第30話  男天道軍は六歌仙とまみえる

【六歌仙】

各地で小さな反乱が頻発する中、大陸を揺るがす大きな波濤は遂に中央に位置する帝都紫菫まで迫っていた。


その報を聞いて、菖蒲あやめは目を伏せる。床につきそうな程に長く束ねた彼女の髪がわずかに揺れた。


それは友である伯林青べれんすが築いた平穏な世が終わりを告げた音であった。


これからは新しい帝が選ばれる戦乱の時代。

鬼獣の脅威がなくなれば、今度は人同士が喜んで争い始める。人間とはそういう無節操で醜い生き物なのかも知れない。そしてそもそもが神の作った帝を選ぶというシステム自体に今、彼女の違和感があった。


だからこそ、殺戮のない平穏な時代というのを願ったのが彼女達であった。

先帝伯林青べれんすとともに人類に仇なす鬼獣を駆逐して回った最強の歌術師たち。それが六歌仙であり、彼女らは仙に叙されることで長い時を過ごす生ける伝説となっていた。


六歌仙第二仙である菖蒲あやめは先帝の葬儀から沈思ちんしを続けていた。

そこに少女が声を掛けた。


「ずっと考え込んでるね、答えはもうすぐ見つかりそう?」

六歌仙第四仙である琅玕ろうかん、同僚の問いに菖蒲は流麗に頷いた。


「ええ、もうしばらく時間を頂ければ」

「私は考えるの苦手だから、菖蒲に任せる。だから、目の前に迫る奴らは任せておいて。久しぶりに暴れたいの」

そう言って、琅玕ろうかんはギザ歯を見せて笑う。


「そうですか、ではお願いします」

「ええ!」




帝都への入り口、玄関の一つである玄武門、その外に琅玕ろうかんは立つ。

少女の背には、身の丈をも裕に超える大太刀。これが彼女の戦支度であった。

六歌仙第四仙『千刃小町せんじんこまち』たる武名をうたわれた少女、琅玕ろうかんは彼方から迫る反乱軍の男たちを睥睨へいげいして、獰猛な笑みを浮かべた。





【男天道】

彼方を睨む吾亦紅われもこうが捉えたのは、帝都の門の背に立ちはだかる影である。それは一人の娘、彼は単身でこちらを迎えた少女に目をすがめる。


彼我の戦力差は六万対一、あまりの多勢に無勢でも少女は動じた様子がないことに驚いていた。


むしろ彼女は口を引き結んでこちらを悠然と眺め、戦力差など知らぬとばかりに、高らかに名乗りを上げた

「————我が名は琅玕ろうかん、六歌仙第四仙たる『千刃小町せんじんこまち』と戦いたくなくば退くがよい!」


(あれが六歌仙の一人か……人間を逸脱した化生かと思っていたが、存外ただの娘ではないか。これでは我らが天津殿の方がよほど化け物だ。それにしても背にいた大太刀の一刀で千刃とはよくも豪語したものだ)


やはり語られる武勇伝は誇張され尾ひれがついたのであろうかと、それを吾亦紅は嘲笑を孕んだ眼差しを向けていた。


応じて彼も馬を進めて、名乗るのである。

「俺は吾亦紅われもこう。名にし負う六歌仙とまみえることが出来て光栄だ。だが人界の守護者であったお前達の時代は終わったのだ。これからは新しく男達が作る世が到来する。私は無用な争いを求めているわけでは無い。どうか投降していただきたい」


「————無用だ。玄武門を通りたくば、この『千刃小町』を打ち倒して行け!」

「ならばしょうがない、大軍を以て押し通るまで!」

降伏の呼びかけは敢え無く一蹴された。


「遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ。私こそは六歌仙第四仙たる『千刃小町』。世にうたわれるこの武勇とくとご覧に入れよう!」

物量差をものともせずに不敵に、そして高らかに少女は吼える。


吾亦紅は差し向けたのは白刃を抜いた一隊、それが殺戮の合図となった。

斬りかかる男達を、琅玕ろうかんは体躯の回転が生むで遠心力で大太刀を振り回し、たちどころに切り飛ばす。上下に分かたれたいくつもの体が血潮とともに宙を舞った。


兵の間を走りぬけるのは少女の形をした虞風ぐふう、大太刀が巻き起こす刃の風である。刹那の内に閃く剣光で、男数人の体が容易く分かたれる。


血風とともに駆ける娘はまさしく化け物であった。


(……ば、馬鹿な⁉)

吾亦紅われもこうは信じがたい光景に瞠目どうもくしてしまう。


戦は数であるということわりを嘲笑うかのような娘の剣舞、そのあまりの流麗さと共に流される血の量に彼は体を震わせた。


六歌仙は歌術師の常識の中でも埒外の存在——そのことを眼前の光景はまざまざ実感させたのであった。


「か、掛かれッ!」

恐怖が彼に無慈悲な突撃命令を下させると、少女一人に男たちが殺到する。


だが真なる驚愕はその後であった。

大太刀が為す剣閃の中で、高らかに詠み編まれた長歌が神秘を具現したのである。


斬られたむくろ、倒れたかばね、その手にあった刀が、地に突き立った槍が、げきが、重力のくびきから逃れて、宙にふわりと浮いたのであった。


鋭い眼光を向ける琅玕ろうかん

「———行くぞ反乱軍! さあ舞い踊れ、刃たちよ。千刃の舞!」


剣と槍とが虚空をはしる。

将の号令に愚直に従う兵士のように、所有者を失った武具が宙を滑り、生者たちに襲い掛かった。


それは逆巻く刃の嵐。

それは刀剣群が織りなす舞踊。華麗なる舞いに叫喚と鮮血が添えられた地獄絵図、これこそが反乱軍をもてなすために用意された饗宴。


「——な、何なんだアレは⁉」

後悔はあまりに遅きに失した。


————六歌仙はただの歌術師ではない。


「っはははは。それ、もういっちょ。踊れ踊れ、千刃の舞!」

六歌仙第四仙、哄笑する琅玕が浮かべた咲き誇った花のような喜相。乱舞する刃の中で季節外れに狂い咲いた一凛の花のように、娘はくるくると舞う。


繰り返された死の号令、それに従う無数の武具はさながら風に吹かれて舞い散る桜吹雪のよう。数を増しながら犠牲者に躍りかかる刀剣群。そして、男たちの体躯をなますに刻みながら、その刃の数をさらに増やしていくのである。


戦場で死が蔓延するほど強まるこの恐るべき力は、戦域すらをも支配していた。

乱舞する刃の数は、早くも千に至ろうかという程。


これこそが『千刃小町』たる呼び名の所以。

かつては味方の死の果てに鬼獣を退ける翠国の守護者だった乙女。今その武は先帝が為した平穏を脅かす男達に向けられていたのであった。


そして六万もあった兵数は僅かな間でその大部分が無数の刃によって命を散らし、残った者達は慌てふためいて逃げ出したのである。


六歌仙————一人ひとりが戦術を崩壊せしめる力を有し、戦略そのものにも影響を与える存在。彼女たちの実力を正しく知る天津あまつが対決を先延ばしにしたのを、吾亦紅われもこうは血の泥濘に沈む最期まで気づくことが出来なかった。


静けさが戻った戦場、そこに広がる血だまりが男天道軍師の驚愕に見開かれた目を映し続けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る