間話 縁の下の力持ち その2


 乾燥した張り詰めた空気。そのときようやく、言葉ことはは目の前の老人――えにしがただ者でないことに気付かされる。そして、自身の銘力でありったけの弾を作りあげた。


「じじい。眠れ眠れ眠れ眠れ眠れ」


 五発の弾丸をデモンストレーションのときよりも数段速いスピードで装弾し、撃鉄を下ろす。

 そして、すぐさま縁へ二発。発砲した。

 

 縁は銃先が自身に向いた瞬間。先刻自身の隣へ移動してきた椅子を盾にしつつ、老いた風貌からは想像できない俊敏さで横回転し銃撃を回避した。

 

 弾丸を受けたはずの椅子にはなんら変化は起きない。

 椅子に背を預け、縁は射線から身を隠した。


「蓮根銃とは、若いのにええ趣味やな」


「どうも」


 言葉は弾倉に込めた残りの三発を牽制に使用した。雑に撃った弾は、椅子に命中するが、やはり何も起こらない。

 言葉は縁に聞こえないボリュームで呟いた。そして、新たな弾丸を生み出し再度装填した。


「――――――」


 カチャリ――リボルバーのチャンバーを下げる音だけが室内に響く。


 すると間髪入れずに発砲音轟いた。

 縁が盾にしていた椅子が四方八方に弾け飛ぶ。

 

 ――まず、1発目。

 

 縁は発射段数をカウントしながら、椅子が大破すると同時に、言葉へ向かい走り出した。

 

 銃を所持していても言葉は所詮素人。命中精度はさほど脅威にならない。ましてや、動く的に当てることはプロでも容易ではないことを縁は知っている。

 さらに、数々の修羅場を潜ってきた縁の経験がここで活きた。拳銃を手にした相手との戦闘も幾度となく乗り越えてきた彼は、銃口の向きや射手の傾向から弾道の予測を可能にした。


 撃鉄を下げ次弾の射撃準備を終えた言葉を縁は目視する。


 ――次は、右肩やな。


 縁は鈍い駆動音をかき鳴らしながら、右へ左へと動き回り、言葉との間合いを駆け抜ける。

 

 そして、ずばり縁の読み通り。弾丸は右肩近くを通り過ぎていった。


 ――2発目。わかりやすい、わかりやすい。


 言葉と縁の距離は瞬く間に詰まる。

 だがしかし、三発目を撃つべく、言葉はすでに撃鉄を下し引き金に指をかけていた。


 ――いくら素人でもこの距離は必中……。

   さすがに一旦隠れるか。


 仕留め切るには至らないと判断した縁。銃撃を回避するため、受付のガラスを縁が蹴破る。と同時に、言葉はトリガーを引いた。

 ガラスが割れる甲高い衝撃音と鼓膜を突き刺す発砲音が重なった。


 ――これで、3発目。


 弾丸はひらりとなびく縁の服をかすめ、何事もなかったように消失した。


 ――ギリギリセーフやったか。危ない、危ない。


 縁は受付から管理人室に飛び込むやいなや言葉の死角に潜み、息を凝らした。

 今しがた蹴り破った窓口から言葉が真下を覗き込みでもしない限り、補足されない位置に身を隠した。


 つい先ほどまで銃声が鳴り響いていたとは思えないほどに部屋は静まり返った。

 

 両者の間に緊張感が走る。

 縁は息を殺し、言葉は固唾を飲む。


 言葉は縁に行動を探られないように足音を消してゆっくりと歩を進めていた。一歩、一歩と亀の如きスピードで縁が潜む受付へと近づいていた。


 ――おっさんが、手間かけよって。


 バツの悪そうに顔をしかめた言葉は銃口を縁が飛び込んだ室内に向けて注意深く、慎重に管理人室の中を見渡していく。

 決して銃身も自身の身体も部屋の中には入れはしない。一定の距離を確保して死角を1つ1つ入念に潰した。


 ――最後はこの真下だけ……。


 残る死角は受付の真下。壁裏のみ。

 言葉は恐る恐る近づき、ついに覗きこんだ。


 しかし、そこに縁の姿はなかった。


 ――クソっ、ここにもおらん……!

   あいつ、どこ行きよった!


 刹那――左斜め後方からビル全体を揺らすような轟音が言葉の鼓膜に伝わった。

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