第7話 手紙
ソルト君へ。
あなたを一目見たあの日には、こうなる覚悟をしていたの。
あなたは、ユナがひとりで生きていけるまで側にいる。それが母の役目だって言っていたわね。
きっと私もあなたも同じでしょう。
親が居なくても生きていける、もうあの子たちなら大丈夫。
だから、私の代わりにあなたが側にいてあげて。
後は任せたわよ。
愛するユナとセナへ。
ちゃんとご飯食べるのよ?
ちゃんとたくさん寝るのよ?
ふたりには、まだまだ大きくなってもらわないとお父さんに怒られちゃうわ。
それから、ユナのこと、セナのこと心から愛しているわ。
離れていても私の心は、いつもあなた達の側にいる。
だから、大丈夫。家族はずっと一緒よ。
ユナの世界一の味方で
セナを世界一応援している
お母さんより。
私、アイナ=フィールドは自負出来るくらい頑張ってきたと思う。
父は漁師で、母は果樹を育てていた。
父は私が15歳の誕生日に遠方まで漁に出た。「ご馳走楽しみにしてろよ。」
父の言葉に私は心を躍らせて待っていた。
それから幾日経てど、父がご馳走を持って帰ってくることはなかった。
強くて優しい母が、だんだんと知らない人みたいに変わっていくのが怖かった。
父が消えてから、料理が得意だった母は何も作らなくなった。
母が育てていた果樹が枯れ始めた。
私は私なりに見様見真似で育ててみた。
だけど、上手くはいかなかった。
母と自分の年貢を賄うだけで手一杯の日々。
だんだんと生きることに希望を持てなくなった私は、このまま私も母も父の元に行くんだと覚悟していた。
なのに母は私を置いて父の元にひとりで逝ってしまった。
「お父さんが呼んでるの。ひとりじゃ寂しいって。」
私をひとりにしないでよ。そう呟く元気も残ってはいなかった。
母だけじゃなくて、私もあの日から形だけの空っぽな人形になっていた。
だけど、そんな時に手を差し伸べてくれたのが夫だった。
当時の夫はへにゃっとした笑みを貼り付けた弱々しい男の子だった。
身体も弱く、力も弱い、女の子のような男の子。
私は彼に対してずっと無関心だった。
なのに彼は気付けば私の隣に居た。
毎日、私の隣で楽しそうに笑っていた。
私はずっと気になっていた。
「何が面白くていつも笑ってるの?」
彼は言った。
「楽しいから笑っているんじゃなくて、笑っているから楽しくなるんだよ?それに、いつか僕の笑顔につられて君が笑ってくれるんじゃないかなって期待もしているんだ。」
「ふふっ変なの。」
あっ...。
その翌日、彼は、「もっと近くでその可愛い笑顔を見たい。」と私の家に押しかけてきた。
大量の荷物を持って。
猟師としての腕は悪くなかった彼は、私の年貢を代わりに納めてくれた。
そしてご飯の作り方を教えてくれた。
一緒に果樹も育てた。
彼の優しさで私は、私を取り戻していった。
彼となら生きていけると思った。
彼となら生きていきたいと思った。
私たちが心から愛し合うのに、そう時間はかからなかった。
料理も出来るようになって、果実も上手く育つようになって、家族も増えていった。
ユナも産まれて、セナも産まれて、本当にこれ以上ない幸せな暮らしだった。
セナが産まれてすぐに夫の体調は悪化していった。
昔から咳を繰り返すような発作がよく出ていたが、だんだんと息が細くなっていき、食欲も少なくなっていた。
セナが産まれて2年と3ヶ月が経った日、夫は亡くなった。
悲しみに暮れている暇もないほど二児の母は大変だった。
私は、夫の死の間際に約束を交わした。
彼の分まで愛を込めてユナとセナを育てあげると。
ユナは当時、毎日のように夜になると泣き出した。
ユナが寂しくならないようにと手を繋いで眠った。
セナは逆に大人しすぎて心配だった。
寝ているのかなと思ったら、目をパチパチしてじっとしているから何度も驚かされたっけ。
幼いふたりを連れて果樹園で仕事をする。
作業に集中していると、いつの間にか2人の姿が無くなっていて街を走り回った日もあった。
日が暮れるまで探しても見つからなくて、一度家に戻るとセナをむぎゅうと抱きしめて眠るユナがいた。
確か、暑くて嫌になったセナをユナが静かに連れて帰っていたのよね。
ユナを叱ろうとも思ったけど、お母さん頑張ってたから...って目を赤くしている我が子には勝てなかったなあ。
たくさんたくさん、大変なことがあったけど、それ以上にたくさんたくさん幸せなことがあった。
ふたりの成長を見るのが私の生き甲斐。
ねえあなた...天国で見ているかしら?
ユナは、責任感が強くて素直で優しい女の子に育ったわよ。
自分の気持ちを我慢してしまう癖が心配だけど、きっと周りの人が助けてくれる。
私に似て愛されるタイプだからね。
セナは、やると決めたら真っ直ぐな頑張り屋さんだよ。
まだ16歳なのに兵士の中ではお偉いさんなのよ?凄いでしょう。
家族の為にって隠れて努力する姿をずっと見てきた。
ユナと違って無理しすぎないから、お母さんとしては安心かな。
本当にふたりとも大きくなったわ。
私もあなたの元へ行ったら、目一杯褒めてちょうだいね。
ふふっ、今度は私が楽させてもらわないと。
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