第7話

「星になった彼等」




第6話 「罪と罰」




その日は随分と寒かった。




北海道の短い夏はあっという間に過ぎ、季節は9月末、残暑も過ぎ、服も重ね着をする様になっていた。




あの涙と雨の日以来、史名は話す事も少なくなり、私といる時もうつ向いている事が増えた。




昼休み、いつもの庭で私は彼を少しでも元気づけれたらと思い、周りを確認した後、彼の手をギュっと握った。




「史名、ほら、大好きなオムライスだよ、カルピスも!」




私は精一杯の笑顔で昼食を彼に渡した。




「ありがとう。。」




とただ一言、彼は言い、私の作ったオムライスを食べ始めた。




だが、半分も食べ終わらない内に史名はスプーンを置いた。




「もう良いの?ちゃんと食べなきゃ、ね、史名、ハナも心配してるよ。」




「ごめんね、里美さん、あんまりお腹減らなくて。」




最近の彼の様子を見てかハナも心配そうに、史名の足元で、何だか悲しそうな眼で見ている。




私達は黙りこくってベンチに座っていた。




(どうして、私は言葉が出てこないの? あぁ、こんな時、神野さんならどうやって励ますんだろう。。ダメだ、私が強くならなくちゃ!)




「そうだ!史名、まだ昼休みも時間あるし、ハナといつもの花屋さんまで散歩しようか?ね!」




私は私なりに何とか彼の力になれる事を全力で考え、そう提案した。




だが、丁度、史名がベンチを立とうとした時、パラパラと小雨が降りだしてきた。




やがて、小雨はドサ降りの雨に変わり、私達は急いで病棟に戻った。




「里美さん、今日は気を使わせてごめんね。じゃあ、僕、午後のプログラムに戻るよ。」




そう言い、彼は団らん室へと向かった。




史名を見送る中、彼の背中が随分と遠くに遠くに小さく感じた。




そして、午後のプログラムを終えた後、団らん室に顔を出すと、史名が渡さんと何か話していた。




渡さんは大声で泣いていた。




「どうしたんですか、渡さん、大丈夫ですか?」




私がどうしたのか聞いても彼女はうつむいたまま、ずっと泣いていた。




史名はそんな渡さんの側でティッシュを彼女の眼に当てながら、優しく背中をさすっていた。




「大丈夫ですか渡さん?」




後ろから神野さんが来て彼女の側に寄ると、渡さんはボロボロと声にならない様な涙声で話した。




「私は障害者なんだ。悔しい。ウゥ。」




どうやら、先日の外泊許可日に、子供達と散歩していた時、彼女の子供の同じ小学校のクラスメートに、遠くから、お前の親、障害者、などと心ない事を言われたみたいだった。




私はどうして、一生懸命生きている渡さんがこんなに、苦しい思いをしなければいけないのか、そして、障害で差別された史名の事も重なり、私は自分の事の様に悔しかった。




そして、そんな思いと同時に、私には全くわけを話さなかった渡さんが、神野さんには、すぐに話す彼女を見て、また、最近の史名の力になれていない自分に大きな無力感を感じた。。




(私って何の為にここに勤めているのだろう、、誰の力にもなれてない。)




そんな考えが、ふと私の脳裏を過った。




そんな私を見てか神野さんは渡さんを落ち着くまで、その包容力で包み込む様に抱き締めた後、少し心配そうに、私の方を見つめた。




渡さんが休憩室に入ったいった後、「坂本さん、大丈夫? 少し疲れてそうだから、小休憩取って良いわよ、ね?」




そう言われ、私は少し休む事にした。


いつもなら、史名と一分一秒でも一緒にいたい私だが、彼にじゃあ、後でね、と言い休憩を取るのにスタッフ用の休憩室に向かった。




ほんの少しの仮眠を取るつもりが小一時間ほど寝ていただろうか。




寝ている間、夢の中でどしゃ降りの雨の


中を史名が歩いているのを見た。


私は傘を渡そうとハナと一緒に史名を追いかけるが、その背中になかなか辿り着く事が出来ず、「待って、待って史名!!」と名前を呼ぶと彼は振り返り、だが笑ってはくれず、振り返ったその横顔からは涙が流れていた。




「坂本さん。」




(ハッ)




私は起こしに来てくれた神野さんの声で起き上がった。




「すみません!少し寝過ぎてしまって!」




慌てて私は彼女に頭を下げた。




「良いの良いの、疲れた時は心も身体も休ませてあげなきゃ、ね?」




神野さんの優しさに私は思わず涙声になり、「ありがとうございます」と涙を見せない様に感謝を伝えた。




神野さんはそんな私に何も言わず、いつもの様に温かくポンポンと肩を軽く叩いてくれた。




そして夕方になり、一日の業務日誌を書いている中、窓の外に目を向けると夏が過ぎた空は随分と早く暗くなっていた。




(随分、季節が過ぎたな。)




私は何だか無性に淋しさを感じた。




日誌を書き終え、史名と少しでも話したくて、私は院内をウロウロと歩いて回った。




一階も二階も探して回ったがなかなか見当たらない。。




(そうだ!いつもの庭なら、、)




そう思い、私は庭へと向かった。




雨上がりの草木の匂いがする。




辺りを見渡すと、やはり史名はいた。


ハナもいつもの様にピッタリと一緒にいる。 その隣に、もう一人、、神野さんもいた。




少し遠くから様子を見ていると、史名は何か神野さんに渡している。




神野さんは何度も首を振っているが、史名は何かを彼女に渡していた。




「史名、神野さん?」




私が彼等に寄って行くと、神野さんは史名が渡した何かを急いでポケットにしまい、




「坂本さん、お疲れ様。今日も陽が沈むの早いわね。疲れは取れた?」




と話し出した。そして、私が彼の担当スタッフという事もあり、彼女は先に戻り私達は二人で夕方の庭に残った。




「史名、寒くない?大丈夫?」




「大丈夫だよ、ありがとう里美さん。」




彼は笑顔で答えた。


だが、その笑みは何だか無理をして作っている、哀しげな笑みだった。




そして、彼はゆっくりと話し出した。




「里美さん、今まで、、あ、いや、いつもありがとう。里美さんには助けてもらってばっかりだね。もし、、キツかったら自分の幸せも大切にしてね。やっぱり、僕は障害者だからさ。。」




史名は変わらず哀しげな笑顔をしている。




「何言ってるの!史名!私達、今まで沢山の時間過ごして色んな事、一緒に乗り越えてきたじゃない!?どうして、そんな事を言うの!? 障害なんて、私は何も気にしない!」




私は思わず涙声で彼を抱き締めた。




腕に包み込んだ彼の身体が何故だか、随分と小さく感じた。




「ありがとう、里美さん。じゃあ、僕、今日はもう病棟に戻るね。夕食の時間だからさ。。」




そう言い、彼はハナと一緒に病棟へと戻って行った。




今思うと、どうして私はあの時、彼の背を追わなかったのだろう。


もっともっと、愛を伝えて、話し合って、、そうすれば良かった。。




史名の後ろ姿が本当に本当に小さく、小さく見えた。





私は泣いた顔を拭き、いつものバス停から家路に着いた。




ドアを開け、家に帰ると、私はあの夏の日々、彼とハナと吾朗と花屋さんで撮ってもらった写真を見た。




夕食を作るのも忘れ、時間がしばらく経っても、私はずっと見つめていた。




(史名。。)




何時頃だっただろうか、、


携帯に一本のメッセージが届いた。




(史名かな!)




私は期待して画面を見た。




(小野龍一、、え?)




私の元彼からの連絡だった。




別れてから、連絡が来るのは初めてだった。




「里美、久しぶり、元気か?」




どれくらい振りだろう、もうかれこれ、二年間は連絡を取っていなかった。




私の頭の中は沢山の考えで一杯だった。




春先に史名に、あの美しい歌声に初めて出会い、二人して泣いていた事。




勿忘草を共に眺め、初めてキスをした日。




そして、夏になり、一つに結ばれた七夕の夜。




史名が勇気を振り絞り、私にプロポーズをしてくれ、夢を追い掛けたあの日々。




そして、涙雨に濡れたあの日。




史名が笑わなくなってきた事、自分の院内での無力さ。。




正直、私の頭の中はぐちゃぐちゃだった。


思わず泣きそうになった。




再度、元彼の龍一からメッセージが来た。




「何かいきなりの連絡でごめんな、俺達離れてから随分、時間経ったな~なんて思って。。久しぶりに里美の事思い出したんだ。確か、精神科病棟に勤めてるんだったか? 俺も社会人になって仕事してて、結構忙しくて、何か学生時代が懐かしいよな、また、真面目なお前の事だから、無理してねぇかなって思ってさ。」





(龍一、本当に久しぶりだ。)




私はふと、苦楽を共にした彼との甘い青春を思い出した。




(そう言えば、いつも、私の事気にかけてくれてたな。。)




(龍一。。)




「龍一、本当に久しぶりだね。いきなり連絡あって、驚いたよ。色々あって、忙しいけれど、何とか仕事も続いてるよ。龍一は元気??」




私は史名の事には触れず当たり障りのない返信をした。




「俺は元気だよ!里美は今の仕事、続いてるみたいで良かったよ、お前、すぐ無理しがちだからさ。仕事は楽しいか?」




彼と連絡をしている中、私は懐かしさと安堵感に包まれ、思わずポロポロと涙を流していた。




そして、彼との連絡が何件か続き、彼から久しぶりに会わないか?との誘いがあった。




一瞬、史名の事が過ったが、ただ会って懐かし話をするだけだ、、としっかり自分に言い聞かせた。




「良いよ、久しぶりに懐かし話しよう。ただ、あんまり長くは居れないけど。」




彼は二つ返事で私達はすぐに、日程を決めた。




翌日、私はいつもの様に病棟に向かい、勤務を行っていた。秋になり、職場も随分と涼しく、患者さん達も皆、変わりなくスタッフと共にプログラムを行っていた。




私はふと、史名の方を見た。


彼は今日も、あまり話さずハナと一緒に座っていた。




「史名、おはよう。今日は調子どう?」




私はしゃがみながら、彼に問いかけた。




「大丈夫。里美さん、僕の事は気にしないで勤務続けて。」




ダメだ、私がどんなに話し掛けても、史名はうつむいたままだ。




私は、もう、この時から、気付かない内に自分の精神の限界を超えていたんだろう。




彼に掛ける言葉も上手く見当たらず、泣き出したい気持ちを必死にこらえ、ただただ史名の背中をさする事しか出来なかった。




やがて、勤務時間を終え、史名にカルピスを買い、彼に「元気だしてね、無理しないでね。」




と一言だけ伝えた。




もう、今日はあんまり話し掛けず、ソッとしといて上げるのが良いだろうと思い、私は史名に「じゃあ、またね。」




と言い、病棟を後にした。




もしかしたら、ただ、私は全部、もう逃げ出してしまいたい、忘れてしまいたい、と心が疲れていたのかもしれない。




病棟を出ると、龍一からメッセージが来た。




「里美、お疲れ!今日、勤務先の近くまで車で迎えに行くわ!どこら辺が良い?」




この時の私は後先を考える余裕がなかったのだろう。 もう遠出するのもキツく、病棟から近い花屋の向かえの、あの森林公園で待ち合わせする事にした。


そう、史名と初めてのキスを交わした想い出の場所。。




歩くのもキツいので、私は珍しくタクシーに乗り、数分で目的地に着いた。




森林公園に着くと、あの春に史名と二人して勿忘草を眺め、キスをした時の想い出が随分、ずっと昔に感じる、まだ、季節は春から秋になっただけなのに。。淋しく、切なく、気付けば私の手にポタポタと涙が溢れていた。(史名。。)




木々の匂いを嗅ぎ心を落ち着かせ、しばらく、涼しい風を頬に受けていた。




すると、「里美!」




振り返ると、、、あぁ、本当に久しぶりだ。


龍一の姿があった。




私は急いで涙を拭い、久しぶりとただ一言、彼に言った。




龍一は私の隣に座ると、私の頭をポンポンと軽く叩いた。




「これ使えよ。」




そう言い、彼はポケットから、青色のハンカチを出し、私の涙を拭いてくれた。




「また、何か抱えてんだろ? ったく、変わらねぇな里美は。」




言葉の荒っぽさとは裏腹に私が口を開くまで優しく、彼は私の手を握ってくれていた。




「私ね、今、恋してるの。。」




「そうか。」




龍一にゆっくりと今までの事を話した。




史名との出会いから、今に至るまで。


そして、もう史名が笑わなくなってしまった事。 そして、院内での自分の無力さ。




話せば話す程、私の瞳からは、またポロポロと涙が溢れる様にこぼれていた。




龍一はしばらくの間、話を聞きながら、私の手をずっと握ってくれていた。




そして、一呼吸置き、彼は話し出した。




「里美、お前、ちょっと無理してんじゃねぇか?」




そう言い、龍一は私の手を更に強く握った。




(そんな事ない、いや、そうかもしれない。)




彼の言葉に、2人の私が心の中で、そう言った。




「付き合ってた頃から、お前はいつも、抱え込み過ぎんだよ。ま、そうゆう真面目な所が長所でもあるよな。」




龍一はいつも、学生時代から、自分だって本当は繊細なのに、私の事をいつだって気遣ってくれる。




握っている彼の手が肌寒い風の中、随分と温かく感じる。




しばらく私達は手を繋ぎベンチに座っていた。




空も暗くなった頃、どこからか、縁日のお店が公園全体に並び始めた。




今日はどうやら、この地区の秋祭りらしい。




数分経つと、森林公園はすっかりお祭りムードになり、露店は沢山の人達で賑わっていた。




「昔、二人で行った祭り懐かしいな。」




龍一は賑わう人々を見て付き合ってた頃、一緒にお祭りに行った事を話し出した。




「覚えてるか? 初めて祭りに二人で行ったの。あん時、俺達結ばれたんだよな。」




「うん。覚えてる。学生時代って楽しかったよね。」




私達が話している中、公園は祭りで、更に人が増え、老若男女様々な人達の笑顔で溢れていた。たこ焼きに焼きそば、香ばしい香りが漂ってくる。




高校生だろうか、中には史名と同い年位の子達が、カップルで手を繋ぎわたがしを食べている。




(史名。。)




やがて、太鼓の音が鳴り、祭りは盛り上がりもピークを迎えた時、急に龍一はボソリと話した。




「別れてからもずっと後悔してた。俺は今でもお前が好きだ。」




そう言い彼は私の身体を抱き締めた。




私は戸惑い、史名の事が頭にすぐ浮かび、抱き締めている彼の腕をほどこうとした。




だが、、彼は私を強く抱き締め、言った。




「俺なら、もうお前を泣かせたりしない。」




(龍一。。)




弱っていた私は彼の熱い想いにどこか、すがりたくなってしまったのだろう。




私は龍一の大きな身体にしがみつく様に抱き返した。




温かい彼の体温が伝わってくる。




私はその大きな胸の中で子供の様に泣きじゃくった。




龍一は何も言わず、そんな私をただただ抱き締めてくれた。




太鼓の音が鳴り、花火が上がったその瞬間、彼は私の顔を、昔と変わらない、その曇り一つ無い真っ直ぐな眼で見つめてきた。




「里美、好きだ。」




花火の光が上がる中、龍一の重ねてくる唇を私は受け止める様に数年越しの口づけを交わした。




絶対に史名以外は私は二度と恋はしない、そう決めていた、龍一とキスをしている最中も私の頭の中にその気持ちが過り、私は重ねた唇を離した。




「龍一、ありがとう、気持ちは嬉しいんだけど、、」




私が話し終わらない内にふと人混みに目を向けると、遠くに見覚えのある茶色い髪の毛が見えた。一瞬、こちらを見た後、いや、大分、前から見えてたのかもしれない。。彼は公園を出る様に走っていった。




(え!?)




私は急いでベンチから立ち上がり、その姿を追いかける様に走り出した。




「すみません!道開けて下さい!」




ダメだ、縁日は人でごった返し、走るのが遅い私は、どんどん距離が離れ、人混みが彼を遠ざけて連れていく。




思わず、私はその名前を叫んだ。




「史名!!史名!!」




何かで誰かが言っていた。人はいつだって、過ちを犯す生き物だ。そして、失くして初めて、失ったものの大きさに気付く。 私の場合、余りにも大き過ぎるよ、だって、史名、、、あなたが私の全てだったから。。


どうか世界で一番愚かな私を許して下さい。



キュン

尊い

ぐっときた

泣ける

好きです

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