十二の皇帝が世界を制する ~太陽の黎明編~

星辻かなた

第1話 太陽の目覚め

 大きな歓声と拍手が街中のいたるところで聞こえてくる。街中にいる多くの人の顔が笑顔で包まれ、みな同じ方向を見ている。その方向には、太陽に届きそうなほど大きな城が建っていて、城からは一人の男が街にいる人達に向け、手を振っている。


「ママ?」


「なぁーに?」


「あの人だぁーれ?」


「あの人は、『皇帝』様よ」


「こーてえーさま?」


「そう。皇帝様はママ達を守ってくれるの」


 目をキラキラ輝かせ、城にいる皇帝を幼い子供がジッと見つめる。そして、幼い子供は何かを決心したのか一瞬、覚悟を決めた男の子の顔になった。


「ママ、ぼくね。大きくなったら、ママを守る『こーてえー』になる!」


 子供の母は、クスッと笑い我が子の頭を優しくそっと撫でる。しかし、子供の母の笑顔と一緒に、涙が流れていた。


「うん、待ってるね」


しかし、笑顔を見せてくれた次の日、子供が目を覚ますとママの姿は消えていた。






~八年後~


 まだ、肌寒さが残る陽も昇らない朝。外には両手で数えられるほどしか人はいない。外に出ている人は年寄りの人が多いが、一人だけ幼く見える青年が多くの新聞束を片手に走っている。


「よし、これで三十部配り終わった! 残り二十部!」


 一度も止まることなく青年は走り続け、残っていた新聞二十部全て配り、青年はベンチに座り一息ついていた。ベンチの近くにあった時計は五時半を指していた。


「おぉールカ、もう新聞配達終わったのかい?」


「うん! 今から森で特訓だからね! じゃ、僕もう行くね、おじいちゃんバイバイ!」


 ルカは、元気よく森の方へ駆けて行った。


「もう、あの子がこの村に来て七年か……早いのおー」


 ルカは一度も止まることなく、十五分近く走り続け森の中にあるルカ専用の秘密特訓場に着いた。特訓場には、刃物で切られた跡が残っている木、そして素手で殴り続けたのか土壁には血の跡があった。


「よし、今日もやるぞ! 僕も早く魔法を使えるようにならないと」


 この世界では、ルカのように十五歳近くになると魔法が使えるようになる。しかし、それはあくまでも平均の年齢であり、有名な魔法使いは幼い頃から魔法が使えたと言われている。だが、ルカはまだ魔法を使うことが出来ない。


「まずは、集中して……集中して……今だ、火よ出ろ!」


 魔法が出ず、ルカは悲しげな表情を顔に出すが、すぐに気持ちを切り替え、再び特訓を再開する。


「魔法がダメだったら剣だ! 剣が使えれば騎士団に入れるかもしれない!」


 自分の身の丈に合わない少し大きめの剣を素振りする。剣は錆びついていたり、所々刃毀れしている個所もあり、とても使える物ではなかったがルカにとっては貴重な特訓道具だった。


「おいおい、へなちょこ。こんな所で何やってんだ?」


 ルカに話しかけてきたのは、村長の息子のドボだった。ドボはルカをいじめの対象としていて、ルカに暴力を振るったりなど悪口を言ったりしている。


「ドボ……。特訓してるんだ」


「ふん、お前がどんなに頑張ったって魔法が使えるようになるわけないだろ。無能が」


 ルカは何も言わずに下唇を噛みしめながら、降り積もる怒りと悲しみを堪える。


「俺様はお前と違って、魔法が使えるからな。そうだ、お前そこに立っとけよ。俺様の火炎魔法を見せてやる。怪我しても俺様は悪くないからな。魔法を使えないお前が悪いんだからな」


 ルカは魔法を自分に使われる恐怖に駆られ、ドボの悪口は耳に残らず恐怖しか残らなかった。ルカはすぐにでも逃げ出したいが、脚が思うように動かせずその場から離れることができない。しかし、ドボはそんなルカの気持ちも一切考えず魔法を放つ体勢をとる。ルカも何か悟ったのか覚悟を決める。


「くらえ、ファイヤ……」


「ちょっと、何してるの!?」


 ルカとドボの間に急にミーアが割って入ってきた。


「ミ、ミーア?」


「おい、どけミーア! 俺はそこの無能に用があるんだ。そこを退け!」


「イヤだ! これ以上ルカをいじめないで! もしこれ以上ルカを傷つけたら、私が許さないよ」


 ドボは少し考えた末、ルカを一度睨み舌打ちをしてからその場を去って行った。ドボでも幼少期から魔法が使えたミーアには勝てないと判断したのだろう。


「ルカ大丈夫? 怪我してない?」


「うん、大丈夫。ミーアの方こそ大丈夫? 火傷とかしてない?」


「私は全然大丈夫! はぁールカに怪我がなくて良かった。それより、なんなのあいつ! ルカをいじめて許せない!」


 ミーアはルカ以上に怒りを積もらせているようで、今にも爆発しそうな勢いでドボへの愚痴が出てくる。ルカは自分の為に怒ってくれているミーアの姿を見て、安堵とともに嬉しさが顔に滲みでてきていた。


「助けてくれてありがとうミーア」


「ううん、いつでも私を頼ってね。周りの人がなんと言おうとも、私はルカの味方だから。だから、無理しないでね? ルカはそ・の・ま・ま・で良いんだから」


 ルカはミーアの言った言葉が心のどこかに刺さった。ミーアの言葉に裏が無いと分かっているがルカは考えられずにはいられなかった。『無能』のままでいい。そう言われた気がしたから。


「うん、ありがとうミーア。そろそろ帰ろっか」


「うん!」


 二人は仲良く村へと帰った。ルカはミーアを家まで送り届け、村の端にある自分の家へと戻った。家の中は灯かりが灯っておらず、月明りだけが家の中を照らしている。多くの家庭では、子供が家に帰ると親が待っているが、ルカを家で待ってくれる人は誰も居ない。


「母さん……僕『皇帝』になれるかな……会いたいよ」


 ルカは涙を流しながら眠りについた。


 夜が深まり外では梟やホトトギスが鳴いている。深い夜が続く中、ルカはふと目を覚ます。寝る直前に泣いて寝てしまったせいか目が赤く腫れている。腫れている目を擦っていると、夜では見ることのない色が目に入った。窓の外を見ると、空の色が赤と灰色で染まっていた。


「も、燃えてる……?」


 外は、家や周辺の木々が激しく燃えており収まる気配がない。ルカは何が起きているか分からないまま、外に出る。炎は村を囲うように燃えている。


「ミーア、ドボ……」


 ルカは村の中心部へと走り出した。煙が肺に入り呼吸が出来なくなるほど咳がでる。それでも、熱い中一度も止まらず中心部へと走り続けた。火の粉が服に飛んできて、服の至る所に穴が開いてしまった。手脚には、いつ損傷したのか分からないが火傷の痕があちこちにあった。


「ミーア!」 


「ルカ!」


 ルカがやっとの思いで村の中心部に着くと、そこにはミーアと村の人達がまとまっていた。しかし、ほとんどの人が女性や子供だ。


「ミーア一体何があったの?」


「急にゴブリンの群れが襲って来たの。パパ達はこれ以上被害が出ないようにする為に、ゴブリン退治に行って、残った私達が火を消すことになってるの」


 得策と言えるか分からないが、村の人達がパニックになりながらも必死に導き出した案なのだろう。


「ドボ……ドボはどこにいるの?」


「ドボは『俺もゴブリンと戦う』って言って、勝手にパパ達のゴブリン退治に……」


「わかった。ミーアは大人の人達と一緒に火を消して。ミーア水魔法得意でしょ?」


「ルカはどうするの?」


「僕は、ドボを連れ戻してくる」


「ダメだよ! 危ないからここに一緒にいよ? お願い。どこにも行かないで」


 ミーアの心からの気持ちが、ルカの心に深く重く突き刺さる。しかし、考えている時間は無い。


「ごめん、でも僕は……」


「ギヒヒィィィッッ」


 気味悪い笑い声が、人の少しでも平常にいようとする気持ちを殺した。殺された気持ちは蘇ることなく、人を恐怖と絶望が中から襲う。


「ミ、ミーア……ぼ、僕の……後ろに」


 ルカとミーアの目の前には、剣を持った二メートル近いゴブリンが立っていた。


 ルカは立つのがやっとのほど足が震えている。しかし、ミーアはそれ以上に足が震え腰が抜け、尻もちをついた状態で座り込んでしまっている。大人や子供はあまりの恐怖に、身体を丸めて泣いている。中には気を失っている者もいる。


「ミーア……魔法……使える?」


「あ、あれ……? いつもなら、使えるのに……使えない。あれ? あれ? なんで?」


 ミーアはあまりの恐怖にパニック状態になりかけていた。


「じゃ、じゃあ……腰に付けてる短剣……貸して」


 ミーアは震える手でなんとか護身用のために付けていた短剣を手に取り、ルカに手渡す。受け取るルカの手も震えていた。それでも、ルカは目の前の恐怖に立ち向かおうとしている。


「ミーア。僕が、ゴブリンを切りにかかったら、すぐ逃げて。こんな近くにいたら……危険だから」


「で、でも……ルカは?」


「僕も……すぐ……逃げるから。僕が合図したら後ろの人達えお連れてすぐ逃げて」


 ミーアはルカを信じて、深く頷く。


 ゴブリンと目を合わせ、相手を決して下に見てないことを意識させる。しかし、ゴブリンはルカのことを下に見ているのか、ニタニタ笑いながらルカを見ている。


 ゴブリンがルカに襲い掛かろうと一歩踏み出した瞬間。


「ミーア! 今だ!」


 ミーアはルカの合図で走り出した。そして、ルカは短刀をゴブリンに突き刺すように走った。


 しかし、ゴブリンは読んでいたのか、ルカの短刀を避け手に持っていた剣を振り下ろした。ルカは振り下ろされた剣に気付くのが遅れ左腕を切られた。ゴブリンは攻撃は止めず追い打ちをかける。ルカの身体は全身に切り傷ができ、切り傷からは大量の血が流れ出ていた。そして、ルカは正面から倒れた。


「ルカー!」


 ミーアの声がルカの耳に入る。しかし、ルカはミーアの言っているか分からない。頭がボーッとして視界が暗くなりはじめる。ミーアが大泣きしながら寄ってきている姿が見えた。そこで、ルカの視界は閉ざされた。


 目を開けると、そこは真っ暗な場所だった。何も無く、何も感じない。


「僕、死んだの? 流石にあの怪我じゃね……。少しくらいは時間稼げたのかな。ミーアには悪いことしたな。僕も逃げるって言ったのに、逃げる暇さえなかった。あ、そっか、もう死んじゃったから母さんとの約束も守れないのか」


 悲しそうでどこか悔しい顔をしている。身体を丸め、心は沈みかけている。


「まだ……生きたかったな。『皇帝』になりたかったな……」


 声は震えていて、言葉からは悔しさがひしひしと伝わる。


『じゃあ、次は君だ』


 誰かの声が頭に直接聞こえてくる。若さのある声をしているが、只者じゃないオーラが声からビシビシと伝わってくる。


「だれ?」


『それはいつか分かる。今はやるべきことがあるんだろ?』


「うん」


『君にはこれから俺の魔法が使えるようになる。使い方は俺の“記憶”が教えてくれる。さあ、行って来い。ここからはお前の物語だ』


 白く眩い何かが輝いている。ルカはその光を手に取ろうと手を伸ばす。届くか届かないところで現実へ引き戻された。


「だ、だれか……だれか……たすけて」


 ミーアは一人だけ逃げ遅れたのか、ゴブリンに襲われていた。


「ルカ……」


「おい、それは俺の友達だ。だから手を出すな」


 これまでのルカの雰囲気とは大違いで、どこか王の風格を感じる。そして、ルカが動く。


「もう二度と誰も失わない為に」


「ルカ?」


 ゴブリンは不思議そうにルカを見ていたが、急に震えだしその場から逃げ出すように森へ走り出した。


「逃がさない。【太陽の龍フレア】」


 ゴブリンは真っ二つに斬られ、斬られたところからは炎が出てきていた。その炎は、骨すら残すことなく全てを焼き尽くし灰に還った。


「よかったな。一瞬で死ねて」


 ミーアは今のルカの姿を見て安心はできなかった。何故なら、そこにあったルカの姿は、生物の死を楽しんで見ているようにしか思えない不気味な笑いをする姿しかなかったのだから。






 ルカがいる村からはるか遠くにある太陽を祀る村


 炎天下の中、畑仕事をしていた老夫婦の男性が、何かに気付き空を見上げる。


「なあ」


「じいさん、どうしたんだべ? もう疲れたのかべか? さっき休憩したばっかりやろ」


「なんか、いつもより太陽近くねえか?」


 そう言われ、女の人も空を見上げる。するとそこには明らかに、近づいている太陽の姿があった。しかし、暑さはいつもと変わらない。ただ、太陽が近いというだけ。


「なんてことだべ。誰かが“太陽に干渉する魔法”を使ったんだべ。これは只事じゃねぇべ。今すぐに、おひいさまの所に行くべ!」


 これが、この世界の混沌の始まりの合図はじまりとなる。

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