第16話 静かな朝焼け
____ただ頭に響く誰かの声____
その声を上書きする僕の名。
誰かが...呼んでいる...
冷たい肌が気持ち良い。
薄く開けた視界に映ったのは、包帯を巻いた少年と心配そうな表情のロス。
無事だった...良かった...。
「アイナさんは...?」
僕の問いに、ロスは無言で首を横に振った。
ロスの視線の先に映ったのは、何かを大事そうに抱えるセナ。
その腕の中で、生気のない白い肌の女性が横たわっている。
「アイナ...さん...」
僕の頬をボロボロと大粒の涙が流れ落ちる。
暫く、空を眺めていた。
薄明るい夜空が小さな光で満ちている。
ふたつの遺体は運ばれ、集まっていた人々の姿は無くなっていた。
屋上には焼け跡すら無い。
まるで、何事も無かったかのように感じる。
僕の側で片膝を立てて座るロス。
「僕の意識が無い間、何があったの?」
僕は空を眺めながら、ロスに問いた。
「何もなかった。」
ロスも顔を上げる事は無い。
「見たんだ...青い炎を。燃えるように小さくなっていく王の姿を。」
「そうだ。それだけだった。灰は風に攫われ、焼け跡ひとつ残らなかった。母親は、既に亡くなっていたよ。」
分からない...。
この力について、父は全てを話してはくれなかった。
少し離れた所で、並んで座り込むセナとシュガ君が目に入った。
セナの瞳は赤く腫れており、2人とも疲れ切った顔をして俯いている。
僕はふらふらと近寄る。
脇腹から流れていた血は、表面が黒く固まっていた。
僕が近付くと、2人が顔を上げた。
「セナごめん。信じてくれたのに、僕は応えられなかった。」
セナは薄く噛んでいた唇を開いた。
「...母さんの最期は聞きました。
ソルト王は、最後まで闘ってくれた、ちゃんと屋上で待っててくれた。もう、十分すよ。」
暗い顔をしたセナがニカッと笑った。
「それより早く休んでください!じゃないと、オレもシュガも休めないんすから!」
セナは歳下のはずが僕よりもずっと強い。
辛いのはセナのほうだろう...。
「そんなの気にしなくていいよ。もう少しだけこうして風に当たっていたいんだ。」
長い長い夜が終わり、朝日が顔を覗かせていた。
「まだこんな所に居たのですか!!」
屋上の扉がバンッと開いた。
立っているのは、漆黒の長髪を靡かせる女性。白い肌に水溜りのような瞳がこちらを見ている。
「私(わたくし)は、この国の政務官を務めております。レノアと申します。
国王に次ぐ決定権を持っている。と言えば伝わりますか?
あなたの名はセナから伺っております。ソルト王と呼ばせて頂きますね。」
「お、王...。」
空っぽになっていた頭に、聞き慣れない言葉が侵入してより困惑する。
王になったのか?そんな実感は皆無だけど。
「ひとまず本日は、先王の部屋をお使い下さい。治療にはクリフ神官を向かわせますのでご安心を。それと、明日戴冠式を行います。
そこで民衆にソルト王の即位を公表致します。
これから多忙な日が続くと思いますので、本日は早めにお休みください。」
「は...はい...。」
怒涛の勢いで並べられた言葉の羅列に頭が追いつかない。
よく分からないけど、治療してもらえるのか。
「私がご案内いたします。」
スッと背を向けたレノア。
その後ろ姿は、この国で2番目の権力者とは思えないほど華奢で小さかった。
「あっ待って!ロスにも部屋を!あと治療もしてくれないか?」
「治療など必要ない。全て擦り傷だ。」
ロスがキッと睨んできた。
そんな睨まなくても...。
「勿論。お部屋はご用意しております。医務室もございますので、セナ、シュガ、案内してあげて。そして、あなた達も早く手当を受けなさい。」
「はいッ!!」
セナとシュガ君が同時に返事をした。
「じゃあ...先行くよ。」
僕は3人に向けて小さく手を振る。
しっくりこないな、この感じ。
「ああ。」「はい。」「ハイッ!」
スタスタ歩いて行くレノアの後を追いかける。
ここ最近は常に傷だらけな気がする...。
村を離れたあの日から、僕の日々は目まぐるしい。
ひとつ階段を下がる。床や壁には、所々傷や血の跡が残っていた。
ここ3階の、3部屋以外は全て"王の間"らしい。
「ひ、広すぎる...。」
ほぼ城の面積と同じじゃないか。
同じ階に在る3部屋というのが、王直属護衛官の2人の部屋と王の世話係(侍女)の部屋だと言っていた。
3人の部屋を合わせても先王の寝室に満たない。
ふかふかの大きな寝床に寝転がる。
広すぎる寝室に落ち着かないが、疲れ切っているお陰ですぐにでも寝付けそうだ。
目を閉じて浮かぶのはアイナさんとユナの姿。
ユナはもう知らされているのだろうか?
全ての事実を知っても、僕を受け入れてくれるだろうか...。
アイナさんは、つい数時間前まで生きていた。
瞼の裏側で微笑んでいるアイナさんに話しかける。
「アイナさん、助けられなくてごめんなさい。でも、約束はちゃんと守ります。ユナのこともセナのことも僕に任せて、安心して眠ってください。」
「きっと届いていますよ。」
聞き覚えのある声にハッと目を開ける。
目に飛び込んだのは...クリフ神官だ。
僕の腕に、丁寧に包帯を巻いている。
「起こしてしまい申し訳ございません。
また、会いましたね。」
いつの間にか寝てたのか?あれは、夢?
「僕は寝ていたんですかね...?」
「寝ていなかったのなら、ただ鈍感でただ涎を垂らしていただけでしょう。」
神官は可笑しそうに笑った。
「手当は終わりました。腹部の傷は内臓まで侵食していた為、完治するのにかなり時間を要します。どうか安静にお願いいたします。」
彼は、絵に描いたような完璧な微笑みを貼り付けている。
糸のような繊細で柔らかい目尻に、薄く皺が寄っている。
緩やかに上がった口角から発せられるのは、
心が温かくなるような落ち着いた声。
「はい...ありがとうございます。」
僕は仰向けのまま、顎を引くように頭を下げた。
「やはり、ただの気まぐれではなかったようですね。あなたが新たな運命を引き寄せたのか、初めからこうなる事が決まっていたのか...。
神のみぞ知る事ですが、きっとあなたは愛されているのでしょう。」
そう呟いて、クリフさんは立ち上がった。
その後、僕の意識は強大な睡魔に吸い込まれていった。
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