間話 縁の下の力持ち その1
作戦結構前夜。
哀愁を漂わせながら昇降機に消える言葉の背に、違和感を感じ取った時雨は流師の部屋の扉を叩いた。
軽くノックすると、すぐに扉は開いた。流師は無言で身を引き、時雨を招き入れる。部屋の中央に置かれた机を挟み、流師は奥の椅子に腰を下ろす。時雨も正面の席に着いた。
「班長。今、言葉さんが出ていきましたけど大丈夫ですか? もしかして、一人で"アウェイキング"のとこに向かったんじゃ……」
「おそらくそうでしょうね」
「え!? 急いで止めに行かないと」
「大丈夫ですよ」
「なんでですか!? 言葉さん一人で、"アウェイキング"の銘力者三人を相手に勝てるんですか?」
「おそらく負けるでしょう」
その一言に時雨の心臓が跳ねた。
「なら、止めやんと! 僕、今すぐ追いかけます!」
「その必要はありません。
「縁さんって、管理人さんですよね。年配の方に何させてるんですか!」
時雨の語気が荒くなる。だが流師は、涼しげな眼差しを向けるだけだった。
「時雨君は知らないんですか」
「何をですか?」
「管理人——元第一班副班長
「管理人さんって元特課だったんですか!
しかも、副班長って……」
思わず声を裏返らせる時雨。その驚きを、流師はどこか誇らしげに受け止めた。
「冷戦期。人知れず日本はソ連の銘力者達による侵攻を受けました。他国からの援軍は間に合わず、自国での対処を余儀なくされました」
時雨の想像は追いつかない。しかし流師の声色は、それが紛れもない事実であることを告げていた。
「多大な犠牲を払いましたが、縁さんの班だけは死者を出しませんでした。縁さんは”縁の下の力持ち”を座右の銘に、支援役として班全体を底上げした立役者です」
「そんなことが……
でもそんな優秀な銘力者なのに、どうして管理人をしているんですか?」
「日ソ銘戦で重症を負い現役を退いた縁さんは、特課の事情に精通した頼れる存在。なので今は、特課ビルの管理人として支えていただいています」
「だから言葉さんの件は縁さんに任せても大丈夫ということですね……」
「そういうことです。なので、気にせず私達は明日に備えるとしましょう」
「そうですね……」
流師から事情を聞き、時雨はようやく肩の力が抜けた。しかし、胸の奥のざわめきは消えない。
そんな中、突如部屋が揺れた。破壊音が二人の鼓膜に伝わる。顔を見合わせた流師と時雨は一目散に部屋を飛び出した。
***
昇降機が一階に到着し言葉が降りると、強化ガラスでできた防犯扉の向こう。エントランスホールに、縁が出口を防ぎ仁王立ちしているのが見えた。言葉が近づき、扉が自動で開くと、縁がなだめるように声を発した。
「君が
「おっちゃんの相手するほど余裕ないんや。どいてくれ」
縁は優しくも毅然と言葉に帰るように促す。
しかし、言葉は聞く耳を持たない。煩わしそうに、そこをどけと手をヒラヒラと煽った。
「先走る若者をなだめるのも老人の勤めなんや」
「俺も銘力者や、そこどけ。不必要に誰も傷つける気はないんや」
言葉はせわしなく足の裏で床のタイルをタップする。言葉は許せなかった。妹を殺した輩が今ものうのうと生きていることが。一刻も早く"アウェイキング"の元へ行き、借りを返さなければならない。部屋でじっと待つことなど、言葉にはできなかった。
「じっとしてられへんのもわかる。せやけど、一人では行かせられへん」
「そんなに俺のことが心配か? なら安心させたる。俺の強さを、証明してな」
痺れを切らした言葉は袖を捲り上げ臨戦態勢に入る。すると、言葉の右手にどこからともなくリボルバーが現れた。
「俺の座右の銘は、
"Words are loaded pistols."
意味は、言葉とは弾丸が装填されたピストルである」
そう言うと言葉は自分の口元に空いている左手を寄せ呟いた。
「椅子。ゆっくり前に動け」
言葉が言い終わるやいなや、口元に寄せた左の手に弾丸が握られていた。言葉は縁に見せつけるように、銃を手にした右手首のスナップで円筒に5つの穴が空いたシリンダーを開放し、弾を込めた。
そして、再度手首をスナップしてシリンダーを銃身に固定。親指で撃鉄を倒し、エントランスに並ぶ椅子へ照準を定め、言葉はトリガーを引いた。
弾丸を正面から受けた椅子は、本来なら後ろへ弾き飛ぶはずだった。だが言葉が口にした通り、ゆっくりと動き出した椅子は、縁の右斜め前でぴたりと止まった。
「これが俺の銘力や。対象と現象を言葉にして弾丸に変える。設定した対象に弾が当たれば、俺の発言は必ず実現する」
銃口から立ち昇る煙に息を吹きかけ言葉は告げた。
対する縁は、言葉の力を目の当たりにしても表情1つ変えなかった。
「必ずか……なるほど。良い銘力や」
「これでわかったやろ? お前が勝てる道理はない。ほんま、ええ加減どけや。殺すぞ」
言葉の語彙が強くなる。深く被ったキャップで目元は見えない。
しかし、縁は見えないはずの鋭い視線を感じとった。だがそれでも歴戦の雄が怯むことはない。迎え討つ決意を固め、襟を整えた。
「道理はない? 殺すぞ?
頭冷やさんかい。昔からそうや、口で言うても分からんアホには力づくや」
「ならお言葉に甘えて、アホになった老害に教えたるわ」
言葉は縁に照準を定めた。
シルバーの銃口が冷たく光る。
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