朝焼けの花嫁
📘 三題噺のお題(第3弾)
最後のアイスクリーム
鍵のかかった日記
鳩の羽音
ヒント(あくまで参考):
最後のアイスクリーム:家族の記憶、別れの前夜、あるいは誰かの癖として使うと印象深い。
鍵のかかった日記:開かない=語られない過去。開ける=禁忌や真実の暴露。
鳩の羽音:静かな環境に突然現れる音としても使えるし、自由や手紙のモチーフとしても意味を持たせやすい。
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【本文】
「はい。
そう言ってお姉ちゃんは、高台にある公園で待っていた僕に笑顔でアイスクリームを渡した。
「ん。ありがと」
僕は素っ気ないお礼をする。それでもお姉ちゃんはニコニコしている。
「あ、大翔。新郎新婦が出てきたよ。花嫁さんキレイだね」
お姉ちゃんが指し示す。うちの近所には結婚式場があるから、見慣れた光景だ。否定するとお姉ちゃんは不機嫌になるから、僕は「そうだね」と心のこもらない返事を返した。
お姉ちゃんはキラキラした目で花嫁を見ている。何で飽きないのだろう? 僕はいつも思う。
結婚式場から鳩が羽ばたいていった。
アイスクリームを食べ終わると、お姉ちゃんは僕にゴミを渡した。
「ゴミは大翔が持って帰って。お姉ちゃん、ちょっと用事があるから行くね」
そう言ってお姉ちゃんは僕に笑いかける。
「わかった。気をつけてね」
僕はお姉ちゃんに手を振った。
お姉ちゃんとは7歳年が離れている。年が離れすぎていて、喧嘩にならない。共働きの両親の代わりに、僕の世話を焼いてくれる。言葉にしたことは無いが、お姉ちゃんは僕の自慢だ。
この時は思いもしなかった。今食べたアイスクリームが、お姉ちゃんと一緒に食べた最後のアイスクリームになるなんて。
夜になってもお姉ちゃんは帰ってこなかった。
お母さんが心配して、お姉ちゃんの友達に電話したけど、誰もお姉ちゃんの居場所を知らなかった。
お父さんが帰ってきて、お母さんと警察に知らせるかを話し合い始めた。僕も心配だった。
少しして、警察から電話があった。
お姉ちゃんが高校の屋上から飛び降りて死んだという内容だった。
お姉ちゃんのお葬式が終わって何日か経った。
うちの中はすごく静かだった。お母さんは時々泣いているみたいだけど、僕の前では泣かないようにしているみたいだ。
僕はお姉ちゃんの部屋に勝手に入った。
お姉ちゃんが生きていた時はこんなことしなかった。怒られるし。
お姉ちゃんのベッドに横になって、天井をボーっと見ていた。お姉ちゃんの匂いがするような気がした。
そのまま横を見たら、お姉ちゃんの鞄が目に入った。いつもは使っていない鞄だ。中に何かが見えた。本だろうか?
僕は起き上がると、お姉ちゃんの鞄を開けてみた。本ではなく、ノートのようだ。鍵をかけられるようになっている。鍵は閉まっていて、開けることはできない。僕はノートを鞄に戻した。
そのまま床に横になった。
しばらくして体勢を変えたら、お姉ちゃんの勉強机の椅子の裏が見えた。何かが貼り付けてある。僕は近づいて調べた。鍵だ。
僕はお姉ちゃんの鞄から鍵付きのノートを取り出した。お姉ちゃんの勉強机を借り、鍵穴に鍵を差し込んだ。鍵が開いた。
僕は読むか読まないかで悩んだけど、読むことにした。
開けてみると、それはお姉ちゃんの日記だった。僕は罪悪感を感じたけど、読み進めた。
お姉ちゃんは頭が良くて勉強ができた。僕の知らない難しい漢字がいっぱい書かれている。
お姉ちゃんは誰かを好きになったみたいだ。そのことを嬉しそうに書いてある。その人と恋人になったらしい。
でも読み進めると、僕にはその人がお姉ちゃんのことを好きなように思えなかったし、大事にしているようにも思えなかった。
だんだん息が苦しくなってきた。これ以上読んではいけない気がした。お姉ちゃんは、僕に読んで欲しくないだろうと思った。
僕は、読むのを止めた。涙が出てきた。
お父さんとお母さんにこの日記を見せたほうが良いのか悩んだけど、たぶんお姉ちゃんは見て欲しくないような気がした。
次の日の朝、太陽が昇るよりも早く僕は家を出た。お父さんとお母さんを起こさないように。
お姉ちゃんと最後にアイスクリームを食べた高台の公園に行くと、僕は仏壇から持ってきたマッチで、お姉ちゃんの日記に火をつけた。
お姉ちゃんの日記は、燃えてなくなった。
鳥の羽ばたく音がした。
結婚式場の方を見ると、鳩が羽ばたいていった。
僕はお姉ちゃんが「花嫁さんキレイね」と言うたびに、いつも思っていたことを初めて声に出した。
「お姉ちゃんのほうが……絶対……キレイだよ」
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【感想】
お題を見てからストーリーにするまでは短めでした。
お題も、ストーリーの中で重要な要素として使えたので、満足しています。
ストーリーと物語の余韻も気に入っています。
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