第二章 両雄共闘す
第26話 藤原白群はライブを鑑賞する
【藤原
帝都
帝都を発った彼女たちの後を追うように、反乱軍討伐の触れが帝都から各国へと出されていた。
「さぁさぁ、急いで帰りましょう!」
自国に攻めかかる敵を一刻でも早く討ち払わんと急く萌葱。それを姉の
「萌葱よ、あまり急き立てるな。
「むぅ」
不満げに口を尖らせた萌葱は馬を歩かせながら、紫菫でのことをふと思い出浮かべた。
そこで主と向きあった人好きする笑みを浮かべる娘——確か名を
〝はじめまして、私は三条鴇です〟と、朗らかに言葉を交わそうとする鴇に向けた白群の瞳。それはこの大陸に覇を唱えんとする若い覇王が、あの会場の中で三条鴇を難敵たり得ると睨んだことが萌葱にも分かった。
武力に優れた者でもなく、知に愛された人物でもない。だが何かが決定的に異なることだけは萌葱にも分かった。
そのものが連れていた臣下も並みのものでは無い。長身の武人は自身をして警戒せしめるものであった。そして、文官の少女も舛花のような類であろうとあたりをつけた。
(——ん? ん⁉)
考え事をしながらも青藍に近づく中、見知ったはずの街道の様子がいつもと違う。
そこでは森林を切り開く広大な開墾作業が大勢の男達によって進められていたのであった。
「こ、これは一体どうしたことだ?」
思わず馬の脚を止めてしまい、隣では浅葱も驚いたように周囲を見回している。
「おかえりなさいませ、白群様。それと浅葱、萌葱も」
駆け寄ってくる
「ただいま、舛花。随分と進んでいるね」
「はい、人手が一気に増えましたので」
「舛花よ、これは一体……」
未だ理解しきれていない二人の姉妹に軍師の少女が語って聞かせたのだった。
墨国の行き場のない男衆を食・住を保証する代わりに労働力を提供してもらっていること。そしてよく働いた者には
「はぁ? 褒美に 淡藤の握手? そんなものが欲しいのか?」
理解できないとばかりに眉根を寄せる萌葱に、舛花は息を吐く。
「白群様に頭を撫でてもらえるご褒美は?」
「それは欲しい!」
「そういうことだよ。桔梗曰く、誰しも推しには褒めてもらいたい、ということらしいよ」
鼻息荒く頷く萌葱に、舛花は肩を竦めたのであった。
「だが、淡藤は白群様ではないぞ」
「あいつらは淡藤が良いと言っているんだから、それでいいでしょ」
「むぅ、分かったような分からんような……」
「なぁ、舛花よ。あの見慣れない建物は何だ? 今一つ用途が分からないが……」
困惑した声を上げる妹を後目に、姉の浅葱は建築途中の建物を指さして質す。
「——あぁ。あれは、儀式のための場所みたいのものだよ。環はライブ会場って言ってたかな。まぁ、突き詰めると、淡藤が男達を扇動するための祭場だね」
「は、はぁ?」
今度は浅葱が怪訝な顔で唸るのだった。
【
自身を撫でる白群の優し気な視線に舛花の胸は高鳴った。だが、少女は邪念を振り払って主君に反乱軍との戦況を報告する。
自国と北の国境を接する墨国は男たちからなる反乱軍により倒れ、その一部が藍に進行してきているのである。だが、藍は損害は少なく、むしろ戦力が増強されたのであった。
各国に波及した
舛花たちはまだ知りようもないことであったが、藍国のように早急に対処しえたのは翠、黄国の大国のみで、白、褐、橙国は混乱の最中である。例外的に、紅国では反乱は表面的なものだけにしかならなかったのである。
「攻められた以上はお返ししないとね。幸い朝廷から歌会の後、逆賊を討つように布告があった」
「そうおっしゃられると思いまして、既に軍備は整えてありますが……」
打って響く舛花に白群は目を眇めた。
「懸念は南方の黄国かな?」
黄国——それは藍国と接する南の大国。彼の国土の南縁は鬼獣の領域とを隔てる長城を抱え、その防御線で区切られる以前は常に人と人外が血で血を洗う最前線となっていたところである。
歴史においての黄国とは、人界への鬼獣の流入を遮る砦、常に人類の守護者であり続けた国であった。それ故に、兵の質と量ともにこの大陸随一とうたわれるのであった。
帝が倒れた今、次の帝の選定が始まっている。それは即ち乱世の開演であり、英傑同士の争い。
藍国が墨国に出兵している隙を狙われたのでは話にならない。これを無策に放置したままで良いはずがない、と小さな軍師は考えていたのである。
「ふむ。舛花、君ならばどうする?」
「黄に接する翠と結んで黄の動きを封じるのが良いかと」
「うん、いいね……でも不要だ。この男天道の乱では黄の山吹殿は動かないよ。この乱が鎮まるまでは彼女たちは静観するようだ。〝此度の反乱は玉座を目指す群雄の争いにあらず、ならば黄が武を振るうまでもない〟ときた。いかにも彼女らしいね」
「そうですか、それは安心いたしました。それと淡藤の男衆の扱いですが、どのようにいたしましょうか?」
表情を和らげた小さな軍師は、もう一つ主の意を問うた。
それは男だけからなる前代未聞の部隊。現在は土木作業や耕作をさせているが、戦力として有用であることは先の戦で明らかであった。
「……そう言えば、気になっていたんだ。どのような手段で以て環が彼らを虜にしたのかな。何か神性を見せつけるようなことを行ったのだろう?」
不敵な笑みを投げかける主に軍師の少女は頷いた。
「ご明察でございます。環が言うにはライブというそうで」
「らいぶ? ……舛花は見たことはあるかい?」
「離れた場所からなら。淡藤が舞い歌う見世物なのですが、ただ何とも形容し難いものでございます」
「へぇ、僕も見てみたいね。舛花も一緒に来るかい?」
敬愛する主君の誘いに、少女の顔が輝いた。その身から漏れ出た幸福が虚空に可憐な花がポンポンと咲かせ、その周囲を彩る。
「是非! お供させてください!」
【藤原
「「「うおぉおおおおおおお!」」」
自身を取り巻く、熱気と狂騒。そして鬼気迫る絶叫は男達の鬨の声。その巨大な斉唱は大気を震わして地さえも揺さぶっている。
その様子に浅葱は切れ長の目を大きく見開きながらも、内心の戦慄を必死に抑え込んでいた。
あの後、浅葱や萌葱、舛花は白群に伴われて環の案内で、淡藤のライブを最前席で見ることになったのである。眼前で体を揺らす淡藤の美貌の流し目が、さらに熱狂を加速させていた。
戦場ですら感じたことの無い恐怖が浅葱の中にふつふつを湧き上がっていた。
「浅葱、大丈夫?」
「……あ、あぁ」
狐面の女装の男、
主君と一緒にいれると嬉しそうに息巻いていた
「うおおおおおお!」
それに引き換え、男達にも負けず劣らず声を張り上げているのが
主がいるのであるならば、もっと警戒すべきであろうと、生真面目な浅葱は当初は嘆息していた。しかし、彼女は自身が有する歌術の知識もそして磨いた武芸も、それら一個人の力がこの未知の空間では意味を失っていくように思えるのであった。
淡藤の動きに誰かがが咆哮を放つと、それがまた男達を呼応させ昂ぶらせるのであった。
壇上の淡藤に環が頷く。
「さあ、皆様。いつものコールアンドレスポンスの時間ですわ。世界で一番美しいのは誰ですか?」
「「「淡藤様」」」
「では、世界で一番歌が上手なのは?」
「「「淡藤様」」」
「では、あなた達に幸せを与えるのは誰ですか?」
「「「淡藤様」」」
「それでは、最後に。ここで私が皆様のために歌えるのはどなたのおかげでしょう?」
「「「……」」」
常と違う女神の質問に男達が怪訝そうに首を傾げ、会場を静寂が満たした。
それを見届けて淡藤は柔らかく笑う。
「……ふふ、それは藍国国主、藤原白群様のお蔭ですわ」
水を向けられた白群は淡藤に招かれるままに壇上に上がった。
突き刺さる男達の眼差しを意に介した風も無く、白群は微笑む。彼女は環が用意したライブというものの本質を理解し、今の自身の役割を見抜いていたのである。
「皆の者、淡藤を応援してくれていることに感謝する。これからも皆で彼女を支えて欲しい。今日は良き日だ、国主として皆の一人ひとりには彼女との握手する権利を差し上げよう!」
「「「うおおおおおおおおお!!」」」
中天にこだまする男達の熱量、それは狂喜の雄叫びを浴びて白群は微笑んでいた。
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