第30話




第30話「噂の真相と、距離ゼロ事件」



ホテルのロビーは、映画祭関係者や記者でごった返していた。

スタッフに促され、遥とすみれは裏口からエレベーターに乗り込む。


「……今日は、ほんと色々あったな」

遥がため息まじりに言うと、すみれは小さく頷いた。


「うん……でも、遥がいてくれてよかった」

ふいにそんなことを言うから、心臓が跳ねる。


エレベーターが動き出すと、密室の静けさが二人を包んだ。

すみれがスマホを取り出し、画面を見つめる。


「これ……さっきの事故の記事」

そこには《映画祭でトラブル?人気女優・朝比奈すみれ危機一髪》の文字。


記事には、屋上で不審者が目撃されたこと、そしてその不審者が過去の撮影現場の関係者らしいという噂が書かれていた。


「これ……本当なのかな」

すみれの声は不安げだ。


遥は画面を覗き込み、軽く首を傾げる。

すると、その拍子に――距離が一気にゼロになった。


「……っ」

すみれの睫毛が触れそうな距離。

息が混ざり合う感覚に、時間が止まったように感じる。


「……ごめ、ちょっと近かったな」

慌てて半歩下がると、すみれは視線を逸らしながら小声で呟いた。


「……別に、嫌じゃないけど」


耳まで赤く染まった横顔に、遥は思わず息を飲む。

エレベーターの表示は、まだ目的の階まで半分も来ていない。


「……じゃあ、次はわざと近づいてもいい?」

冗談めかして言ったつもりだった。

でも、すみれは少しの間だけ黙って――


「……やってみれば?」


その言葉が、遥の理性を大きく揺さぶった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る