感覚を体験しただろうか。


 俺の父は議員だ。これから国を背負っていくとか何とか意気込んでいて、今回の選挙も俺の父が当選するだろうと皆言っている。実際、支持は厚い。



 ただ、みんなは知らない。俺の父が、本当はどんな人物なのか、知る由もない。


 

「住所とか、親の職業言えなかったのってそういう事だったんだね!別に聞いても押しかけたりしないよ」


「…………そ」


 ソイツはぶっきらぼうに言う。こうやって、何回もそう言われて実際押しかけられたことがあるのだろう。信頼という言葉はその瞳には全く映っていなかった。


「ねえ、有名人の娘だから実際に他の有名人とも会ったことあるの?」


「……………無い。だからもうこの話は、」


「えー!?うっそー!?じゃあさ、サインとか、」


「やめて!」


 ソイツは叫ぶ。ガタンと席を立ち、女子を睨みつけるその飴細工の瞳は薄暗く濁っている。


「もう、この話をしないで」


 その光景にクラス全体が息を呑む。呼吸をしたら、瞬きをしたら、それこそ一巻の終わりの様に思えてしまって。


「後、住所を探るとか、親の事を聞くとか、もうやめて」


「ご、ごめん…」


 女子の謝罪を聞くと、ソイツはまた座って相変わらずのコンビニの菓子パンを食べていた。

 俺も相変わらずのコンビニ弁当のゴミを捨てようと席を立とうとするが、クラスメイトに肩を組まれる。


「よお!御石議員!昨日テレビ出てたな!選挙近いしなー」


「やめろ」


「なあ、家ではどうなん?やっぱり毎日豪華なもの食ってんの?」


「そんな訳無い」


そこまで話すとくるりとソイツが振り向いて席を立つとまっすぐ俺の方に向かってくる。長さが揃っていない髪を靡かせて、まるでモデルの様な圧を纏いながら。


「貴方、御石議員の息子?」


「…………」


「そ!だからこそ有名人の娘息子同士仲良くしろよ!話も合うかもよ」


俺の代わりにクラスメイトが答え、一方俺は呆れた顔を隠さずにソイツの方に視線を向ける。


「話、合わないと思うよ」


「俺もそう思う」


俺達は見つめ合う。互いの空っぽの瞳を探るように。


「えー!?そんな事無くねー?だって2人とも金持ちじゃん。金持ちならではのエピソードとかねぇの?」


「「ない」」

 

「かー!金持ちの基準が分からんわー」


クラスメイトは大袈裟にリアクションをしてから俺の側から去るが、ソイツは俺の前から退かない。


「何?」


「…………貴方も大変ね」


「ああ、全くだ」


それだけ言うと、ソイツはくるりと踵を返してまた席についた。

 俺は心の中でソイツに吐き捨てる。



 

     お前に、分かってたまるか。





 そしてまた、その想いと一緒にコンビニ弁当のゴミを投げ捨てた。




 

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