第17話 新たな王

コンコンッ。「...でしょうか?」

扉を叩く音に目を覚ました。重い瞼を擦る。

コンコンッ。

「失礼してもよろしいでしょうか!」

はっきりと聞こえたレノアの声。

「は、はい!どうぞ!」

あまりの圧に、声が裏返ってしまった。

「失礼いたします。」

扉を閉めて、黒髪を左右に振りながら向かってくるレノア。

「よく眠れましたか?

クリフから怪我の状況は聞いております。

私としても無理をさせたくはございませんが...本日はしっかりお時間を頂戴いたします。」

「は、はい。」

レノアの言葉遣いはとても綺麗なのだが、語彙にはどこか圧力を感じる。

気が強い性格なんだろうな...。

頭の中で、彼女の人柄予想図を広げる。

「本日、午後4時に戴冠式を行います。

準備は整っておりますのでご安心ください。」

「午後4時?今は...?」

「ただ今、午前11時です。」

小さい頃。父に"時間"について教わった。

世界には"時計"という時間を明記する機械があるそうだ。

それがこの城にあるのか?

ユナの家では見た事が無かったけど、街の人はどうやって時間を知るのだろう?

「この国には時計があるの?」

「勿論。ひとつはこの城に、もうひとつはステラ高原の先にある教会にございます。」

レノアはそう答えると、ハッとしたような表情を浮かべた。

「国民は正確な時間を知る術がございません。その為、祭事の30分前に城の屋上から狼煙を上げます。それを見た国民が急ぎ足で集まってくるのです。」

驚きだ。恐ろしいほど話が円滑に進んで行く。レノアは、相手の言葉や表情からその本意まで読み取ろうとしているのかな?

そんな事を考えていると、レノアが急ぎ早に口を開いた。

「王になる上での【教養】【立ち振る舞い】等は明日から毎日8時間かけて、私が落とし込みますのでご安心ください。

本日は、この国の歴史・内情のお話をさせて頂きます。」

8時間か...。1日の三分の一も僕に付き合ってくれるなんて...レノアは優しいんだな。

「よろしくお願いします!」

僕はスッと頭を下げた。

そんな僕を見たレノアは、そっと溜息をついて髪を耳にかける。

「今後、国内で一切の敬語を禁止させて頂きます!この国では王こそが最上位なのです。貴方が下の者に敬語を使うなど言語道断です!」

レノアの顔がグイッと迫る。

「は、はい...。」

「け・い・ご!!!!」

「厳しく注意させて頂きます!貴方は本日から国王なのです。威厳を見せてください!!」

「はは...威厳か...頑張るよ。」

「コホンッ。少し、強く言い過ぎてしまいましたが、私は貴方を敬服しております。

変えたいと思う事は誰にでも出来ますが、実行する勇気は持てないものです。私もその1人でした。

それに、貴方は人を惹きつける魅力もございます。その不思議な魅力にロザリウス様とセナは惹き寄せられたのでしょう。」

「ありがとう。レノアがそう言ってくれるなら少しは自信が持てるよ。」

レノアは少し耳を赤くしてそっぽを向いた。

「あなたの魅力は国民にも伝わるはずです...。」

レノアは、ごにょごにょと口を動かしているが全然聞こえない。

「レノア??」

「なんでもございませんっ!!

時間も迫っておりますので始めますよ!」

「あ、は...。」 "敬語‼︎" 頭の中のレノアが僕の脳をピシッと叩いた。

「...お願い。」

「200年以上前...(以下省略)」

1時間以上は経っただろうか。

レノアが話した歴史とやらを百分の一に纏めると..こうだった。

学者ステラ=テラを国王とし建国。

北部の地層にしかない希少な地底石を発見!

特別な力を持つ地底石を奪われないようにと

完全な鎖国状態を築く。

ステラ=テラ2世とやらが神への信仰を説いた。

「王家は神が認めた一族だ。みんなは神が決めた運命に従いなさい。」みたいな思想を広める。

以降、ステラ家・レノア家・クリフ家の三家がこの国で権力を有している。

先先代のなんたら5世は、敵国が攻めて来る夢を見て、武力強化に力を入れ始めた。

5世自ら二度の他国遠征に向かう。

一度目は、9年前アルマン大国へ。当時7歳だったマルル族の子孫、シュガ君を連れて帰って来る。

二度目は、5年前フェルシア大国へ。国王含め、誰も帰らず。

前国王6世が「父は敵国に殺されたー!」と言い広める。より強固な鎖国体制を築くために年貢の取り締まりを強化したとさ。

「一連がこの国の誕生から現在です。

レノア家には開国当初からの書記や、他国の記録が多く残されております。もし、気になる事があればいつでも仰ってください。」

「全部詳細に覚えた。とは言えないけど、大まかな歴史は分かったよ。」

「では、晴れ舞台へ向かいましょう。」

部屋を出るレノアの後を追う。

もうそんな時間なのか。

心の準備がまだ...

ユナの顔が脳裏を過ぎる。

こんな形で再開することになるなんてな...。

「こちらへ。中で皆さんお待ちです。」

目の前に立ちはだかる大きな扉。

煌びやかな黄金の装飾に、主張の激しい色とりどりの宝石。

ここまで派手だと、作り手の感性を疑ってしまう。

「こちらは、祭事にのみ使われるお部屋です。

丁度城の中心にございまして、城前広場を一望出来ます。中も大変美しい装飾が施されておりますよ。」

「あはは...美しいね...。」

レノアの感性もだいぶ尖っているんだろう。

いや、僕の感性が乏しいのか。

レノアが開いた扉の先には、美しい装飾よりもずっとずっと嬉しい顔ぶれが揃っていた。

「ロス。セナ。シュガ君とクリフさん。」

「さんは要りませんよ。クリフとお呼びください。」「僕もシュガで結構です。」

僕は苦笑いしながら頭を掻いた。

シュガは全然呼べるとして、クリフさんは恐ろしいお人だからな...。

あの日の出来事を思い出すだけで今でも鳥肌が立ってしまう。

「相変わらずタフな奴だな。」

ロスが僕を見て鼻で笑った。

「あはは...ロスと会ってから、いつもボロボロだよ。」

「ふっ。死神の前で生きているだけ幸運だ。」

「ほんと、有難い有難い。」

目を細めてロスを見る。随分綺麗な死神だ。

「そう言えば、セナ...。ユナとは会った...?」

僕はセナの方を向く。

セナは、何か言い出し辛いことでもあるのか

クネクネと身体を捩る。

「えと...今朝会いました。母さんの死を伝えるために...。姉ちゃんはまだ受け入れられないみたいで...その...。」

僕は静かにセナの言葉を待つ。

「俺は違うって言ったんすけど...姉ちゃんはソルト王のせいでお母さんが死んだと思い込んでます...。」

「そんな気はしてたよ。僕は大丈夫だから。」

重い空気を肺いっぱいに流し込んで、明るく振る舞う。

「いや!ソルト王は命懸けで母さんを!」

僕はそれ以上の言葉を聞きたくなくて、手で制した。

「いいんだよ。そういうの慣れてるから。」

今はユナの心が心配だ...。

僕には会いたくないだろうけど、僕はユナに会いたい。

「狼煙が上がりましたよ。」

レノアの一声で、シュガが露台へと続く透明な扉を開けた。

部屋の中に、冷たい空気と煙の匂いが流れ込む。

外から、沢山の足音と共にガヤガヤとした話し声が聞こえてくる。

僕は...受け入れてもらえるだろうか?

突然レノアが僕の顔を覗き込んできた。

黒い髪が白い肌を滑り落ちる。

空色の大きな瞳が僕を捉えて離さない。

「ご心配なさらずに。」

レノアの細い指が、僕の右手を包んだ。

「今朝。クリフとセナが、街を回り人々の不安を拭ってくれました。皆様のクリフ神官への信頼はとても厚いですから。」

僕はレノアの手を優しく解いた。

「必ず、信頼される国王になるから。」

レノアは満遍の笑みで頷いた。

今度こそ、約束を守り切る。

僕は自分自身に固く誓った。

「セナ、朝からありがとう。」

扉から外の様子を伺うセナの元に近付く。

「ハイっす!姉ちゃんのことは、ゆくゆく誤解を解きましょ。オレも協力するんで!」

「もう二度とユナを悲しませたりしない。

新しい約束だ。もう一回信じてくれるか?」

セナは真っ直ぐな瞳で力強く頷いた。

「シュガは、なんで僕を助けようとしてくれたのか...分からないけど。これから君のことを知っていきたい。

君達の人生は、王である僕が背負う。

だから、僕の背中は2人に預けるよ。」

ふたりは突然、扉を背に片膝を立てた。

セナは背負っていた大剣を、シュガは腰に掛けていた短剣を鞘から引き抜く。

冷たい金属音が部屋に反響する。

ふたりは剣を真っ直ぐ掲げ顔を上げた。

「この命、王に捧げる準備は整っております。」

剣のような鋭い瞳が、僕の心に触れる。

2人の言葉が、胸の奥に絡みついていた錆を溶かしていく。

紛れもなくこの瞬間、僕はソルト王になった。


こんな僕たちのやり取りを、温かい目で見守っていた彼。クリフ神官に目を移す。

彼はニコリと笑うと穏やかな口調で話した。

「言葉は必要ありません。

私はあなたというお人がどういう人物なのか十分理解しております。誠心誠意ご協力いたします。この国の一歩に、新たな王に神のご加護をお授け下さい。」

クリフ神官がゆっくり瞳を閉じ祈りを捧げた。

「みんな...ありがとう。」

僕は最後にロスを見つめた。

ロスは眉を顰め、呆れたような表情を見せる。

「今更、俺に何を言うつもりだ?

感謝の言葉じゃ俺の心は満たされないぞ。

早く王になってこい。今夜は久しぶりの酒に付き合ってもらう。」

「宴会の準備は出来ております。

さあ、始めましょうか。」

声を弾ませたレノアが、扉の向こうに足を進める。

その一歩後ろを続くクリフ神官も陽射しの中に消えていく。

甲高い笛の音。

沸き立つ歓声が波のように押し寄せる。

盛り上がりが落ち着くと、レノアの真っ直ぐな声が部屋にまで響いた。

_____静粛に_____

「当国は本日を持って世襲王制を廃止とし、新たな王の誕生及び新ステラテラ国の誕生をここに表明する!新国王ソルト様!どうぞこちらへ!」

唾を飲み込む音まで聞こえてしまいそうなほど辺りは静寂の極みだ。

扉の向こう、眩い光の先へ足を踏み出す。

露台の中央まで進むと、広場に集まった人々の姿が視界いっぱいに広がる。

不安・驚き・喜び・様々な表情を浮かべて僕を見ている。

この人たちの生活を、未来を僕が守っていくんだ...。ピリリと肝が引き締まった。

静かな空気を目一杯吸い込んでみる。

王である。だけどその前に、僕は僕だ。

ギュッと拳を握る。

「王が代われば国も変わりゆく。

この国は変わる。いや、変える。

僕はね、運命なんて信じていない。

その手は未来を拓くためにある。

この手は差し伸べるためにある。

その手は、もう一度立ち上がるためにある。

僕は王として、この国に生じる全ての幸不幸に目を向ける。だからどうか、教えて欲しい。

あなたたちの抱いている感情をありのまま教えてほしい。それがこの国の始まりだ。」

僕は国民を見渡す。

ザワザワと声の波紋が広がっていく。

人混みにユナの姿は見えなかった。

固く握った拳は力が抜けるように静かに解けた。

クリフ神官が十字架を握りしめて天を仰いだ。深く呼吸をして発した一声は、「さあ、国王も一緒に祈りましょう。」だった。

僕は頬を撫でるそよ風にいろいろな感情を乗せて目を閉じた。

そしてクリフ神官の言葉に心を預ける。

"神よ、現在を生きる全ての人々にあなたのご加護をお授けください"

心を包み込むような柔らかい声色に身を委ねる。

足元からぶわっと押し寄せる力強い想いを感じた。敏感な皮膚をヒシヒシと刺激する存在しない何かが、希望なのだと感じた。

「クリフ神官、この国の祈りは神に届きましたか?」「ええ。きっと届きましたよ。」

レノアとクリフは彼方まで続く青空を見つめている。

「さあ、皆様。今夜は新ステラテラ国の誕生を祝いましょう!!」

レノアの声掛けに鉄の笛が吠える。

その合図を機に人々の弾む声が散っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る