第5話 マルル族

ふう...無事に西部の森に着いた。

獲物を狩ってロスを待つ。

日が沈んでも、月が昇ってもロスが現れることはなかった。

僕は1人で獲物を口にする。

体は疲れているのにお腹は空いていない。

味がしない肉を無理やり飲み込んだ。


翌朝、目を開けるとぼんやり人の姿が見える。無事にロスが帰って来たのかな...。

白髪の...色白の...包帯...!?

驚いた僕はバッと起き上がる。

「マルル=シュガ!?なんでここに!」

「探しましたよ。名前、覚えているんですね...。」

小さく華奢な体付きに、血の気を感じさせない白い肌。

ロスから聞いたマルル族の話を疑ってしまう。

いやいや、今はそんな事どうでもいい。

頭をブルブルと振り払い、素早くナイフを構える。

マルル族だろうがなんだろうが、ロスより強いはずは無いよね...。

マルル=シュガは、不適な笑みを見せ背負っている鞘に手を伸ばした。

双剣使いか。

2本の柄を引き抜く。

ジャラジャラジャラと異質な鈍い音が辺りに響いた。

引き抜いた柄の先は、無数の棘が付いた鎖だった。その先端には短い刄のようなものが付いている。

そんな武器があるのか?!

「あの日は普通の剣だったはず...。」

処刑の夜を思い出してみる。

「もちろん処刑用ですよ。」

チラリと見えた舌先。

彼が醸し出す異様な雰囲気に気圧され、思わず距離を取る。

彼が片方の鞘を振りかざした。

ビュンッ。鞭のようにしなった鎖が僕の右手首に強く巻き付く。

無数の棘が肌を突き刺した。

ここまで届くのか...。

様子見のつもりが、そうもいかないね。

針が刺さっている為か、解けそうにない。

だけど冷静に見れば好都合だ。

僕はナイフを持ち変え一気に距離を縮める。「残りる武器は一本。同じだね。」

彼がもう一本の鞘を振りかざした。

その武器はロスの剣よりもずっと分かりやすい。

左側からしなるように僕の腹部に向かってくる。

前へと進む身体の原動力を上へと引き上げる。屈んで跳ぶ。

右腕に絡み付いた鎖をグイッと引っ張られ体勢を崩した。

僕の足元を通過した鎖は、すぐに僕を目掛けて方向を変える。

空中でバランスを立て直し、ギリギリで避けたかに思ったが、先端に付いていた短剣が僕の頬を薄く削ぐ。

その後も無数に形を変えしつこく追ってくる。本当に体力を付けていてよかった。

一本の鎖を避ける分には問題ないが、なかなか間を詰められない。

今度は波のように上下に蛇行した鎖が迫る。

来た!僕はスピードを上げ彼の右側に回り込む。

僕と彼を繋ぐ鎖が、蛇行する鎖に交差する。

彼は僕の魂胆に気が付いたのか鎖を戻した。「もう遅いよ。」

その間に、繋がれた鎖を巻き取りながらナイフの間合いに入った。

彼は咄嗟に鞘を手放し身を退く。

が、僕のナイフはより早く彼の喉仏に届いた。皮一枚。の深さでピタリと手を止める。

「武器を捨ててくれないか。」

彼は抗うことなく素直に鞘を手放した。

それを確認してから僕もナイフを離す。

白い肌に流れる鮮血。

「ここで殺されても良かったのですが...。」

そう呟いた彼の感情は読み取れない。

「君を殺したら厄介な事になりそうだからやめておくよ。それよりこの鎖、取ってくれないかな?」

彼は、無言で僕の手に巻き付いた鎖を解いていく。

その手袋は鎖を回収するために着けているのか...。

右腕全体にプツプツと赤い点が滲んでいる。

見た目は気色悪いが、軽傷で済んで良かった。ロスと初めて戦った日は散々な目に遭ったからな...。

彼は腰から布を取り出すと、僕の腕に巻きだした。

この子は何をしているんだ?

毒でも塗ってあるのか?

僕は瞬きを忘れその行為を見つめていた。

「あなたに警告をしに来ました。」

「警告?」

「国王は既に異国民の侵入を知っています。一刻も早く島を出て行ってください。」

「分からない。君はセナ君と同じ王直属護衛官なんだろ?何故、主を裏切るような真似を?」

彼は小さく溜息を漏らし「あなたに分かるはずがありません。」と冷たく言い放った。

「君が、ロスの存在を報告したんじゃないのか?ロスは今どこにいる?」

「知りません。ですが、そう簡単に捕まる人物じゃないことは知っています...。」

シュガ君の、キツく噛んだ薄い唇からつぅと血が垂れる。

「伝えたいことは以上です。自分はやらないといけない事が残っているので...。」

そう言ってシュガ君は背を向けた。

「待って!」

張り上げた声に、彼が振り向くことはなかった。まるで嵐のように過ぎ去っていく。

一体なんだったんだ...?


それから2日が経った明け方。

何者かの足音で目が覚めた。

ハァハァ。荒い息遣いが耳につく。

目を開けると、木にもたれるように座り込んだ人影が見えた。

真っ白な長髪が垂れている。

「ロス!!」僕は飛び起きて駆け寄った。

強烈な血の匂いがする。

ロスの体の半分以上が赤く染まっていた。

「ロス、怪我は?」

「大したことはない。五体満足だ。」

「本当にずっと心配だったんだ...。」

ロスの顔を見て、安堵の涙が込み上げる。

「馬鹿言うな。俺が死ぬわけないだろう。」

眉間に皺を寄せて笑うロスは、どこか辛そうだった。

大した事ない筈がない。

僕は手当をするためにロスの服を脱がせる。

ロスはかなり抵抗したが、僕の腕を振り払う力も残っていないようだった。

引き締まった体には、見ていられないほど膨大な量の傷跡があった。

古い傷から、生新しい傷まで...。

中には内臓深くまで達しているものもあった。「大した事あるじゃないか...。ロスがこんなにボロボロになるなんて信じられないよ。」

僕は火石を取り出し、深い傷の上にそっと置いた。

「この3日で、この国の戦力は大きく削っただろうな。久しぶりに血が騒いだ。ゔっ。」

ジュゥ。熱を帯びた火石がロスの傷口を焼き付ける。

ロスは声に出す事なく耐えるように唇を噛んでいた。

これくらいで十分だろう、僕は火石を布で包めとる。

胸部から肩甲骨にかけて続く赤いプツプツとした血の塊に目が止まる。

これは...!

「シュガ君に会ったの!?」

「あ、あぁ。昨夜な。」

「殺したの?!」

「いや、致命症は与えたが逃げられた。あっちも同じ事思っているかもな。こんな体じゃなければ...。」

ロスは悔しそうに呟いた。

「手当はもう十分だ。あの話を詳しく聞かせてくれないか?」

ロスの懇願するような瞳が僕を貫く。

「コピルに会ったのはその一度きりなんだ...。」

「ソルトはどこの国にいた?」

「分からない...。ずっと森で暮らしていて、人と会う事も無かったし...集落が転々とあったのは覚えているけど...。

あっ!僕は崖から落ちて、この島の南の海岸に流されたから、近くの海流を調べれば分かるかもしれない。」

「そうか...。この島の付近には幾つかの島国が隣接している。集落が残っている国なら、サルタ国、デテラ国、ハルバルラ国のどれかだろう。貴重な情報に感謝するよ。

それにその話だとザザン盗賊団が絡んでいるのも間違いないだろう。」

「ザザン盗賊団って...何なの?」

「赤毛の女性を核にした義賊集団だ。

権力者から財を奪い、貧民にばら撒く。だが、それは少し前の話。今は表面化での行動を控え、裏では人身売買で身寄りのない少年少女を集めている。あの時、弟を買って行ったのも赤毛の女性だと言っていた。」

確かにサザンカはあの時、仲間は着々と増えていると言っていた。

「一体何の為に...。」

「奴らは権利を剥奪された者の集まりだ。その向かう先はひとつ。この世界への反乱だろ。」

「権利を剥奪された者?」

「ああ。人身売買というのはそういうものだ。生きる権利を他人が所有している。個人に自由はない。

何より、サザンカという奴は亜族だ。フェルシア国で稀に産まれてくる赤毛の子。人としての扱いを受けられないと聞いた事がある。どこの国にも差別はある。俺よりもお前のが良く知っていると思うが...。」

あのサザンカが差別の対象だった...?

「弟の居場所も絞れた。俺はすぐにこの島を出るが、ソルトはどうするんだ?」

「僕は、残るよ。目的を果たすために...。」

「そうか。国王を殺すと言っていたな。」

「うん。ねえロス...。」

ゴクリと唾を飲み込み口を開く。

「手を貸してくれないか。」

ロスは悩む事なく残念そうに首を横に振った。

「悪いな。俺の目的は弟を探すことだ。」

分かってた。

僕は間違えたのか...?交渉の材料は持っていたはずなのに...。

だけどどうしてもロスの協力が必要だ。

「ロス、1人ではザザンの拠点には行けないと思う。だけど僕なら案内出来るよ。」

記憶の隅にあるのは"クジャクムラ"という言葉だけ...。

「自分がいた国すら知らないのにか?」

「ああ。しらみつぶしに向かうよりも、この国で調べたほうが早いだろう。国王を殺せば自由に出国出来る。君にとっても悪くは無いはずだけど。」

「条件は関係ない。俺は叛逆に加担するつもりはない。それだけだ。」

「叛逆か...。」

確かに真っ当な行為ではない、けどユナにとっては叛逆こそ唯一の救済になるんだろう...。

あ、そうか。サザンカもきっと...。

彼女の目指す世界には反乱が必要なんだ。

ロスは、僕に構わず言葉を続けた。

「愛する者を想う気持ちは十分理解出来る。

俺だって弟を救う為ならば一国を潰すことも厭わないだろう。だが、今の俺には関係ない。」

違う。

僕はユナの為にこの国を潰したい訳じゃない。ユナの為にこの国を...

僕は...

「この国を、変えたいんだ...!」

「ほう、王にでもなるつもりか?」

確かに国王になれば、この国を変えられる。

でも、人間ですらない僕にそんな資格あるはずがない。

「なれるはずがない。その程度の覚悟では何にもなれない。何千人の国民から鼻で笑われ、何百人の権力者から猛批判された。

だが、俺は最年少で軍の総隊長を任された。

他人の言葉は俺には関係なかった。誰が何を言おうと俺だけが俺を信じ続けてきた。」

ああ...不思議だ...

いつだってロスの言葉は僕の心を揺らす。

彼だからなれた。そんなこと分かっているのに。

その真っ直ぐな瞳が僕の心の蓋をグイグイと押してくる。

理性では到底抑え切れないほど沸き立つ感情。

これが僕の本音なのか。

「僕は人間じゃない!だけど、ユナは...何者でもない僕を愛してくれたんだ。ユナが大きな家族と言ったこの国を、僕が守りたい!ユナの大切な全てを僕が背負いたい!この島の人々が幸せになれるような王になりたい!僕は、そんな王になりたいんだ!!」

頭が真っ白になった。

ハァハァ。

なんと言ったのか覚えていない。

だって、僕はロスに向けて言ったんじゃない。これは僕自身に..

少年だった僕が手を広げている。

また、また会えたね。

ごめんね、僕は傷付かないようにずっと忘れたフリをしていた。

この命がある限り、望んでいいんだ。

無理だって無駄だって諦めなくていいんだ。

あの日、目を輝かせていた少年はまだ僕の中に生きていたんだね。

「僕は、もう二度と大切なものを失いたくない!大切な人の涙を見たくない!もう二度と自分に嘘を吐きたくない!ロスが必要なんだ!僕に手を貸してくれ!」

目の前のロスを超えて、空の彼方まで届くように叫んだ。

ロスの透明な瞳に僕が反射する。

「俺に加担させるのなら、必ず王になれ。」

ロスは僕に向けて真っ直ぐに腕を伸ばした。

僕は迷うことなくその手を強く握りしめる。

そんな僕を見たロスは、満足そうに誰かに話しかけた。

「テリー。もう少しだけ待っていてくれ。

戦友の門出を見届けないといけなくなった。」

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