第21話 考察

 昼過ぎに目を覚ました僕は、ひとりスマホをいじりながらいろいろ捜していた。僕からすればすでにこの島にいる理由なんかは何もなく、できることなら早く内地へ帰りたいところだが、そのためには陽菜を納得させるまでホタルの調査をする必要があるだろう。


 ネットの書き込みを見る限り、都市伝説として語られているホタルについては〝幸せになる〟という言葉を見かけるが、やはりどこか胡散臭さは感じる。よくあるお金持ちになったとか、恋人ができたとか、そういう具体的な話が出ているわけではなく、見たこと自体を『幸運』と呼んでいる気もする。中には、お金持ちになる夢を見て、その通りに行動したら実現したとか、死んだ両親と会ったとかそういう話も散見するが、具体性には欠けるし、どちらも『幻覚を見た』『夢を見た』と言い換えることが出来そうなものばかりだ。あるいは『幸福な夢を見る』という表現も出来るかもしれない。

 幸福な夢、とはかけ離れているが、僕はこの島に来てからやたらと悪い夢を連続してみる。もしかするとホタルとは関係なく、この島自体に何か幻覚症状を発する何かが存在する可能性もあるだろう。

 例えばホタルだと思われている羽虫のまき散らす鱗粉にそういう効果があるだとか、炭鉱の中にある何かが磁場を狂わせて脳内に幻覚症状を与えるだとか。

 そう言うことを踏まえて考えれば、僕がこの数日見た悪夢や子供の頃の炭鉱で経験した現象にもそれなりの理屈がつけられるような気がした。

 それらは決して都市伝説的に言えるようなものではなく、オカルト好きな陽菜からすれば求めている答とは違うだろう。だけど今までだって何度も陽菜と回った心霊スポットの多くの結論もそこに着地することが多く、それらの記憶を僕は『楽しかった』と断言できるし、陽菜もけして『悪くない』と思っているのではないだろうか。


 ネットを使い、僕は地元の新聞の過去のアーカイブを閲覧できるサイトに入った。

あの夏。八年前の夏に起きた出来事について、何ら記事になっていないかということだ。正直なことを言えば今までだって、ネットで探せる程度の記事であればいつでも探せた。それをあえてしなかったのは、そこに書かれている記事で、事実を認識することが怖かったのだ。だが、今もうそうではない。志乃が無事であることを確認し、どうせ見つからないとわかったうえで調べることは、恐ろしい事実を確認するより、恐ろしい事実なんて存在しなかったことを確認する行為だ。


 案の定、八年前の夏に少女が行方不明になっただとか事故に遭ったという記事は見当たらない。それどころか、僕が炭鉱に迷い込んで少々島がざわついた事実すらまったく記事にはなっていなかった。


 そのかわり、島の炭鉱についてちょっとした事件を発見した。事件は僕が生まれるよりもずっと昔の話だ。1972年の夏の出来事なので、大阪で前の万博が開催されていたころの事件だ。

 炭鉱で働いていた工夫が、炭坑内で発生した火災事故から逃げ遅れて九名が死亡したという事件だ。痛ましい事故ではあるが、そのような事故は炭鉱においてはそれほど珍しい話ではない。炭鉱で起こる火災事故は時には数十名から数百名にわたる事故もあり、数字で判断するような話ではないかもしれないが、九名の事故であればそれほど大騒ぎすような珍しい事故ではない。

 今朝出会った老人が言っていたように、炭鉱の事故で亡くなる人は珍しくもなく、多くの遺体があの鳥待ち岩で鳥葬されていたのだ。事件として取り扱われていないものも含めれば数限りなくあるだろう。


「ねえ、何見てるの?」


 後ろから覆いかぶさるように陽菜がスマホを覗き見る。背中に感じる柔らかいものに意識が向かないように平常を保ったままスマホを見せる。


「昔、あの炭鉱で起きた事件を調べていたんだ。もしかしたら、ホタルの件と何か関係があるかもと思って」


「ふーん、なんだ。やる気あるんじゃん」


 そう言いながら陽菜は僕の手からスマホを取り上げ、事件の詳細を確認していた。

 自分のスマホが他人の手にある状況というのはあまり落ち着かない。特に、陽菜と新しい関係性が生まれた今となっては、見られると気まずいものはいろいろとあるだろう。


「ねえ、もしかするとさ。昨日達哉が探検したって言っていた炭鉱の奥、鳥居があったって言っていたでしょう?」


「ああ、子供頃のことだね」


「あの鳥居の場所ってさ、この事件が発生した場所なんじゃないかな? そう考えると懐中電灯が消えただとか、まるで通路に閉じ込められただとか、そういう事件に関しても説明がつくよね?」


「むしろ、説明がつかなくなっている気がするんだけど?」


「ねえ、やっぱりちょっとそこに行ってみない?」


「ホタルとは関係ないと思うけどね」


「いや、あたしはあると思うな。だって達哉はそこで、あの青い発光体を見てるじゃん。それに、ホタルの伝説なんかよりも断然面白そうじゃん」


「ああ、忘れるところだったよ。陽菜はもともとそういう人だった」


「それにさ、『幸せになるホタル』はまだ見つけていないけど、あたしはもうすでに幸せを手に入れたからね」


 そう言って陽菜は僕の頬に軽くキスをした。昨日までは全く考えてもいなかった行為が、そこに極自然に存在することがまたこそばゆい。


「コーヒーでも淹れようか。いわゆるモーニングコーヒーってやつ」


「今はもう朝じゃないよ。昼過ぎなんだからさ」

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