綺麗な飴細工
第2話 ソッチ側の飴細工
「今日、転校生が来るんだって!」
その話でクラスは持ちきりだ。何でも、今日の朝教師たちが話しているのを誰かが聞いたとか何とか。この学校における情報の伝達スピードはインターネットと引けを取らないくらいに速い。
高校2年に上がって数ヶ月。こんな中途半端な時期に珍しい。
皆が興味関心に駆られわちゃわちゃと騒いでいると、それに水を刺すようにチャイムが鳴り担任が教室に入ってくる。
「ほらみんな座れー」
いつもみんなはそれでも話しているのに、今日はやけに聞き分けが良くすぐに席に着く。担任はその様子に溜息をつきながらも話し始める。
「みんな知っていると思うが、今日から転校生がこのクラスに来る」
「分かってますからそれ誰ですかー!?」
クラスのおちゃらけた男子が急かすと、担任は教卓から離れる。それを合図に小さな足音を立てて人が入ってくる。
皆、その人物に釘付けだった。
真っ直ぐな綺麗な姿勢で歩く姿だけでも目を惹くソイツは教卓前まで来るとくるりと方向転換して俺達の方を向く。
そこでみんなは気づく。ソイツの異常さに。
黒曜石というか、何と言うか、闇という概念を個体にし、その上に漆を塗りたくった様な真っ黒で妖しく光を反射する髪。その髪はすごく綺麗なのに長さが全然揃っていない。基本は肩よりも少し長いくらいだが、それよりもバッサリ短かったり、逆にとても長かったり。誰かに乱暴に切られたような髪型だ。
その黒い髪に映えるは温度を感じさせない作り物のような白い肌。血が通っているのか心配になる程に青白い肌はワンピース型の制服と靴下にほぼ隠れている。出ているのは細くて不健康そうな手と首から上だけだ。
顔は端麗で、そこら辺のアイドルがずっと霞んで見える程だった。綺麗に描かれた細い眉に長く分厚い睫毛。その奥にある、飴細工のような赤みがかった大きな瞳。とても綺麗だ。そう思うのに、何故かプラスチックの様な、無機質と言うか、温度が無いと言うか、そんな虚無を抱えた様な、偽物の瞳に見えた。
「名前書いてくれ」
担任が促すと、ソイツはくるりと回って白チョークをカツカツと鳴らしながら名前を書いていく。そこには「流麗月 飴」と書かれ、ソイツはまたくるりと回ると静かな声で話し始める。
「
ソイツはそれだけ言うと担任の方に話しかける。
「私の席は?」
「え?」
「あの空いてる席ですか?」
「え、いや、まだ紹介が…」
「終わりました。あの席でいいんですか?」
ソイツは勝手に歩き出すと、担任は慌てた様子で話しかける。
「そ、そこで!」
ソイツは何も返事をしないままその席に座る。その席はこの俺、
「じゃ、じゃあ仲良くな」
担任はそれだけ言うと、今日の連絡をして教室を出ていった。
するとすぐさまソイツの周りに人が集まる。俺は邪魔だと思いながらも何も言わずにその話に耳を傾ける。
「珍しい名前だね!」
「本名なの」
「え?う、うん、」
別にいちいち本名だと言わなくても良いだろう。聞かない名前だから偽名と間違われた事があるのだろうか。
「何でこっち来たの?」
「それは内緒」
「えー…」
ソイツは風鈴のような心地の良い声で、しかし芯が通る声で話す。内緒と言われたみんなは違う質問をドンドン投げつける。
「どこから来たの?」
「さあ、世間一般的に都会って言われてるところから」
「家はどこ?」
「住所はまだ覚えてない」
「両親の仕事は?」
「それは秘密」
「好きなものは?」
「無い」
「嫌いなものは?」
「……………」
その質問の時、ソイツはフッと目を伏せる。そして、ボソリと呟く。
「全部」
「-え?」
「そう、全部。全部嫌い」
それはとても小さい声なのに、鶴の一声の様にクラスを一瞬で静かにさせる。タイミングを見計らったかのようにチャイムが鳴り、みんなは急いで席に着く。俺はチラリと隣を見ると、そこにはさっきと同じ瞳をしたソイツがいた。ただ、その瞳に少しの影を落として。
授業が終わり、昼休みになっとき。俺はコンビニで買った弁当を食べてると隣でバリバリとビニール袋を開ける音がする。隣を見ると、コンビニのパンを食べているソイツがいた。黙々とパンを食べているソイツを案の定クラスの奴が誘うと、ソイツは頷き席を立って一緒に食べていた。ペットボトルの水を飲む姿でさえソイツは映え、クラスの男女関わらずソイツの行動一つにとっても釘付けだった。
俺もそちらに目を移していると、バンと背中を強く叩かれる。
「いっ…」
「よお!お前がこんなに興味示すって珍しいな!」
「はぁ…」
俺は黙って弁当を食べるが、それでもクラスメイトは俺に話しかけてくる。
「なぁ知ってるか?」
「何を」
「アイツの親、有名人だってよ。
「………あれ、本名だったのか」
「それな、本名らしいぜ。通りで浮世離れしてる訳だ。スッゲー美人だし」
確か、彼は俳優だ。
しかし、良い噂は聞かない。遅刻常習犯で連絡もなければ謝りもしない。バックレも多く、彼が出演するドラマや映画は何かと延期になりがちだ。常識というかモラルというか、生きるために必要な処世術の全てが格段に欠如している。
しかし、それでも許されるのが流麗月晶だった。
こんなに問題行動ありまくりなのに何故仕事は無くならず、毎日のようにテレビに映る程仕事は増える一方なのか。それは、作り物だと疑いなくなるほどの容姿の良さだった。
とても爽やかでハンサムな顔立ちでありながらどこか男らしさを感じる雰囲気があり、その独特でありながらも皆を惹きつける妖美な魅力を存分に振り撒き、本人もそれを使いこなしていた。
そして、なんと言っても演技が上手いのだ。どんなに芸能歴が上の人でも相手をしたがらない、そんな実力を持っていた。爽やかな好青年の役から大人の雰囲気ある色気満載な役まで、時にはヤクザなどの狂気的な面のある役だってなんでもこなした。それ故、彼はカメレオン俳優として芸能界に瞬く間にその名を轟かせ、それは日本だけでなく世界を支配しようとしている。最近は外国からも沢山声がかっているとか。
「興味ない」
俺は本心を口にするが、相手は顔を大きく顰めて大声を出す。
「えー!?ウッソだあー!だってあんなに見てたのに?」
「別に。珍しいから」
「興味あるじゃん。だって気にならねーの?あんなお嬢様がこんな田舎の高校に来たんだぜ?しかも、昼飯は質素なコンビニの菓子パン」
「親が忙しいんだろ」
「そういえば、母親は誰なんだろうな。結婚したとかそんな話はあったじゃん?相手一般人だっけ、確か元ファンの。良いなー、マジで好きな人と結ばれたんだろ?俺もそんな薔薇色人生歩みてー」
「お前はファンじゃなくて流麗月晶になりないだけだろ」
「当たり前じゃん。金は余るほど沢山あって、そして俺好みの美人と結婚して、人生イージーモードよ!」
「あっそ」
「ったく、つれねーな!ま、お前
「チッ」
マジで興味は無いし、それに嫌な事まで言われてしまった。本人はそんな気無いんだろうけど。
俺は弁当を食い終わりゴミ箱に捨てに行くとき不意にソイツと目が合う。
俺は息を呑む。
ソイツの瞳は飴細工みたいで、それでいてプラスチックみたいに偽物みたいで。そんな瞳に見つめられた。
たった一瞬。その一瞬なのに、俺の全てを見透かされた気分になる。
お前に、何が分かるんだ。蝶よ花よと大切に育てられた、ただ生きてるだけで人生楽勝なお前に。
俺のことが分かってたまるか
俺はそんな気持ちと一緒に弁当のゴミを投げ捨てた。
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