~リクガメと憧れ~

★これまでのあらすじ

名門光星学園に入学したユウキは、幼なじみの沙羅と再会した。

不思議な縁に導かれるように、ふたりは少しずつ距離を縮めていく。

この日は放課後、沙羅に誘われてペットショップへ――。


*


「あの、沙羅ちゃん、今日ここに来たのって……アヒルを見せたかったから?」


ユウキが半分冗談で言うと、沙羅は口元に小さな笑みを浮かべて、ひらひらと手を振った。


「え、ちがうよ~」


その声がやけに軽くて、ユウキはそれ以上考えるのがばかばかしくなる。


ただ、彼女の隣にいる今が心地よかった。


代わりに彼女の視線が店の奥で止まり、ぱっと瞳が輝いた。


「わっ、ユウキくん見て! あそこ、大きなリクガメがいるよ!」


ペットショップの奥に広がる低い囲いの中。


そこでは大きなリクガメが、のしのしと床を歩いていた。


甲羅は日だまりを背負ったみたいに鈍く光り、足取りは遅いのに、どこか堂々としている。


沙羅が駆け寄り、柵のそばで身を乗り出す。


リクガメは置かれたレタスに頭を突っ込み、ムシャムシャと音を立てて食べ始めていた。


「おお……すごい!あんなにのんびりなのに、食べ方はめっちゃ真剣だね」


「ね、かわいいよね。のっしりしてるのに、葉っぱをかじる姿が一生懸命で」


沙羅は頬をほころばせ、夢中でその光景を追いかける。


ユウキもつられて見ていると、確かに癒される気がしてきた。


「……私もあんなふうに、のんびり生きてみたいな~」


リクガメを見つめながら、沙羅がぽつりとこぼす。


その横顔は、冗談にしてはほんの少しだけ寂しげで、ユウキは返事をためらった。


「それも……まあ、いいんじゃないかな」


そう言うと、彼女はすぐにこちらを振り返り、にやっと笑った。


「ユウキくんなんて、もうのんびり生きてるでしょ」


「ひどっ!? 僕そんなイメージなの!?」


ユウキが抗議すると、沙羅はけらけらと笑い、両腕をがに股みたいに振って、のっしり歩くリクガメの真似をしてみせた。


その仕草があまりに大げさで、つい笑ってしまった。



「でもさ、この子って泳げるのかな?亀だし」


「どう見ても無理でしょ。甲羅が重そうだよ」


「それもそうね。亀なのにユウキくんみたいに泳げないか~」


にやっと笑う沙羅。



「ちょっ……また馬鹿にして!泳げるし!」


「ほんとに? それは意外。でも私には勝てないと思うな~」



挑発めいた声に、胸がチクリとした。


ずっと彼女には敵わないって思ってきたけど、こうやって面と向かって言われると男としてはさすがに悔しい。


負けたくない――そんな気持ちが、思わず胸に芽生えていた。



「やってみないとわからないでしょ! ……じゃあ夏になったら競争しようよ!」


「いいよ~。楽しみ。ユウキくんが必死に頑張ったのに悔しがる姿、早く見たいな」



リクガメは知らん顔でレタスを食べ続けている。


のんびりとしたその姿と違って、ユウキの鼓動は速くなっていた。


——夏。


その言葉に、胸の奥がじんわりと熱を帯びる。


もし本当に、夏まで今みたいな関係で一緒にいられたら……。


想像しただけで、未来がほんの少しだけ輝いて見えた。


リクガメは今ものしのしと歩き、葉をかじり続ける。


そんな変わらない姿を見ていると、自分たちの時間は少しだけ速く進んでいるように思えた。


もしかしたら、ずっと憧れていた夏の景色にも近づけるかもしれない。


そんな期待を抱いてしまっても、いいのだろうか。


ユウキの胸の内を知ってか知らずか、沙羅はただ無邪気にペットショップの生き物たちへ視線を向けていた。

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