第22話 侵入
「やっぱり、あの炭鉱に行ってみようよ。そうすれば何かわかるかもしれない」
昼過ぎになり、僕と陽菜は炭鉱に向かうことにした。民家のすぐ裏手からはその炭鉱は一望できるのだけど、さすがにこの崖を降りていくというわけにもいかない。
「島をぐるっと回りながらたどり着くしかないよな」
「まあいいじゃない。あたし達のはこいつがあるんだから」
陽菜はレンタルの原付をまるで自分の相棒のようになでる。
「じゃあ、さっそく出発しようか」
陽菜が原付に腰を掛け、シートの後ろをたたく。
「しっかり掴まっててよ」
その言葉に僕は、後ろから陽菜のおなかを抱えるように抱きしめる。しかし陽菜は出発しない。
「どうしたんだ?」
「あ、あの……やっぱりおなかをがっつり掴まれるというのは少し、恥ずかしいかなと思って……」
「ああ、ごめん」
そうは言ったものの、今までだって何度か後ろに乗るたびに陽菜のおなかを掴んできたというのに今更だ。僕たちの関係性が変わったことで、そこに対する意識が違うということなのだろうか? 僕にはそういう気持ちまではまだよくわからない。
それにしても困ったものだ。しっかり掴まってと言っておきながら、おなかがダメというなら胸か? さすがにそっちの方が問題ありそうだ。いや、そもそもが僕からしてみれば、陽菜の原付の後ろでニケツしていること自体があまり好ましくないと思っていたんだ。
「じゃあ僕が運転するよ。陽菜はしっかり掴まってて」
「え、でも達哉は運転免許持ってないんでしょ?」
「何をいまさら言ってるんだよ。ニケツだって十分犯罪だからね。それにビールだって」
僕はこの島に来てからというもの、すっかり法に触れる行為を繰り返している。今更だ。そもそも、『人を殺してしまった』と思い込んでいた罪の意識に比べればそれはあまりにも些末なもので、僕はその肩の荷が下りたことで軽くなりすぎてしまって浮足立っている気持ちに、小さな罪を犯すことでアンカーを打ちたがっているのかもしれない。
「ちゃんと運転できる?」
「たぶんだいじょうぶだとは思うけれど、あまり安心はしないでほしいかな。ちゃんと掴まっててよ」
「うん、わかった」
陽菜の両手が後ろから抱きかかえられるように胸に回される。確かに少し照れくさい。
「ふふ、なんだかんだ言っても達哉も男だよね。結構胸周り、たくましい」
「あ、あの……陽菜。僕の胸というより、日、陽菜のむ、胸が……」
僕も彼女も一枚きりのTシャツしか身に着けていないから、どうしても背中に感じる感触が気になってくる。
「だいじょうぶ。わざと押し当てているんだから」
昼過ぎの日差しは暑く、体は汗ばむ。少しくらいスピードを出しすぎても構わないだろうか? 少し、風を感じて涼しくなりたい。
目的の場所を探しながら、およそ島を半周くらいは回っただろうか。見覚えのある風景が目に入った。
「ここは、見覚えがある。確かこの向こうだ」
整備された道路の目の前に古びたトンネルがある。道路の片側は生い茂る山で、反対側は崖だ。崖の向こうには港や海が見えてなかなかに景色がいい。かつて陽菜と二人でここを冒険した記憶がはっきりと思い出せる。
トンネルの入り口には黄色と黒のロープが張られていて侵入者を拒んでいる。この数年は人が侵入した痕跡もなく、トンネルの内部には雑草がぎっしりと生え広がっていた。
「ここから先は原付で行くのは無理そうね」
「だいじょうぶだよ。確か僕の記憶では、このトンネルの向こうはすぐに炭鉱だ」
原付を道路の隅に止め、僕たちはどちらからともなく手をつなぎ、雑草の広がるトンネルへと入る。僕が前を行き、つないでいないほうの手で雑草をかき分けるように進む。距離はさほどあるわけではないが、伸びた雑草のせいで入ってくる光が制限され、トンネル内も急カーブをしているからすぐに見えるはずの出口がなかなか見えにくいが、いざ歩いてみれば数分と掛からずトンネルを抜けられる。
トンネルを抜けた瞬間、そこからはまるで別世界のようになる。つい先ほどまでは海と山の見えるのどかな島の風景だったものが一変。
あたりは土と埃と瓦礫だらけの茶色と灰色の死んだ土地。そこらじゅうがデコボコな蟻地獄に入り込んだような地形にあちこちに横穴があり、その山の窪地からはねげ出すことは叶わないと感じさせるような壁が周囲を囲む。
窪地の隅をぐるりと一周するようにぼろく壊れてしまったような小屋の跡が連なり、見上げる崖の上にはその姿を監視するような民家がいくつか見える。あの民家のどれかが僕たちが寝泊まりしているであろう民家のはずだが、ここから見る風景はどこを見回しても同じで、見える民家にそれほど差異も感じないため、どれがそうなのかは判別しにくい。
僕たちはしばらく手をつないだままで茶色と灰色の地獄を歩き回り、ようやく鳥居のある炭鉱の入り口を見つけた。八年前にはもう少し朱色だったはずの鳥居ももはやその影もなく、半分朽ちて崩れ落ちそうになっていた。鳥居を見つけるつもりで歩き回ったのだが、実際に目についたのはその入口に取り付けられた格子戸だった。
かつて僕と志乃が侵入したときの名残そのままなのか、一本の格子戸は外れたままになっていて、その全体をロープでぐるぐると縛っている。
どのみち、子供の時に通れたその小さな隙間からでは、今の自分たちは通れないことくらい悟っていた。
「いい? さすがにこれやったらもう後戻りできないくらいに犯罪だけど?」
「今更だよね。それに今までだって達哉と冒険してきたいわくつきのスポットでも、大概いろいろなことをしてきたよ」
「違いないね。でも、あの時の自分はずっと心の中で言い訳をしながらやていたんだ。こんな罰当たりなことをやるのは僕じゃない。美登里陽菜という身勝手なひとりの女性が勝手にやっていることだから、その天罰は僕には関係ないってね」
「もしそれを見ている神様がいたところで、そんないいわけは通用しなかったと思うけどね」
「だろうね。でも、結局天罰が下ることもなく、今もこうして陽菜は怪異を探し回っている。だから気と今回も大丈夫だろうけれど、今回ばかりは僕の気持ちの持ちようが違うんだよ」
「どうちがうの?」
「もし、美登里陽菜に天罰が下ったとしたら、今回は他人事ではなくて自分の身に降りかかる不幸だと思ってる。だから、その業は自らが積極的にかぶりたいと思ってるんだよ。だから、それは僕にやらせてね」
「ふふ、なんだかんだ言いながらも、本当はやりたいだけなんじゃないの?」
「それも少しはある」
「結構こういうの、爽快なんだけどな」
「今まで横で見ていたけど、陽菜はこういう時、本当に楽しそうだったから」
「じゃあ、今回は譲るわよ」
僕は、陽菜が手に持っているバールのようなものを受け取った。過去に陽菜があちこちのスポットを巡るときによく持ってきていた逸品だ。入ってはいけない場所に踏み込むには、見た目も利便性も申し分ない。行く先々で購入した魔よけのお札が貼られていて、それだけで特級呪物にも見えなくもない。なんだかんだ僕たちの青春の思い出の品でもある。
ガーン、ガーン、ガーンと窪地に鳴り響く金属音で、古びた格子戸は付け根から外れた。
「さあ、それじゃあ行こうか」
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