第15話 雨のように降り注ぐ不幸は底に
「君は言うなれば歩く災いだ。だが、それは君自身の業ではない。その元凶たる者たちが敷いた道だ。私は君の敵ではない。それだけは信じなさい。」
その言葉を残して、エア国王は船に向かって行く。
言葉を返すことが出来ない。
船に向かおうとするロスがすれ違いざまに呟いた。
「お前は優しい奴だ。だから俺を許すな。」
「...優しくなんてない...だって君のやったことを許せない。だけど嫌いにはなれないよ...ねえロス、また会えるよね?もう敵じゃない僕たちで!」
振り返って見えたのは、小さく手を上げた戦友の後ろ姿だった。
その傷だらけの背中にこれから幸せが降り注いで欲しい。もう旅をする必要もない。もう血に塗れる必要もない。セントリアで平穏な普通の暮らしをしてほしい。そんな想いを胸に見送った。
ザザン兵を乗せたセントリアの船が遠ざかっていく。
静けさを取り戻したナンス海岸。
残ったのは大きな代償だけ。
ふっと脚の力が抜けた。重力のまま砂に膝をつける。
エア国王の言葉が頭から離れない。
「これじゃ否定なんて出来ないな...。」
「ソルト王?」
不安そうな声と共に温かい手が肩に触れた。
顔を見なくても分かる。
僕はセナを見上げた。
太い眉を八の字にして、心配そうに覗き込む大きな緑色の瞳。
「怪我してるんすか?」
「僕は全然。さあ片付けようか...。」
重い腰を持ち上げようとする。
セナの腕がぐいっと伸びて手首を掴んだ。
「よいしょっ。」と引っ張り上げられる体。
「ご無事でよかったす!!てか、姉ちゃんが居ないって騒ぎになってて...」
「ユナが?」
「ラウルさんも見当たらないみたいっすよ?」
「分かった。ふたりを探してみるよ。ラウルはああ見えて慎重だから、どこかに隠れているんじゃないかな。」
「フッ意外っすね。姉ちゃんは心配性だから一緒にいるんかもしれないっすね。」
セナと別れアロン伍長の元に行く。
「アロンさん...その傷大丈夫ですか?」
腹部の大きな傷は赤黒く固まり、その中心だけがまだ血を垂れ流している。
「死にはしないさ。ノヴァの死に顔を拝まないとな。」
「肩を貸しますよ。」
「結構だ。そこまで弱ってはいない。片付けなど私達兵士で十分。それよりもあなたは早く彼女の元へ。」
固くて大きな手のひらが背中を強く押した。
「ありがとうございます。」
せっせと怪我人を城へと運んでいく兵士達。
その人の列をクリフが走って追いかけている。
城に向かおうとするファボとスーと目が合った。
僕はふたりを呼び止める。
「ファボ、スー、今日は街の人全員分のご飯を作ってくれないかな?勿論、二人でとは言わないからさ。」
ファボとスーは顔を見合わせた。
「王様の指示じゃしゃあねぇな!今日は気合い入れてみんなに美味いもん食わせてやんよ!」
「にいちゃん漢すぎィ♡んじゃスーも気合い入れて作る〜!なにがいいかなぁやっぱりニンニクたっぷり?」
「いいねぇ!心も体も温めるなら生姜もたっぷり熱々系だな!」
「んじゃっ食材探してこよ〜っ!」
「うしっ!みんなが死ぬ気で戦ってくれたからな!今度はおれたちの番だぜ!」
意気揚々と走って行くふたり。
僕は辺りを見渡した。
慌ただしく行き交う人々。
レノアの姿が見当たらない。
「アルル!」街の人々と一緒に死体を運んでいるアルルを見つけては手招きをした。
ぴょんぴょんと跳ねるように駆け寄って来るアルル。ふたつのお団子が一緒に上下している。
「お呼びでしょうかご主人様っ❤︎」
「レノアに伝言を頼んでもいいかな?」
「ぜひアルルにお任せください❤︎」
「じゃあ、治療に携わらない人達を厨房に集めるよう伝えて。今日はファボ達に全員分のご飯をお願いしてあるから。」
「かしこまりましたっ❤︎」
「頼んだよ。」
アルルに小さく手を振って走った。
ラウルのことだから、西部の森に行く筈は無い。
一番安全な場所。それはステラ高原のある東部。
辺りは薄暗く、もう日は落ちきった。
「早く見つけてあげないと。」
ステラ高原に向かって走っている途中、ナンス海岸の端が微かに見えた。
見晴らしの良い高原にいるなら、全てが終わったことに気付いてもおかしく無いはずだけど...。
奥の森まで逃げたのか?なら尚更急がないと見つからない。
僕はいちだんと速度を上げた。
額に滲む汗。冷たい空気が肺に入っては押し出される。
ハッハッハッハッ。
呼吸をする度に乾いていく喉。振り続ける手脚。
ステラ高原に着き一度脚を止めた。
ハァハァ...ハァハァ...。息を整える。
暗い。奥へ奥へと広がる広大な草原。
その先は闇が口を開けて待っているようだった。
この先の森にいるのか...?
重苦しい雲が飲み込もうと迫り来る。
見渡す限り何も無い。そこに僕だけがポツンと立っている。
ポツリ。ポツリ。冷たい雫が頬を伝った。
上を見上げる。
真っ暗な空からそれはポツポツと落ちていた。
考えている暇は無さそう...急ぐか。
森を目指して走ろうとした時。声が聞こえた。
「こっちだよ。」
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