~ペットの資格~
暗雲が立ち込めていた猫の飼い主探しは、数日後、予想外の好転を見せた。
「猫の引き取り先が見つかったよ!」
部長のその一言に、ユウキの胸の奥が一斉に弾けた。
部室に明るい空気が戻り、みんな思わず笑みがこぼれる。
「やっぱり私のイラストのおかげだね!」
沙羅は得意げに胸を張る。
「未確認生物をさがしてたのかな……」
沙羅ちゃんが無言で睨みつけてくる。
怖い!最近つい余計なつっこみをいれてしまう。
実は沙羅ちゃんを怒らせるのが楽しいとか、小学生みたいな気持ちになってるのだろうか。
いや、きっとこのお嬢様がつっこみたくなる発言をしすぎなだけだろう。
ユウキは、自分で心を納得させた。
「俺もネットで必死に飼い主探しただろ!」
「うん、うん。えらいよ、陽太くん」
「沙羅ちゃんに褒められるなんて生きててよかったー!」
(陽太君、高校でできた初めての友達だったのに、いつのまにか悪魔の手下になってしまったようだ。)
はしゃぐ二人を見て、部長がやわらかく目を細めた。
「ユウキくんも毎日よく頑張ったね。いろんな家を回って、本当に感心したよ」
「ありがとうございます!ひとまず、ほっとしました」
——みんなの必死の努力が報われてこれでやっと終わった。
そう思った瞬間だった。
部長のスマホが震え、彼女の表情がわずかに曇る。
嫌な予感が、胸の奥を静かにかすめた。
「……えっ? どういうことですか?」
声を低くして応対する部長。その間、部室の空気が張りつめる。
「実はね……猫の体調が、思ったより良くなくて。歩くのもおぼつかないらしいの。家の子どもが怖がってしまって、返したいって……」
言葉が落ちるたび、希望が少しずつ削られていく。
「そんな……せっかく見つけたのに」
「悪いけど、ユウキくんと綾瀬さんで引き取りに行ってもらえるかな?」
——また、猫の行き場所を失った。
せっかく行く当てもなくここにたどり着いたのに、
どこまで運の悪い子猫なんだろう。
腕の中で猫は小さく身をすくめていた。
その体重はあまりに軽く、今にも消えてしまいそうに思えた。
「どうしてこんなことに……お前、かわいそうだ」
校舎へ戻る途中、沙羅が歩みを止める。
「……残念だけど、もう難しいんじゃないかな」
その声は責めるでもなく、淡々としていた。
「えっ、どうして?」
「ユウキくんだってペットショップなら、少しでも健康な子を選ぶでしょ。弱っている命は選ばれないの。冷たいけど現実だよ」
事実を並べる口調。そこに感情は少ない。
けれど、覚悟だけがはっきりと滲んでいた。
「それは……そうかもしれない。でも……」
沙羅は視線を逸らさず続ける。
「正直、あの子の状態じゃ難しいって思ってた。もう頑張らないで、保健所に引き渡しなよ。——なんなら、私の手で」
予想もしていなかった沙羅の言葉に一瞬、時間が止まった。
「……なんてこと言うんだよ!」
もめたくはない相手、それは分かっているけれど、気持ちがたかぶって、つい声が裏返ってしまう。
猫が、驚いたように小さく鳴いた。
「傷ついたまま苦しみ続けるくらいなら、いっそ楽にしてあげたほうがいいよ。それも優しさの形なんじゃないかな」
「苦しみ続けてるかとか、沙羅ちゃんが決めることじゃない!」
「じゃあ、誰が決めるの?」
言葉が、喉の奥で詰まった。
反論したかった。でも、正解が見つからない。
「意思を示せない弱い存在は、優れた者が導くべきなの。私は、そう思う」
「……それが自分だって言うの? さすがにそれはおごりでは!?」
「そうかもね」
悲しげなのに、強い意志をもった揺るがない声だった。
どういう生き方をしてきたら、この歳でこんな考えに至るんだろう。
沙羅ちゃんのこと、まだわかった気になっていただけなのかもしれない。
「僕は、沙羅ちゃんみたいに賢くない。でも……どんな命でも、最後の最後まで希望があるって信じたいんだ」
長い沈黙が続く。
何を考えているのだろう。
気にはなるけれど、ユウキも言葉が出てこない。
少し経って、沙羅は猫から視線を外し、校舎の影を見つめた。
「……わかったよ。そこまで言うなら協力してあげる。でも、失敗したら最後に傷つくのはきっと君のほうだよ」
「それでもいい。ありがとう、沙羅ちゃん」
その言葉にほっとした。
ユウキも沙羅の家庭も今は生き物を飼う余力がない。
沙羅に嫌われる恐れより、今はただこの子を協力して助けてあげたい一心だった。
猫は、かすかな声で鳴いた。
生きたいと助けを求める声なのか、苦しみから救われたいだけなのかは分からない。
ただ——
この小さな命は、確かに今も息をしていた。
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