~遅刻した朝と涙目のヒロイン~
ユウキとおばあさんは、手をつなぎながら歩きはじめた。
ゆっくり、一歩ずつ。
けれど、おばあさんの足取りはあまりにおぼつかなくて、ふらりと身体が傾いた瞬間――
「わっ、大丈夫ですか!?」
ユウキが慌てて支えようとした、そのとき。
ふいに、細い腕が脇からすっと伸びてきて、おばあさんの身体をしっかり支えた。
「……っ、沙羅ちゃん!?」
驚いて顔を上げた先にいたのは、制服のリボンを少し乱したままの沙羅だった。
息を切らし、額に汗をにじませながらも、毅然とした表情で立っていた。
「学校に行ったんじゃなかったの?」
沙羅はふっと目を伏せ、少しだけ唇を噛むような仕草を見せた。
けれど次の瞬間には、いつもの調子を装うように言った。
「……さすがに、ほっとけないでしょ。ここまで来たんだから、最後まで付き合うわよ」
沙羅は肩越しにそう言い、そっとおばあさんに笑いかける。
その笑顔は、普段のからかい混じりのものではなかった。
まるで、花がひらくように柔らかくて――温かかった。
「ありがとうねえ……二人とも、ほんとに……」
おばあさんが、何度も頭を下げる。
その声は震えていた。きっと、身体だけじゃなく心も不安だったのだろう。
そんな中での、思いがけない優しさに、胸がいっぱいになったのかもしれない。
歩幅を合わせ、ゆっくりと道を行く三人。
歩きながら、おばあさんがふと不安げにつぶやく。
「……ちゃんと診てもらえるかしら。最近、はじめての病院ばっかりで……」
すると沙羅がそっと微笑んで答えた。
「この病院なら大丈夫ですよ。昔、私も入院してたことありますから。看護師さんも先生も、すごく優しかったです」
「……沙羅ちゃんでも、入院することとかあるんだね」
「なにそれ、どういう意味!?」
沙羅がユウキの耳をぐいっと引っ張る。
「いたた、ごめんてば~!」
「あっ、ごめんなさい。このバカが余計なこと言うから……」
「いえいえ、仲良さそうでなによりですよ」
おばあさんが微笑む。
「な、仲良いだなんて……!」
沙羅はほんの少しだけ、顔を赤らめながら目を逸らした。
やがて、西の森病院の看板が見えてくると、ほっとしたようにおばあさんが呟いた。
「ここです……ありがとうねぇ……ほんとに……」
病院は、落ち着いた色合いの建物に、季節の花が並んだ玄関先が印象的だった。
院内には新しい設備が整い、スタッフもきびきびと動いていて、全体に信頼感が漂っていた。
遠くからでも足を運びたくなる気持ちがわかる気がする。
おばあさんも安心して治療がうけられるだろう。
病院のスタッフが出迎えに来てくれて、車椅子を持ってくる。
おばあさんはそれに乗り込み、何度も何度も振り返りながら、2人に手を振っていた。
その姿が見えなくなってから、しばらく二人は無言で並んでいた。
通学路とは反対の方向にある病院の前で、いつもの朝とはちがう時間が流れていた。
「……いいことしたわね」
「うん……でも、もう遅刻は確定だね」
ユウキがぼそっと言うと、沙羅が小さく吹き出す。
「ほんとにお人好しなんだから、自分が損してまで人助けなんて今時、はやらないよ」
「沙羅ちゃんも助けてくれたんだから仲間じゃないか」
「ばかね~、私は流れで手伝っただけです!」
そんなことを言いながらもその瞳は少しだけ優しく揺れていた。
*
「すみません、道に迷ってる人がいて……」
教室に駆け込んだユウキが、息を切らしながら言う。
「見えすいた言い訳を言うな!」
授業中だった教師の声が響く。
教室の空気がピリッとする中、沙羅が静かに話しかける。
涙目で、でもどこか計算されたような表情で――。
「ごめんなさい先生。困ってる人を放っておけなくて……」
一瞬の沈黙の後、
教師の眉がピクリと動く。
「……そこまで綾瀬が言うなら、訳ありなんだろう。これからは気をつけろよ」
「ありがとうございます!」
教室がざわめく中、沙羅はユウキの腕を引いて席に戻る。
そして耳元で小声で言った。
「ふふん、私がいてよかったでしょ? 男の先生なんて簡単なんだから」
「沙羅ちゃん、あざとすぎ!」
彼女は得意げに笑った。
その顔を見て、ユウキは思わず苦笑する。
どこでそんな迷演技、おぼえてきたのさ。今からこれじゃ、将来が心配だよ……と心の中でツッコみつつも、
なんだかんだで、その笑顔には毎回負けてしまう自分がいた。
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