第18話 真白堕ちる

「あの時から、私はお前を妻に娶ろうと思っていたのだ」


 陸一郎から恐ろしい言葉が発せられたのだ。


「え……? あの時……?」


「有能な娘だと思ったよ……我が家のために……いや、お前は器量よしで頭もよく……私に相応しい」


 陸一郎は、真白の企みなどではなく、萌黄が十歳の頃から目をつけていたのだ。


「ひっ……」


「二十歳頃の女の顔と身体が一番好きなのだ。長年私に想われ、さぞ嬉しいことだろう……」


 寒気しかしない。

 あの縁談は、何かの芝居だったのか?

 両親や真白も、この事を知っていたのか? 


 だが、それならば、と萌黄は言葉を出す。


「陸一郎さんは、真白がお好きかと思っておりましたが? 私のことがお好きなのでしたら、あのような事は……しないはずです」


「何故だ?」


「……な、何故って……」


「私は愛しい女が傷つくのが好きなのだ。嘆き哀しみ、発狂し、私のことだけ想えばいい」


「そんなの……ただの蹂躙ではないのですか?」


「私にとっては、それが真実の愛なのだ。私への憎しみが……それが愛に変わっていく……くくく素晴らしいだろう」


 何を言っているのか、わからない。

  

「ま、真白は、貴方にとってなんなのですか?」


「真白は器量もよい、身体も良い。好んではいるが、妻はお前一人だけだと言っているだろう? して、あいつは海斗と婚約をしたのだ。祝ってやろう」


「海斗さんが?」


 まさか、と思ったが……昨夜二人でした会話を思い出す。

 陸一郎の言葉などより、海斗の事を信じている。


 また真白と陸一郎が、勝手に企んでいることに違いないと萌黄は思った。


「ふふ、姉妹と兄弟で夫婦とは……夜が楽しみだ」


「……何を……」


 あまりの不気味さに、萌黄は青ざめる。

 やはりこの男は狂っている。


「さぁ、そろそろ嘆願しろ。私と籍を入れてくださいと……でなければ今度は肉体的な苦しみを受けることになるぞ?」


「えっ……? 籍は……もしかして、まだ……」


「当たり前だろう。お前が私に泣いて懇願してから、破瓜させて……それからだ」


 籍はまだ入れられていなかった……!!

 萌黄は立ち上がる。


「お、お話はもう結構です。では私は、失礼致します……!」


「おい!? 待て萌黄……! 何を考えている!! お前達、萌黄を拘束しろ!」


「いやです……! 私に触らないでっ!!」


 慌てて萌黄に掴みかかったメイド長を、萌黄は突き飛ばす。


「待て、萌黄っ! ぐっ!」


 萌黄の身につけていた魔道具が、陸一郎達を拒絶した。

 

 自分は自由だったのだ……!

 籍を入れてもいないのに一千万円の慰謝料など払う必要もない。

 それならば、陸一郎の言う事など聞くはずがない。

 誰が、陸一郎に懇願などするものか……!


「あなたなんか、微塵も愛しておりません……っ!」


 そう、愛しているのは……ただ一人……! 

 


 その時海斗は真白と対峙していた。

 真白を探し、蔵の前に立っていた真白をやっと見つけた海斗。

 

「真白さん……!」


「ねぇ……海斗さん。私って誰からも好かれる美しい容姿。愛される笑顔、可愛らしい性格……でしょ?」


「あの、兄が勝手に進めていた貴女との婚約の話ですが……」


「あの蔵……あれってどういうことなの……? 何がナメクジだらけよ……私を騙したのね!?」


「何故それを……どうやって鍵を開けたのです!?」


「あははは! 庭師の男よ! ちょっと舐めてやったら貸してくれたの。馬鹿でしょ?」


 まさか旧知の友まで、この女に惑わされてしまったとは!

 真白の魅了の力に、海斗は恐怖すら覚えた。

 

「汚らわしい……! 俺は貴女との婚約などできない!! きっぱりとお断り致します!」


「まぁ~私を騙しておいて逆ギレ? 素直になって? 海斗様~だって、こんなにぴったりな指輪を用意してくれていたんじゃないの。これって私への贈り物でしょう?」


 真白の薬指には、なんと呪われた指輪が嵌められていた。


「それは……!! 駄目だ!! それを離しなさい!!」


「ふふ……海斗様、少し我儘が過ぎるわ……貴方はどうして私を拒絶するの? 塾の送別会でも、萌黄が好きだなんて嘘言って……あの時から萌黄が更に憎くてたまらない!」


「貴女が萌黄姉さんをそこまで憎んでいるのは……俺のせい?」


 送別会で、真白を拒絶する際に『匠姫がずっと好きなんです』と言った事を思い出した海斗。


「私を拒絶した貴方を絶対手に入れると決めたの……そのために陸一郎に近づいた。あいつもずっと、萌黄に執着してたみたいよね? あんな女のどこがいいの? だから萌黄は絶対地獄に落とすって決めてたの」


「兄さんが……?」


「萌黄はボロボロにして、死より惨めな思いをさせて……そして貴方は私のものにする……まさか、留学から帰ってきてくれるなんて! 私のために……嬉しかったわ」


 狂気を感じた。

 何もかも、真白のためなどではないのに……全ての認識が歪んでいる。


 萌黄の結婚相手を陸一郎に決めたのも適当ではなく、彼の狂気を知っていた。

 寝取ったのも萌黄を地獄へ落とし、最後は海斗を手に入れるための計画だった。


「狂ってる! そんな計画を立てたところで、俺は貴女のものなどにならない! 萌黄姉さんは俺が守る!」


「狂ってるのは貴方よ。でも、そんなところも愛しいわ。でも貴方を狂わせた萌黄は絶対に許さない」


「萌黄姉さんは何も悪くない! その指輪は危険だ! 離してください!」


「イヤよ、これは私の物……あなたも私のもの」


 真白は指輪を離そうとしない。

 そこへ萌黄の声が聴こえてくる。


「……海斗さん……! 海斗さん!」


 萌黄は暗い影にいる真白の存在に気づかなかった。


「萌黄姉さん! こっちへ来てはいけない」


「海斗さん……! 私、私はまだ未婚だったのです!」


 つい、その言葉に海斗も驚いてしまう。


「え!? では、まだ兄が籍を入れていなかった……!?」


「はい……籍を入れろと懇願せよと言われましたが……逃げてきてしまいました」


「正解です! それで俺を探しに……?」


「はい……あの人の妻ではないとわかって……安心して……それで、海斗さんにすぐ言いたくって」


「萌黄姉さん……萌黄さん……っ」


 二人の手が触れそうになった時、萌黄は暗闇の憎悪に気付く。


「萌黄~~~~!! やっぱりお前が海斗様を誘惑したんだなぁーーー!! ぶち殺してやりたい!!」 


「ま、真白……!? ど、どうしてここに……え? 真白なの?」


 憎しみに満ちた顔の真白が叫んだ。

 そして一気に邪気が溢れ出す。

 指輪と真白の心が共鳴してしまった。


「あはは!! なんだろう!! 憎くて憎くて、すごく気持ちがいいわぁ!!」

 

「真白は一体どうしたんです!?」


「あの指輪を身に着けているんです! それは危険だ! 外すんだ!」


「私のカイト様ヲ誘惑した! モエギをコロスチカラがホシイ!!」


 真白が叫ぶ!

 真っ赤な光が、真白を包んだ。

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