第3話

 春が近づいていた。


 境界の町にも雪解けの水が流れ、広場では旅商人の姿が目立つようになっていた。にぎやかな声、焼き菓子の香り、色とりどりの布や宝石が並ぶ露店……。


「おばあさまへのおつかい、手伝う!」


 ラナがぱたぱたと走り、アナの手を取る。


「ダメ。今日は私が行くって決めてたでしょ。ラナはおとなしく、レオとお留守番」


「やだ! アナと一緒がいい〜〜!」


「……俺も今日は薪割りだけでいいって言われてたし、ついてく」


「レオまで!?」


 アナは苦笑しながらも、二人を連れて町へ出ることにした。



 市に出ると、ラナは目を輝かせながら露店をのぞき込んでいた。

 レオはそれを見守るふりをしながら、アナから一歩も離れなかった。


(なんか、いつもより近いな……)


 ふと、アナが立ち止まる。

 人の波の中、何かが、視界の隅に引っかかった。


「……あれ?」


 掲示板に貼られた、新しい紙。ざわざわと騒ぐ声。紙に描かれた精密な絵と、金色の印章。


『王都より通達——王子と王女、行方不明。発見者には百億セントの褒賞金を与える』


 その文字を見た瞬間、レオが立ち止まり、ラナの手をぎゅっと握った。


「アナ、帰ろう」


「え、でも……」


「今すぐ、帰ろう」


 彼の声は低く、今までにないほど緊張していた。



 屋敷に戻るなり、ラナは黙り込み、レオも言葉を失っていた。


「……あれってレオたちなの……?」


 アナが恐る恐る問いかけると、レオは目を伏せて、静かに頷いた。


「そうだ。俺は——王国〈エルディア〉の第一王子、レオンハルト=グランフェルド。ラナはその妹、ラナリア=グランフェルド」


 アナの胸がどくんと跳ねた。


「……そんな……!」


「俺たちは、父を継ぐはずだった。けれど、王宮で“継承争い”が起きた。叔父が、俺たちを殺そうとしたんだ」


 言葉を選ぶように、レオは静かに語る。

 そして、左手の指にある銀色のリングを見せた。


「これは“セイルリング”。魔法を封じる拘束具。逃げる途中で、これをはめられた。……なにもできず、ただ逃げた」


「……でも、なんで……この国に?」


「……逃げる時に偶然爆発に巻き込まれて塀を越えてしまった。けれど、アナと出会って初めてだった。こんなに……あったかい場所は」


 レオの声はかすれていた。ラナがアナの膝に顔をうずめて、ぽろぽろと涙をこぼす。


「アナは、ぜんぜんしらないのに……やさしくしてくれて……ラナ、すき……アナのこと……すき……!」


「ラナ……!」


 アナはラナを抱きしめた。

 そしてレオを見つめる。


「レオ、私は……あなたがどんな人でも、今までと何も変わらないよ。あの日、ラナを抱えて震えてたあなたを、私は忘れない」


 レオの瞳が揺れた。


「……バカか。俺たちを知った上でかくまえば、君まで——」


「それでもいい」


「……っ」


 その瞬間、何かが壊れる音がした。

 レオの中にあった、誰にも触れさせなかった壁が。


「……ユリアーナ」


 彼は初めて、真正面から彼女の名を呼んだ。

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涙のあとに 米月 @yonetuki

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