~死なないウサギ~

沙羅がふいに、小さくつぶやいた。


「……ユキちゃん」

「え?」


ユウキは思わず顔を向ける。


沙羅は指先を伸ばして、ガラスケースの奥を示した。


「ほら、あそこ。ユキちゃんがいるよ!」


視線の先には、真っ白なウサギが眠そうに丸まっていた。

長い耳をぴくぴくさせながら、のんびりまぶたを閉じている。


「おー……ほんとだ。かわいいな」

「でしょ? それに耳の先だけちょっと灰色っぽくない?ユキちゃんもそうだったんだ」


ガラスの向こう、丸まった白い毛玉が小さく身じろぎした。その耳の先が、確かに灰色がかっているのが見える。


沙羅は懐かしそうに目を細める。

ほんの小さな特徴なのに、彼女には強い印象として残っているらしい。


「そんな特徴があったんだね」


ユウキは思わずつぶやいた。沙羅の観察眼に感心しながらも、そこに宿る思い入れの深さを感じ取る。


「あの眠そうな目もユキちゃんっぽいんだな〜ユウキくんにも似てるよ!」

「それって……褒めてるの?」

「かわいいからいいじゃん!」


沙羅は子どもみたいに笑った。けれど次の言葉は、少しだけ違う響きを持っていた。


「でもね、ほんとに久しぶりに会った気がするなあ……ユキちゃんに」


ユウキは目を瞬かせる。


「……飼ってたウサギのことだよね?」

「そうそう。だから、この子を連れて帰って“ユキちゃん”って名前をつければ――前のユキちゃんがまだ生きてるのと同じじゃない?」

「いや、それは……ちょっと違うんじゃないかな」

「そんなにかわんないよ〜」


ガラス越しに見える白い毛玉は、相変わらず眠そうに耳をぴくぴくさせている。

その姿は愛らしいはずなのに、沙羅の声にはどこか空虚な響きがあった。


沙羅は小さく息を吐いて笑ったが、その瞳はほんの少し翳っていた。


「だって親から見たら、私だってそんなもんだしね」

「え……そういう意味?」

「言葉のとおりだよ~」


ふふっと笑う。けれどその笑みは、どこか寂しさを含んでいるように見えた。

ユウキはどう返せばいいのか分からず、ただその横顔を見つめた。


「ユキちゃん、今度は良い人に飼ってもらうんだよ」

そうつぶやくと、やがて沙羅はくるりと振り返る。

「そろそろ行こっか。ユキちゃんを見せたかったんだ。……かわいかったでしょ?」

「……うん。ありがとう」


そう答えたユウキの言葉に、沙羅は満足げに微笑んだ。

ふたりは店をあとにする。


外に出ると、空はもう夕暮れから夜へと移ろい始めていた。


ペットショップでの時間は確かに楽しかった。

けれど――沙羅の言葉は、小さな棘のように胸に残り、どうしても消えなかった。

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