第28話



第28話「もう一人の影」



非常扉から現れたもう一人の人物は、スーツ姿の男性だった。

年齢は30代半ば、鋭い目つきでこちらを見据えている。


「……お前、こんな所で何をしている」

スーツの男が低い声でパーカーの男に言った。


「何だよ、アンタまで来たのか」

パーカーの男は舌打ちをし、スマホをポケットに押し込んだ。


遥はすみれの肩にそっと手を置き、耳元で囁く。

「動くな。様子を見よう」


スーツの男がゆっくりこちらへ歩み寄る。

足音がやけに重く響く。


「……君たち、巻き込んで悪いな」

意外にも、落ち着いた口調だった。


「巻き込む?」

遥が問い返すと、スーツの男は一瞬ためらい――そして小さく息を吐いた。


「彼は……君を救った張本人だ」

視線がすみれに向けられる。


すみれは目を瞬かせた。

「……救った……?」


パーカーの男が笑う。

「そうだ。あの日、君は信号を無視した車に轢かれそうになってた。俺が引っ張らなきゃ……」


遥の胸の奥がざわめく。

事故――あの時の記憶が、すみれにはないということか。


だが、スーツの男が言葉を継いだ。

「……だが同時に、君の存在を“利用”しようとしていたのも彼だ」


空気が一気に張り詰める。


「利用?」

遥の声が低くなる。


パーカーの男は口元を歪めたまま、何も言わない。

その沈黙が、不気味な圧迫感となって二人にのしかかった。


すみれの手が、無意識に遥の袖をぎゅっと掴む。

その小さな力に、遥は決意を固めた。


「……全部、聞かせてもらう」


次の瞬間、屋上の外からサイレンの音が響き始めた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る