第8話

第8話「芸能人、演劇祭で咲き誇る」



暗幕が開くと、講堂の照明が一気に明るくなり、生徒たちの視線が舞台上の二人に集中した。


 ――オーディション対決、開幕。


白石瑞希が主演を狙う新作演劇『冬の桜』。そのヒロイン役に朝比奈すみれが立候補し、同じ台本で演技対決を行う。脚本は、雪深い町で再会した幼なじみの切ない想いがテーマだ。



◆序章:緊張の幕開け


 「それでは、すみれさん、最初のシーンをお願いします」

 顧問教師の声で始まった稽古当日。すーちゃんは先にマイクを受け取り、舞台中央に立つ。


 客席には、生徒会長や副委員長、舞台部員、応援に駆けつけたクラスメイト、そして──一ノ瀬遥の姿もあった。


 例によってノートとペンを構えた彼は、まるで本番の演出家のように真剣だ。


 すーちゃんは深呼吸して台詞を紡ぎ始めた。


「こんな雪の降る日まで、あなたはここに──?」


 白い吐息が舞台ライトに照らされ、彼女の瞳はほんの少し潤んでいる。


 その瞬間、遥はペンを走らせた。


(表情はもう少し静かに。驚きと喜びが混じってるから、目の奥で微笑んでほしい)


 舞台袖から届くこのアドバイスに、すーちゃんは小さく頷き、再度同じ台詞を。


「こんな雪の降る日まで、あなたはここに──?」


 今度は、儚げな微笑がほんのり乗った。マイクを通しても、観客の胸に直接届くような演技だ。



◆白石の反撃


 次は白石の番。彼女はすーちゃんの演技を見据えて立つ。台詞は同じだが、トーンは少し強めで、幼い頃の嫉妬心が隠せない。


「まさか、また…会えるなんて、思わなかったわ」


 彼女の声には、すーちゃんよりも鋭い感情の切れ味があり、観客席に「おお…!」というざわめきが走った。


 遥はメモを取りつつ、眉をひそめる。


(瑞希のほうがキャラは強い。でもすーちゃんは“普通の少女”に戻れる瞬間を見せてる。ここから巻き返そう)



◆ラストシーンの緊急確認


 クライマックスは、夜の雪原でのキスシーン。脚本には「二人の唇がかする一瞬」とある。


 稽古前、すーちゃんは袖でこそっと言った。


「はる……リハでいいから、私に向かって『ずっと待ってた』って囁いてくれない?」


「え、俺?」


「うん。あの瞬間だけ、はると二人きりになりたいんだ」


 遥は頷き、客席の隙間からそっと舞台下へ上がり込んだ。



◆雪の中の「囁き」


 稽古が進み、いよいよキス寸前のシーン。ステージ中央には白いチョークで円が描かれ、そこにだけ舞い散る“人工雪”が舞う仕掛けがある。


 すーちゃんと白石が円の中で向き合い、互いに台詞を読み上げる。


白石「ずっと、待ってたのね…」

すーちゃん「そう。あなたに会いたくて…」


 そして、白石が唇をすり寄せようとしたその瞬間、舞台袖から遥の声が響く。


「すーちゃん、こっち見て…」


 脚本には書かれていない“囁き”。だが、その声を聞いたすーちゃんは一度白石を見つめ、次に舞台袖の遥に視線を送った。


すーちゃん(放課後に隣を歩いたときも、初めて呼び捨てにされたときも、いつも私の味方だった…)


 彼女は決断する。



◆演技か、想いか


 雪の舞う中、すーちゃんは白石の手をそっと離し、円の外へ一歩踏み出した。全員の視線が舞台上を奪ったまま固まる。


すーちゃん「ごめん、私…」


 客席からはざわめきが。


 そして、彼女はマイクを遥に向けた。


すーちゃん(マイクを低く構えながら)「ずっと…待ってたのは、あなた…遥くん…」


 舞台全体が静まり返る。白石は驚愕の表情を浮かべ、部員も観客も息を呑んだ。


 そして、雪がピークを迎え、人工雪が舞い散る。遥は舞台上に歩み寄り、すーちゃんの手をぎゅっと握り返す。


遥「俺も、ずっと…」


 二人の声が重なり、演劇なのか本当の想いなのか、観客にはもう判別できない。



◆カーテンコール


 その直後、顧問が拍手を促すと、客席は一瞬で総立ちに。大きな歓声と拍手が二人を包み込む。


 演技対決の勝敗は言うまでもなく、観客の胸に深く刻まれた瞬間だった。


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