第11話 ようこそ、暮島へ!


 頭の上にはてなマークをたくさん浮かべていると、みんなはわたしに我先にと話をしてくれた。あんまりみんなが話したがるものだから、わたしは聖徳太子にでもなった気分だった。聖徳太子とは違って、すべての話をちゃんと聞いて、それに返事ができたわけではないけれど。

 はじめに降り立った雲島は、地上でいうところの商店街みたいなところらしい。不思議なお話の世界で例えるなら、王都、とかそんな感じだ。それで、クラウレインで向かっているのは、普通の街。地上でいうところの住宅街なんだって。

「もうすぐ着くと思うよ」

「今日は風の流れが良くないみたいだね」

「確かに。いつもより時間がかかっているね」

 サンが開けた穴はもう埋まってしまった。外の様子は見えない。わたしはみんなの話を聞きながら、右の手のひらを見た。握って、開いて、握って、開いて――。

 ヒュウがわたしの隣にぽわん、とやってきた。そして、にやりと笑いながら、

「穴、開けてみる?」と言った。

「え、ああ、いやぁ……」

「やっちゃえ、やっちゃえ!」

 やっぱり、悪いことのような気がする。でも、さっきサンが開けるところを、わたしは見た。穴をあけたくらいでは、このクラウレインは崩れなかった。また、右の手のひらを見た。ぎゅっと握りこぶしを作る。これを押し込んで穴を開けたところで、サンよりも小さな穴しか開かないだろう。

「ほ、本当にやっていいの?」

「ほらほら、やりたい気持ちがあるなら、やっちゃえ!」

 ヒュウの瞳を見る。あたたかい色をしている。見れば見るほど、心が安らいでいくような気がする。

「よ、よぅし!」

「いけいけーっ!」

 声が背中を押してくれる。振り返り、その主を見てみる。ティダが片方の翼を突き上げて、まだわたしの想像でしかない未来が現実になるようにと後押ししてくれている。

 ごくん、と唾液を飲んだ。

 ふぅ、と息を吐いた。

 右の手のひらをそっと壁に当ててみる。想像よりも硬い。穴を開けさせないんだからね、と、抵抗されているような気がする。

 ヒュウを見る。

 うんうん、と微笑み頷かれて、わたしはこくんと頷き返した。

 ぎゅっと握って、こぶしを作る。

 こぶしをそっと、壁に当てる。

 やっぱり、なんだか硬い。マシュマロみたいな弾力を感じる。

 また、ふぅ、と息を吐く。

 えい、やー! と、腕を引いて、勢いよくこぶしを突き出す。こぶしは一瞬弾力に跳ね返されそうになったけれど、のれんのような膜を突き破ったあとは、抵抗なく突き進んでいった。壁にはぽっかりと穴が開いた。

「急がないと、さっきみたいにふさがっちゃう。さぁ、覗いて、外を見てごらん」

 自分が開けた穴から、外を見る。やっぱり、青い。目をきょろきょろさせて、上下左右の青を見る。すると、

「あ……」

「見えた?」

「うん。見えた! さっきとは違う、雲の島!」

 クラウレインでの旅は、もう少しでおしまいらしい。


 さっきの穴はふさがってしまった。だからもう一度壁に穴を開けて、外の様子を見てみた。近くにある建物が動いていない。ということは、止まったっていうこと? なんだかまだ動いているような感覚があるんだけれど……勘違いってことなのかなぁ。

「アスクヮ、なにしてるの? 壁に穴を開けなくても出られるよ? もうすぐドアが開くから」

 わずかに首をかしげ、きょとんとした顔をしたサンに言われて、わたしは照れ笑う。

「え? ああ、うん」

「クヮ~。やっぱり、クラウレインはいいね。飛ぶより楽ちん!」

「あ、そっか。みんな、飛べるのか」

「ヒュウはまったく飛べないけどね」

「そっか。翼がないもんね」

「あはは! この顔のくせにね」

 自虐しながら、ヒュウがわたしに手を差し伸べてくれた。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 その時、クラウレインの壁が大あくびをした。開いた大きな穴から、みんながゾロゾロと降りていく。

「さぁ、アスクヮもおいで! ようこそ、暮島へ!」

 にっこり笑ってぽわんぽわん跳ねるサンに微笑みを返しながら、わたしはヒュウと共に、暮島に降り立った。

「なんか、思ってたのと違う」

「んー? 違う?」

「住宅地って感じじゃない」

「……そう?」

 建物がひょこひょこと建っている。その間隔は驚くほど広い。いつだったか、外国での出来事を紹介するテレビ番組を見た時に、「外国って庭が広くて、隣の家との間隔が広いんだなぁ」なんて衝撃を受けた。そんな、過去のわたしに衝撃をもたらした間隔よりもずっとずーっと、ここの間隔は広い。

 贅沢な土地――いや、雲の使い方だなと、わたしは思う。

「アスクヮの家は、どれかなぁ」

「……え、わたしの家?」

 サンの言葉に驚いて、言葉のお尻を跳ね上げた。けれどサンは、問いかけられたと思わなかったのか、ぴょんぴょんと先へ進んでしまう。わたしのことなんてすっかり忘れてしまったみたいに。一人で宝探しでも始めたみたいに。

「サンって、ほんと自由で、かわいいよね」と、ヒュウが言った。

「ああ、うん。かわいい、よね」

「じゃあ、サンがアスカの家を探している間に、なんで家を探しているのか、私が説明しよう」

 ヒュウは、穏やかな笑みを浮かべながら話し始めた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る