第8話

「星になった彼等」


第7話


「別れ~息吹き」


どの位走っただろうか。


ゼハゼハと肺が苦しくなる。


お祭りは人混みが多く、やっと公園を抜け出した解き、龍一が足の遅い私に追い付いた。


「どうした!? 里美、急に走り出して。」


「龍一、公園で史名が私達を見てたの、私追わなきゃ!」


「落ち着け里美、俺の車に乗れ!」


「分かった、ありがとう龍一、私の勤め先の病棟に向かって!」


私がそう言うと、龍一はすぐに車のキーを出し、私達は病棟へと向かった。


勤務先の病棟へ向かい、一階も二階も、いつもの庭も探したが史名はどこにも見当たらない。


(史名、どこにいるの? あぁ、神様どうか)


時計は夜の七時頃だっただろうか、私は当直の看護師達に彼の事を聞いて廻った。


「今日は秋祭りで夜八時まで外出許可日だから、まだ帰ってきてないわよ。お祭りにでも行ってるんじゃないかしら、何かあれば伝えとくわよ。」


私は史名との関係を言ってないので、それ以上は何も言わなかった。


オロオロと院内を、さ迷っていた時、私の元にハナがやってきた。


「ハナ、ごめんね、あなたの大切な史名を私、傷つけちゃったよ。。ごめんね、ハナ。。」


私は情けなくハナにすがり付く様に抱きしめて泣き出した。


すると、ハナは「ワォン!!」と力強く吠え、私についてきてといわんばかりに、玄関に向かって走り出した。


動物には人間にはない本能的な直感と言う物があるのだろうか。


「分かった、ハナ、あなたを信じる。」


時々、バテそうになる私を待ちながら、ハナは老犬とは思えない速さで走った。


史名との絆がどれほど強かったかが分かる。


やがて、共に走る事15分程で、ハナはピタリと足を止めた。


いつもの花屋の前だった。


何だか人集りが出来ている。


私は横隔膜がひきつる様な嫌な予感がした。


「しっかりしろ少年!」


あの店長が大きい声で呼び掛けている。


店の前には史名がうつ伏せになり倒れていた。周りには薬の袋が何十袋も転がっている。


手には大切そうに私が七夕の夜に渡したネックレスを大切そうに抱えていた。


店長の奥さんが直ぐに救急車を呼んだ。


「史名!!ごめんね!!しっかりして!!史名!!」


私は彼の手を握り、何度も叫んだ。


一瞬、史名の身体がピクリと動いた。


瞼がゆっくりと半分開き、私の方を見て息をするのも苦しそうに何かを伝えようとしている。


「史名、良かった、もう大丈夫だよ、私もハナもいるよ、公園での事は、、」


私が話し終わらない内に彼はゆっくりと話し出した。


「さと、、み、、さん、、はな、、あり、、がとう、、きて、、く、れ、、て」


「めい、、わく、、ばか、、り、、かけ、、て、、ごめ、、んね、、いままで、、ありがとう。」


そう言うと、彼は瞳を閉じ、意識を失った。


「何言ってるの!迷惑なんて、一つも掛けてない!! 大丈夫!私が何とかするから!! 史名、しっかりして!!史名!!」


私は泣きじゃくって名前を何度も呼び掛けた。


ハナは悲しそうにキューンと鳴き声を上げ彼の顔を舐めている。


やがて、救急車が到着し、隊員達が史名をタンかに乗せた。


私とハナだけ、同行を許可してもらえた。


大きな病院に着くと、史名はすぐに緊急治療室に運ばれた。


待ち合い室で待っている一分一分がまるで一日の様に長く感じる。


(あぁ、史名どうか。)


やがて、数時間が経ち、治療室から医師が私の前にやってきた。


「先生、史名は!? 史名は無事ですか!?」


私は錯乱する様に医師に問いかけた。


すると、医師は少し間を置いてゆっくりと口を開いた。


「大変すみません。私達も万全を尽くしましたが。。」


私は一瞬、彼が何を言っているのか分からなかった。


とたんに、ガタガタと身体が震え過呼吸の様になった。


私は医師の制止を振り切り、治療室へと走った。


ベッドには史名がまるで、ただスヤスヤと寝てる様に見えた。


「何だ、良かった、もう史名ったら、私ビックリしたよ、ほら、さぁ、もう、こんな所で寝てないで帰ろう!ね?」


「史名ったら、寝過ぎだよ、ほら、早く起きて!ハナも心配してるよ、ね?」


私は無理やり笑顔を作り彼に語り続けた。


だが史名は眼を閉じていて、何も返答がない。


「史名、そうだ、私、最近、料理の腕上げたんだぞ~、史名の大好きなオムライス作ってあげるから!カルピスも飲もう、ね?」


そう言い私は彼の手を握りしめた。


だが、その瞬間、全て現実なのだと分かった。


史名の手はすっかり冷たくなっていた。


(嘘だ、、史名、史名、、)


史名が死んだ。


私はその瞬間、周りの全てが色褪せて灰色に見えた。


と同時に急に目の前が真っ暗になり、私はその場で意識を失った。


どれ位時間が経っただろうか。


気がつくと私は勤め先の休憩室のベッドの上にいた。


「坂元さん。」「里美。」


気付くと、翌日の昼になっていた。


神野さんと龍一が私の前に座っていた。


「あれ?私、ここは。。」


「あ、そうだ、史名は、史、、」


いきなり、私は大粒の涙を溢した。


そんな私を神野さんは何も言わず抱きしめてくれた。


私はただただ彼女の胸の中で子供の様にワンワン泣いた。


「これ、飲めよ。」


と言い、龍一も暖かいお水を渡してくれた。


「史名君の事、聞いたわ。」


神野さんも眼に涙を浮かべていた。


私は何て過ちを犯したのだろう。


私はベッドから起き上がった。


「坂元さん??」


「私は許されてはいけない人間なんです。」


ただ一言そう言い、私は彼と初めて出会ったあの庭に向かった。


もうあの美しい歌声も優しかった笑顔も、綺麗な茶色い髪の毛も見えない。


私は世界中で独りぼっちになった様なそんな悲しさと淋しさを感じた。


そして、気付けば私は病棟の最上階に向かっていた。


屋上のフェンスに手を掛け、下まで30mはあるだろうか。


(ここから、飛び降りれば史名に会えるかな、、私もそっちに逝ってちゃんと貴方に謝るね。)


春に勿忘草を二人して一緒に見た時、彼が昔、屋上から飛び降りようとしていた時があったと話していたのを思い出した。


(怖かったね、史名。。でも私はしっかり、ここから、落ちて貴方に会いに逝くよ。)


私は一呼吸して、フェンスを握った。


だが、その瞬間、私の肩を誰かが掴んだ。


振り向くと神野さんだった。


彼女は無言で首を左右に振った。


「神野さん、私は生きてて良い人間じゃないんです。私が彼を殺したんです、だから、もう、、」


私が下を向きそう話すと、神野さんが口を開いた。


「そんな事を史名君は望んでないわよ。」


そう言い、フェンスから私を離す様にソッと引っ張った。


そして、何やら一通の手紙を私に渡してきた。


「これ読んで見て。史名君から渡されてたの。時が来るまで、決して渡さないでって強く強く言われてたから、私も良く分からなかったんだけど、、今、坂元さんに読んでほしいの。」


私は厳重にテープで閉じられている封筒を開け、ゆっくりと中の手紙を手に取ってみた。


「里美さんへ。今までありがとう。この手紙を読んでる頃には、もしかしたら僕は、もう、この世にいないかもしれない。。小さい時から、嫌な事が時々、予知みたいに見える時が僕にはありました。肝心な時には見えないのに、、里美さんを悲しませて本当にごめんなさい。けれども僕は幸せだったよ本当に。里美さんに出会えて、一緒に二人して勿忘草を見たり、七夕の夜を過ごした事、そして、あの夏、僕のプロポーズを受け取ってくれて、、一緒に夢を追い掛けた日々。貴女がくれた全部が全部、幸せでした。そして、伝えたいんだ、自分だけ先に逝っちゃって、本当に身勝手な事かもしれないけど、虚無だった僕を幸せにしてくれた様に、里美さんはこれからも、その優しさで多くの人達を救っていってほしい。僕が生きて傍らにいなくても、里美さんには生きていてほしい、幸せになってほしい。だから、これから里美さんが幸せなら、僕もこっちの世界で嬉しい、今までありがとう、忘れないで、ずっと貴女を空から見守ってます。史名より。」


私は渡された手紙を読み終えると、両の瞳から溢れた涙が頬をつたった。


(史名、史名、、)


「坂本さん、今日の夜に史名君の告別式があるの。担当スタッフだった貴女が、、大切な恋人だった貴女が行ってあげて、ハナちゃんと一緒に。」


私は彼女の言葉に頷き、そして、いつから私達の関係を知っていたのかを聞いた。


「春の頃位から何となく気付いてたわよ。だって貴女と過ごす時、史名君、とっても幸せそうだったもの。私は障害がある、ないで、人の愛を奪ってはいけないと思うの、だって、皆、皆、個性が、キラキラした物が沢山あって、そして、人を愛するという心は誰にも奪えない尊い物だから、私は、だから貴女達を見てて、本当に嬉しい気持ちになれてたわ。」


続けて彼女は話した。


「だから、これからも精一杯生きて、史名君の代わりに、貴女が命を紡いでいかないと。」


神野さんも瞳に涙を浮かべていた。


「はい。」私は涙をぬぐい彼女の言葉にしっかりと答えた。


「里美、神野さん」


私達が話していると、龍一もやってきて、声を掛けてきた。


「里美、本当にごめんな、神野さんにも聞いてもらったんだが、俺のせいだ、殆ど。」


龍一は私に土下座をして謝ってきた。


「龍一、そんな、顔を上げて。」


「そうよ、小野さん、誰か一人だけのせいなんかじゃないの。私もスタッフとして、もっと史名君をちゃんと見ていれば、話していれば、そう思うの。」


神野さんは彼の肩に手を当て、優しく、自分を責めない様に語り掛けた。


「ありがとうございます、グゥ。」


繊細な龍一は安堵した様に神野さんにお礼を言い泣いていた。


そんな彼に神野さんは「貴方も史名君の告別式に行ってあげて。」


「そんな、俺なんかが、、」


私も彼に語り掛けた。「龍一、式で手を合わせてあげて。貴方を恨んだりしてないよ。だって、、史名は誰よりも優しいから。」


「分かったよ、ありがとう、里美、神野さん。。」


私達はしばらく、屋上で話した後、三人でハナの元へ向かい、三人と一匹で、良く彼と過ごした、初めてあったあの庭へと歩いた。


「ここで、良く史名君、歌頑張ってたね。坂本さんが初めて彼にあった日、私、窓から見てたのよ、今だから言うけど、本当に綺麗な茜雲の空だったわよね。」


神野さんがそう話すと、私はふと、今でも目をこらせば、耳を澄ませば史名がテルーの唄を歌ってるんじゃないか、そうおもえてならなかった。


ハナは本能的に分かってるのだろう。


ジッと史名と過ごした庭を見つめていた、彼女の大切な大切な史名と過ごした時間を振り返る様に。


もう、すっかり風が冷たく感じる秋の空を私達はずっと見つめていた。


翌日、私はハナを連れ、龍一と共に喪服を着て史名の告別式に向かった。


私は正直、どんな顔をして、史名の祖母に会えばよいのか、龍一が運転する車の中でずっと考え込んでいた。


「里美、大丈夫だ、俺も一緒に謝る。」


「ありがとう龍一。」


そして、ふとハナの方に目を向けると、何かを悟っている様な、そんな顔をしていた。


車で走る事、30分程で目的地に到着した。


式場に向かうと、初老の女性が立っていた。


「あの、この度は、その、、」


私は消え残る罪悪感から、その女性、史名の祖母に上手く言葉が出てこなかった。


だが、私のそんな気持ちとは裏腹に彼女は、ニッコリとまるで仏様の様な優しい笑みを見せ、「貴女が里美さんね、史ちゃんから、いっつもお話を聞いていたよ、来てくれて、本当にありがとう。」


(そんな、、私が彼を、、)


私は、少し間を置いて覚悟を決め、全ての事を頭を深く下げ話した。


私はビンタされて、すぐに出てけと言われるだろう、その位に考えていた。


だが、彼女はニッコリと笑い、私の量の手を優しく握り、話した。


「正直に話してくれて、ありがとう。貴方みたいな真っ直ぐな優しい人だから、史ちゃんも好きになったんだよ。」


続けて史名の祖母は話した。


「確かに史ちゃんが若くして逝ってしまったのは本当に悲しい。だけれども、貴女に出会えて、史ちゃんはずっと幸せだったと思うよ。私では史ちゃんの学生時代から悩んでるのを何も救えなかった。けれど、普通の人間が100年、200年生きても出会えないかもしれない幸せに巡り会えたんだよ、あんたのおかげだ。ありがとう、里美さん。」


「ありがとうございます。。ウゥ」


私は彼女の温かい手を握り返し、涙が止まらなかった。


「さぁ、涙を拭いて、こっち来て、史ちゃんを見てあげて。」


彼女に連れられ、私は史名が眠る棺へと向かった。


「ほら、史ちゃん、里美さん来てくれたよ。」


棺に眠る史名は本当に美しく安らかな顔をしていた。


顔の周りには決して豪華ではないが、どこか温かな色をした花が添えられていた。


私も龍一と共にあの花屋で買ってきた花を棺に入れた。


史名の冷たくなった手を握り、私は彼と過ごした短くとも沢山の想いを共に過ごした季節を思い出しながら、瞳を閉じ追悼した。


「史名、今までありがとう。貴方を私は忘れないよ。元気でね、、史名。」


そう言い、私はしばらく彼の手を握っていた。


龍一も側に来て、追悼をしていた。


その時、式場に何人かが訪れた。


40歳位だろうか、随分と派手なメイクをした女性が子供を連れている。


そして、もう一人、同じく40歳位だろうか、茶色い髪の毛をした男性が10歳位の男の子を連れている。


私は直感で直ぐに分かった。


史名はよく、地毛の茶色い髪の毛を嫌っていた。


彼等は史名の両親だ。


彼等を見ると、先ほどまで穏やかだった、史名の祖母が叫んだ。


「あんたら、何しに今頃、来た!?」


「史ちゃんを捨てといて、あの子が、どれだけ辛く淋しい思いをしてきたか分かるか!!」


人の事を言える身分ではないが、私も同じ思いだった。


「ごめんなさい。」


「すまねぇ、お袋。」


彼等が謝ると、


「謝る相手が違うじゃろう! 今すぐ史ちゃんの所に行ってあげなさい! 本当だったら、追い返したい気持ちじゃ、でも、、そんな、あんたらでも史ちゃんにとっては唯一の親じゃからな。」


史名の祖母は叫んで話した後、少し疲れたのか式場の椅子に腰掛けた。


史名の両親は史名の顔に触れ、追悼すると、花を添え、そそくさと席に戻った。


「ねぇ、お母さん、お腹減った~。」


「お父さん、僕もお腹減った~。」


彼等の子供達は無邪気に袖を引っ張っている。


あの茶色い髪の史名の父は「ちょっと待っててな、後で沢山、美味しい物食べさせてあげるからな。よしよし。」


私はその様子を見て、思わず立ち上がり、泣き叫んでしまった。


「貴方、史名君のお父さんですよね!! 史名君はずっと貴方と同じ茶色い髪をトラウマの様に恨んでいました、ずっと苦しんでた!! どうして、どうして、史名の事をちゃんと愛してあげなかったんですか!! 史名だって、貴方の貴方の大切な子供じゃないですか! ウゥ、、」


相手は返す言葉もない様子だった。


そんな私を龍一は制止する様に落ち着く様に、私を席に連れ戻した。


「里美、大丈夫、俺も同じ気持ちだ。」


やがて式場に住職の方がやってきて、史名の告別式が行われた。


お経を聞いている中、私は史名と過ごした時を静かに思い出していた。


彼の祖母の方に目を向けると、泣きたい気持ちを抑え気丈に手を合わせていた。


お経を唱え終わると、住職の方が話をし始めた。


「18歳という若さで天に昇る史名君の人生は確かに短かったかもしれません、しかし、私は彼の安らかな顔を見ると、苦しい事もあったと思いますが、きっと幸せな日々も沢山あったのではないでしょうか、人生の幸せは私は決して長さだけではない、そう思えてなりません。どうか、皆さん、史名君の事をいつまでも大切に大切に忘れないであげて下さい。そして、時々、天にいる史名君の事を思い出してあげて下さい。それが一番の史名君への供養になります。」


住職の方が丁寧に話終えると、私達は史名の最後を見送る為、火葬場に向かおうとした。


その時、ドタドタと、誰かが式場に入ってきた。


あの花屋の店長だった。


彼の奥さんも後ろにいる。


「あ、お花屋さん、、どうして、ここに、、」


私が少し驚いて話し掛けると、


「久しぶりだな、お姉さん。病院の神野さんっだけな、彼女に式場の場所と時間を聞いたんだよ。あの日、店の前で少年がいきなり倒れたから。話は聞いたよ。本当にこの度は御愁傷様でした。」


そう言い、彼は大きな大きな綺麗な、どこか温かい花を史名の棺へと入れようとした。


「すみません、ありがとうございます。」


史名の父がそう言うと、花屋の店長は史名の生い立ちを、生前、史名本人から聞いてた様で、「あんたらに渡すんじゃねぇ、俺は史名君にこれを渡すんだ。」


続けて、店長は話した。


「史名君、生前はうちの吾朗を可愛がってくれて本当にありがとうな。時々、俺の店に来たくなったら、いつでも、おいでな。戸は開けとくから。今までありがとうな。」


店長が手を合わせ終えると、私も龍一も史名の祖母も皆で店長にお礼を言った。


「それでは、最後の見送りになります。火葬場に向かう準備をお願いします。」


式場の女性に導かれ、私達は火葬場へと向かった。


私は瞳に焼きつける様に史名の顔を見た。


(史名。。)


やがて、待つ事数時間、待ち合い室で待っていた私達に火葬が済んだ事を係りの人が伝えにやってきた。


史名の遺骨を拾う時、私は懸命に泣かない様に涙を堪えていた、彼の祖母も同じだった。


そして、遺骨を拾う中、史名の祖母が私にとある部分を渡してくれた。


「これ、あんたが貰ってちょうだい。」


大切な喉仏の部分だった。


「そんな、私なんかが、、」


「貴女にだから、持っててほしいの。史ちゃんもきっと喜ぶじゃろう。」


そう言われ、私は今まで堪えていた涙がどっと溢れた。(史名、こんなに小さくなっちゃったんだね、、でも、私は貴方の、この大切な喉仏、いつまでも大事にするよ。)


骨を全て拾い終え、私達は外に出た。


式場の煙突からは、史名が天に昇って逝く様に煙が秋の夕暮れの空に上がっていた。


私は史名の喉仏を手に持ちながら、ずっとその煙を眺めていた。


(さようなら、史名。そして、、ありがとう。)


これが私と史名の最後だった。


ハナもジッと悲しそうに名残惜しむ様に空を見上げていた。


そして、花屋の店長が連れてきた黒いラブラドールの吾朗を両の前足でギュッと抱き締めた。まるで姉が弟に愛を伝える様に。


吾朗は何かを感じ取った様にキューンキューンと悲しげな声を出している。


ハナが急にゼハゼハと息を荒く吐き始めた。


「ハナ、どうしたの? 大丈夫!?」


私が語り掛けると、その場でバタリとハナは倒れ、最後に私に優しい笑みを見せた。


そして、荒かった呼吸が収まると、静かに眼を閉じた。老衰だった。


後で聞いた事だが、ハナの年齢は史名とほぼ同い年の17歳だった。


大型犬のゴールデンレトリバーとしては、本当に長寿だった。


眠りについたハナは、安らかで、そして、まるで愛する史名の生涯を見届け、どこか誇らしげの様な安らかな顔だった。


ハナの遺体を運び、式場を後にしようとすると、史名の祖母が、ふと私をジッと見た。


「里美さん、ちょっと身体見て良いかい?」


そう言い、彼女は私の身体をゆっくりと見た。


「あら~、貴女の中、ちゃんといるんでしょ。」


「??」


私はその時は史名の祖母が何を言ってるのか分からなかった。


「まぁ、良い、里美さん、お元気で。また、いつでも来なさい。」


「あ、はい、ありがとうございます。」


話終えると私と龍一は花屋さんにもお礼を言い、式場を後にした。


龍一が私の自宅まで運転してくれる最中、張り詰めていた気がとれたのか、私は眠りに落ちた。


その夢の中で、私は自分の身体の内部から金色の光の様な溢れ出る様な、そんな不思議な夢を見た。


「里美、里美、着いたぞ。」


龍一に呼ばれ、私はハッと眼を覚ました。


いつの間にか私のアパートへと着いていた。


「今日は疲れただろうから、良く休めよ。」


彼はそう言いながら、ゆっくりと後部座席のドアを開けてくれた。


「ありがとう、龍一。運転お疲れ様。」


「なんもだ、今日は良く寝ろよ?」


私は彼の優しさに感謝して、少し間を置いて話し掛けた。


「ねぇ、龍一、生きるって、単純に一言じゃ、言い表せないよね。」


「そうだな。」


私達は秋の夜空を二人でしばらく眺めていた。


あの頃、史名と見た時と季節は違うが、空には無数の星々が輝いていた。


生前、史名が星に詳しかったのをふと思い出した。


秋の夜空には、2つの綺麗に光る星が見えた。


「龍一、見える、あの2つの星?」


「あぁ、はっきりとな。随分と綺麗だな。」


「私、あの2つの星を、史名星とハナ星って、これからは呼ぼうと思うの。」


「俺もその星、史名君とハナだと思い、これからは手を合わせるよ。」


こうして彼等は星になった。


「じゃあ、里美、俺もそろそろ帰るよ。」


「うん、色々とありがとう、龍一、またね。」


私がそう言うと、彼は車に乗る前に私の眼を真っ直ぐ見つめ話した。


「里美、すぐになんて、忘れられないだろうけど、何でも独りで溜め込むんじゃねぇぞ? 何かあったら、いつでも、連絡してな!それじゃあな!」


「うん、ありがとう龍一。」


私は変わらない彼の温かさに感謝し、龍一が車で帰って行くのをしばらく見ていた。


そして、月日は流れ、、


北海道の早い冬が駆け足でやってきた。


季節は11月後半、私は作業療法士として、変わらず勤務をしていた。


勿論、未だ、史名の事を思い出す様に、彼とよく時間を過ごしたあの庭に向かい、空を眺めては想い出に浸り切なくなる時もある。


院内はクリスマスに向けて、クリスマスツリーに患者さん達が皆で作った小物が飾られている。


随分と賑やかだ。


私は昼休みになると、やはり、あの庭へと向かい、お昼ご飯を食べていた。


すると、チラホラと初雪が空から舞ってきた。


(もう、こんな季節か。。)


全てを洗い流す様に雪は深々と降り積もり、辺り一面はすっかりと雪景色になった。


私は手袋とマフラーを巻き、しばらく、その美しい光景に見入っていた。


すると私の後ろから声がした。


「坂本さん、寒くない??」


神野さんだった。


彼女は続けて話した。


「季節が過ぎるのは、あっという間ね、本当に。」


「そうですね。」


「最近は調子どう?」


彼女は、未だ史名の事を考える私の事を気にかけてくれる様に出会った頃と変わらず温かく話してくれた。


「そういえば、渡さん退院する事になったのよ、これからは子供達と一緒に暮らせるって本当に喜んでいたわよ、私、自分の事みたいに嬉しいの!」


(そっか、渡さん、本当に良かった。)


私は時の流れを染々と感じた。


そして、昼休みも終える頃、私達は病棟に戻ろうとした時、私は急に吐き気に襲われた。


嘔吐が止まらなく、神野さんは急いで私の背をさすり、暖かいお茶を飲ませてくれた。


私が何とか吐き気が収まり起き上がると、神野さんが口を開いた。


「坂本さん、もしかして、つわりじゃないかしら、、?」


その後、私は彼女に付き添われ、産婦人科に向かった。


「先生、どうでしょうか?」


私が尋ねると、医師は笑顔で答えた。


「おめでとうございます、妊娠してます、元気な男の子ですよ!」


私は医師の言葉を聞き、思わず涙が溢れだした。


(史名、今、貴方がくれた命が私の中で咲いているよ。ありがとう、ありがとう史名。)


神野さんも隣で良かったね、と彼女もうっすらと涙を浮かべ自分の事の様に喜んでくれた。


病院を出て、神野さんにお礼を言い、家に帰ると、私は嬉しくて、龍一にも連絡した。


「そうか、良かったな里美、本当におめでとう!」


私達は何通かメールでやり取りをし、龍一から、お祝いしたいと言われ、私達は、あの森林公園で会う事にした。


あの日、この公園で史名と勿忘草を見て過ごした時から、春、夏、秋、冬と季節が過ぎたのを感じた。


「お待たせ、里美! 元気してたか?」


「うん、何とかやってるよ!」


「そっか、少し顔色も良くなったな、良かった。これ、まずは妊娠おめでとう!」


そう言い、彼は大きな綺麗な花束を渡してくれた。


どうやら、あの花屋さんで買ってきてくれたらしい。


「わー、綺麗。。ありがとう龍一!」


私がお礼を言うと彼は私の頭をポンポンと軽く叩き、ニッコリと笑顔を見せた。


そして、続けて彼は話した。


「史名君とハナの事、まだ時々考え込んじゃうだろ?」


「うん。。」


私は史名から授かった命に感謝しながらも、やはり消え残る悔恨の想いがあった。


うつむく私を見て、龍一はゆっくりと話した。


「確かに俺達は、あの日、間違いを犯したかもしれない、けれど、、」


「けれど、、?」


私が問いかけると彼は私の手を握り話した。


「けれど、もう前に進んで、史名君が残してくれた命を精一杯咲かせて生きていこう。」


「里美、そして、伝えたい事がある。」


そう言うと、龍一は何かをポケットから取り出した。


綺麗な蒼い石のついた指輪だった。


「これからは、俺も、お前が抱えてる消え残る想いや悔恨を共に背負って生きていく。里美の事も、そして、、史名君が残してくれた命も、俺は守っていきたい、生きていこう共に、愛してるよ、里美。」


「龍一、、でも、こんな私、、」


私が言い終わらない内に、龍一はソッと私のお腹に優しく手を当て、そして包み込む様に真っ直ぐな気持ちで抱き締めてくれた。


その時、まだ自分に罪悪感が残る私の顔に、フワリと風が吹き、小さな声が確かに聞こえた。


(里美さん、幸せにね。)


(え、、史名?)


振り返ったが人影はなかった。


だが私はどこか背中を押してもらえた様な気がして、龍一のプロポーズを受け止めた。


「ありがとう、龍一。」


「里美、三人で幸せになろうな。」


私達は互いに見つめ合い口づけを交わした。


雪が深々と降り、真っ白な銀世界は私達を包み込む様にキラキラと光っていた。


私はいつまでも、いつまでも、自分に宿った命を大切に大切に失くさない様に、自分のお腹に両の手を当てていた。


史名、貴方が残してくれた命が私の中で咲いたよ。きっと時々、後悔の念に囚われる時もあると思う、けれど、私、少しずつでも進むよ、生きていくよ、貴方がくれた、この命と共に。


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