間話 縁の下の力持ち その3
――クソじじい、また壁を蹴り破りやがった!
言葉の視線の先。
飛び散る重厚なコンクリートの破片の中、木製の小刀を手にした
縁が小刀を振り抜く寸前。
言葉は目の前の壁に向け
――数発。対象をクソジジイにしてなくて正解やった。やっぱあんた、只者じゃないわ。
言葉は開けた穴めがけ前転をし管理人室に入室した。
縁の刃は粉塵を巻き上げ空を斬る。
言葉は捉えた。
前転の最中。
後頭部から首が床に接地したとき。
先刻まで自身が立っていた場所に、まさに今、虚空を引き裂いた縁がいることを。
この好機。
逃す男ではない。
――こんな俺を気にかけてくれて嬉しかったで。ありがとう。ほな、またな。
そして、言葉は縁に向かい最後の弾丸を放つ。
放たれた最後の
しかし。
誘い込まれたのは、縁。
否。言葉であった。
「言葉君はホンマに優しい男やな」
待ち構えていたぞと、縁はほうれい線を一層深くした。そして、言葉が最後を託した弾丸は、まるで吸い込まれるように縁が胸元で構えた小刀へ着弾した。
言葉が込めた想いは、音もなく空気に消える。虚しく、そして儚く散っていった。
言葉は歯を食いしばったのち、力を抜くように笑った。
「なんでお見通しやねん」
「5発目。弾切れや」
現実を告げるように、縁は冷たく言い放つ。大の字になった言葉へ、縁の鉄拳が振り落とされた。
――クソが……。喧嘩で負けたんはいつぶりや。
無数の古い傷跡と皺を携えた拳を視界いっぱいに捉え、言葉の記憶は途絶えた。
***
「凄い音でしたけど大丈夫ですか? て、えぇ!?」
「また派手にやりましたね、縁さん」
縁が言葉に鉄拳制裁を下してすぐに、
縁は息一つ切らさずに笑顔で二人を迎えた。
「おー! 二人とも丁度ええとこに来たわ!」
「言葉さん、大丈夫ですかこれ……」
真っ赤な手形を顔の中心にこさえた言葉を見て、時雨は心配そうに駆け寄った。
「気絶してるだけや。大丈夫、大丈夫」
「ありがとうございます。お手数おかけしました」
「こんくらい構わんよ! 後進育成も仕事のうちやな」
流師と縁は意識を失っている言葉を気にもせず飄々と話し始めた。
「彼はどうでしたか?」
流師の質問に白くなった無精ひげをさすりながら縁は答えた。
「悪くない。ただ心許ない。根が優しんやろうな。言葉選びと射撃箇所が甘い。近距離なら刃物の方が強いからしっかりと距離を取ることと、弾丸の数に工夫がいる。どうしてもリロードの隙が大きすぎるわ」
「ありがとうございます。伝えておきます」
二人の会話が一区切りしたのを確認して時雨が口を開いた。
「あ、あの……」
「どうした、日々生くん?」
言葉を選びながら恐る恐る話す時雨に、縁はあっけらかんと話す。
「この管理人室と隣接している、武器がいっぱい並んである部屋はなんですか……」
「そこは、万が一の部屋やで。管理人室の物陰から入れるようになってんねん。今回もそこに忍びこんでこの小刀を調達して、壁を蹴破って後ろから襲たった! 度肝抜いた言葉君の顔みんなに見せたかったわ!」
「蹴破る!? この分厚い壁をですか!」
「せやで、ほらこのたくましい脚でな。これのせいで現役引退したけど、パワーだけは増したわ!」
縁はそう言うとズボンの裾を捲った。そこには鈍く輝く金属製の義足が装着されており、縁が自慢げに叩くとカンカンと高音を響かせた。
「ほんじゃ、言葉くんのことは頼んだで」
「「はい、ありがとうございました」」
身体を張った大先輩に礼を伝え。気絶した言葉を担ぎ二人は部屋に帰った。
一人になり縁は改めてエントランスホールを見渡した。
「にしても、この壊した内装。経費で落ちるんかな……」
ボロボロになった室内に苦い笑みを浮かべる縁であった。
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