第6話 波乱の幕開け

それからというもの、ロスに戦術のイロハを叩き込まれる日々。

ロス曰く、最も重要なのは"相手を知る"こと。

とはいえ、敵情を知る術なんてものはない。

城に近づく為には、役人の巣窟を抜ける必要がある。

「協力してくれる人物がいれば...。」

僕の呟きにロスが手を叩いた。

「なら、探せばいい。」

ヨシ!と勝手に納得するロスに呆気に取られる。

「はぁ。こんなことに協力してくれる人物なんてこの島にはいないよ。」

「諦めるのは最後だ。少し街の様子を見に行こう。」

格好良い顔で格好良い事言ってるけど、そう上手くはいかないでしょ...。

僕は渋々ロスの後をついて行く。

森と街の境界に近付くと信じられない光景が木々の間から垣間見えた。

僕らは慌てて茂った草むらに身を隠す。

ありとあらゆる所に兵士が佇んでいるのだ。

見渡さずとも視界には10人以上の兵士がいる。これじゃ、街に出ることすら叶わない。

一体城前には何人の兵士がいるんだ...。

僕らは地を這うように、街に1番近い茂みまで移動した。

草花の隙間から見えるのは、ちらほらと行き交う街の人。

暇そうに欠伸をする兵士。

気持ちよさそうに流れる雲。

仲睦まじげな小鳥たちの囀り。

平和な空気感に飲まれていると、ロスが耳打ちをしてきた。

「何が分かった?」

「これじゃ、協力者なんて探せないということかな...。」

僕の答えにロスはまだまだだなとでも言いたげに、人差し指を振る。

「俺は有益な情報を得た。」

ニヤリと上がった口角に舌先がちらりと見えた。

ゾクッ。ロスのこういう時の笑みは本当に恐ろしい。まるで捕食者の顔付き...。

茂みから獲物を待つ白い大蛇のようだ。

「有益な情報...?」小さな声で尋ねる。

「ああ。見回りの兵士を束ねる人物が分かった。」

ロスが指を差した方へゆっくり視線を移すと、顎に手を当て何かを見つめている兵士がいた。何かを見つめているのか、ボーッとしているのか、考え事をしているのか、遠くからでは分からないが、容姿だけはハッキリと見える。

背は低め、襟足が少し長い癖のある黒髪に吊り上がった茶色の瞳。

まるで黒猫だ。

そしてふくよかな胸!?

「女性なの?!」思わず出た大きな声にハッとして口を押さえる。

「耳元で大きな声を出すな。」

ロスはこういう時も冷静沈着だ。

「それよりどうして彼女だと思ったの?」

「奴が話しかけた後に相手の兵士は異なる行動を見せる。何らかの指示を出しているのだろう。それに相手の挙動を見ていれば、奴がここ一帯の上官であることは間違いない。」

なるほど...だとしても分からない。

「彼女が上官だとして何が有益なの?」

ロスはあからさまなほど盛大な溜息を吐く。

「軍隊というとは指示がなければまとまらない。個々の動きががバラバラになれば崩すことは容易い。」

そうなのか、でもそれじゃ...。

「彼女を殺すってこと?」

僕はロスを見つめ返す。

「フハハッ。殺すな。とでも言いたげな顔だな。」

何が面白いのか、ロスは小刻みに身体を揺らしている。

「出来るだけ命は奪いたくない。」

僕は変なことを言っているつもりはない、大真面目だ。

「王の命は奪うのにか?」

ロスの笑いがピタリと止まった。

生温い、そう言われるのは分かっている。

「国王も殺さないで済むならそうしたい。殺さない代わりに王の座をいただくとか。」

「そう上手くいくとは到底思えないな。」

「権力者ほど命に執着する。僕はそう思っているけど。」

バチバチと音を立てそうな程、僕らの視線がぶつかり合う。

根負けしたのかロスがそっと視線を外した。

「平和的解決を優先する気概は理解した。

彼女を殺す必要がないことにも同意だ。ただ、倒さなければいけない相手だ。お前はそれだけ頭に入れておけばいい。」

「分かったよ、ロス。」

ロスとの会話に意識を向けていて気付かなかったが、2人の兵士が近付いてきていた。

息を潜め、彼らの動きに耳を澄ませる。

「まさかセナさんのお母さんが異国民を匿ってたなんてな、驚いた。」

その言葉に心臓が止まった。

指一本動かせないほどに僕の全てが静止した。

セナサンノオカアサンガ...?イコクミンヲ...?

言葉の意味を理解しようと、僕の頭は超回転する。

2人の兵士は、そんな僕を取り残すように会話を広げる。

「本当っすよ。しかも、ソイツがまだ逃げてるおかげでこっちは毎日外仕事で大変すよね〜。城内も兵長もピリピリしてますし〜。」

「明後日には尋問が行われるらしい。そこで全部吐いてくれたら、すぐに見つかるだろうな。」

「明後日まで待つ必要も無くないっすか?」

「セナさんが王様に嘆願したそうだ。王様としても、次期妻の母親ってこともあって猶予を与えたんじゃないか?」

アイナさんが捕まった?

明後日、尋問される?

何を言ってるんだこの人たちは...?

なんで今更、アイナさんが捕まらなきゃならない?もう僕とは関係ないだろう...?

激しい頭痛と目眩に襲われ、視界がぐわんぐわんと揺れるようだ。

行かなきゃ...!

その話が本当なら、アイナさんを助けないと!

僕は重い腰を上げようとする。

茂みから頭を出す直前、ロスに押し倒された。口を手で覆われ、後頭部を地面に押さえつけられる。

ひっくり返った空は、あまりにも鮮やかで嫌気がする。

逸らすように瞼を閉じると、アイナさんの顔が浮かんだ。

その瞬間ハッとする。

あの日だ...あの日。

アイナさんと話していたのを誰かに見られたんだ。

クソッ僕のせいじゃないか...!

また巻き込んでしまった...!

僕が助けないと...早く行かないと!

「ソルト落ち着け。今じゃないだろ!いくら小さな国とはいえ、正面突破して落とせるほど甘くはない!」

ロスの言葉が何も入ってこない。

ガリッ。彼の中指が僕の歯によって歪に曲がった。

「噛むな。ここでお前が出て行っても城に辿り着く事も出来ずに野垂れ死ぬだけだ!」

痛い、痛い。心臓が激しく脈を打つ。

こんな時でも呑気に呼吸を続ける体が悔しい...ぐちゃぐちゃに掻き回された僕の心情なんて、話に夢中な兵士達は知る由もない。

「セナさんは大丈夫なんすか?」

「大丈夫なわけあるか。ここ最近は随分と荒れている。近づかない方がいいぞ。って話してる側からセナさんがこっちに来てる...!

絡まれないうちに散るぞ!」

ドタドタと足音が遠ざかって行く。

彼からアイナさんの状況を聞かないと...。

僕はロスの手をそっと外す。

「指、ごめん。少し冷静になったよ。」

ロスは無言で中指を弄りながら、僕の上から退いた。

草の隙間からセナ君の姿が確認出来た。

首に巻いていたマフラーを外し、草の間を少しずつ押し出す。

遠くから見たらきっと毒蛇に見えるだろう。

でも、彼には伝わるはず。

少しして、グイッとマフラーが強く引っ張られた。

端を掴んでいた僕の身体は前のめりに投げ出される。

顎を強く地面に打った。

危ない..舌を噛む寸前だった...。

地に揺れるひとつの影に顔を上げる。

「テメェ!ノコノコと現れやがって!」

鬼の形相のセナ君だ!

まだここでは話せない。

姿勢を低くしたまま草むらに飛び込む。

コロコロと転がる僕を見たロスと目が合う。

そんな僕を追って、セナ君も森へと足を踏み入れた。

「奥で話そう!」

セナ君にそう告げ、僕は森の奥に走り出す。

ロスには何も言わずとも伝わった。

凄まじい反射で立ち上がり、僕の隣を走っている。

彼に見失われないように絶妙な速さを保った。

森の奥深くで足を止める。

すぐに僕らに追いついたセナ君が、背負っている大剣を引き抜いた。

「ハァ...なんでまだ居るんだよ!俺の家族には絶対迷惑をかけないって!すぐに消えるって言ったのは嘘だったんだな!お前のせいで母さんは、罪人扱いだ!お前を連れて行って母さんを解放してもらう!」

ロスが静かに剣を構えた。

僕はそれを手で制す。

「必要ない。彼は僕らの協力者だ。」

「とても協力的には見えないな。」

「大丈夫。」

「何コソコソと話してんだよ!2人まとめて連れて行ってやる!」

セナ君は体を軸にその大剣を大きく振りかざす。ブンッ。耳元に凄まじい音がした。

なんて腕力。

当たったらおしまいだ...。

彼の攻撃を避けながらセナ君に話しかける。

「僕を信じなくていい。だけど、君は王を信じているのか?僕らを連れて行っても、アイナさんは罰せられる。そうは思わないのか?」

セナ君の表情が一瞬歪んだ。

そんなことは重々分かっているんだろう。

自我を失った怪獣のように、大剣を振り回し続ける。

「必ずアイナさんを助けるから。」

「んなこともう出来ねえんだよ!俺だって何度王様に掛け合ったか!もう母さんは誰にも救えねぇ...!だから、お前たちを今日連れて行って、せめて尋問だけは回避させてあげる...そんなことしか出来ねえんだよ...ッ!」

セナ君の、大きな緑色の瞳からポタポタと大粒の涙が溢れ落ちる。

「くそッ、くそッ。」

何度拭っても、その頬を滑り落ち続ける。

「嗚呼ァァアッ!!」

悲鳴のような声が辺りにこだました。

「君がいれば必ず助けられる。

だから手を貸してくれ。」

ゆっくりセナ君に歩み寄る。

絶望に染まったその瞳を知っている。

「君のお姉ちゃんが僕を救ってくれたんだよ。だから、僕に救わせてよ。君と君の家族を。」

「どうやって?!」

噛み付くような鋭い剣幕。剥き出しの犬歯。

「僕が王になればいい。」

この島に戻ってきた時は自信なんて無かった。だけど、僕の隣にはロスがいる。

そしてセナ君が協力してくれれば必ず上手くいく、そう言い切れる。

「それ本気で言ってんのか?」

「冗談でこんなこと言えないよ。」

動揺するのも無理はない。

彼が仕えているのはその国王なのだから...。

だけど、彼ならきっとアイナさんを選ぶ。

僕たちの間に静かな空気が流れた。

少し悩んだ彼は意を決したのか、黙って大剣を鞘に戻した。

「オレは何をすればいい?」

「明日、ここで待ってる。決行は明後日だ。」

「ソルト!」ロスの一喝が森にこだました。

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